妹ばかり可愛がられた伯爵令嬢、妹の身代わりにされ残虐非道な冷血公爵の嫁となる

村咲

文字の大きさ
43 / 58
その後の話

1話

しおりを挟む
 強制引っ越しから七日目。

 午後の陽の差すヴォルフ様の部屋の中。
 私は一人きりで、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 ――…………することがないわ。

 慌ただしかった日々は遠のき、落ち着きを取り戻し始めた今。
 私は暇を持て余していた。

 怪我が治るまでは出歩くこともできず、ヴォルフ様も仕事で日中は出払っている。
 私もいくらか仕事を割り振ってもらっているけど、どうもあまり信頼されていないのか、簡単ですぐ終わる作業ばかり渡されてしまう。
 おかげで、仕事で時間をつぶすことさえままならない状態だった。

 ――シメオンさんがいれば、いろいろ任せてもらえるのだけど。

 そのシメオンさんも、現在は急用で留守とのことだ。
 シメオンさんがいないために、ヴォルフ様はさらに忙しそうで、毎日様子を見ている私としてはもどかしい。
 だけど部屋を出られない以上、ただヴォルフ様の帰りを待つことしか、私にはできることがなかった。

 ――暇……。

 腰かけた椅子の上で、足をふらふらと揺らしつつ、私は小さく息を吐き出した。
 窓から吹き込む夏の風が心地よく、思わず一人で伸びをする。
 七日間、一歩も外に出ていない今の私には、風の匂いだけでも心が軽くなる。

 窓の外には中庭が広がり、忙しく立ち働くメイドたちの姿がある。
 遠く聞こえる楽しそうな声の中、見覚えのある猫の耳を見つけ、私は知らず目を細めた。
 久しぶりにロロの姿を見たけれど、元気そうでなによりだ。

 退屈で、穏やかで、ひどく平和な夏の午後。
 平和すぎて妙な気分になるのは、きっと今までが騒がしすぎたせいだろう。

 伯爵家にいたころは家の管理に追われて忙しかったし、身代わりとして公爵邸に来てからは騒動続きだ。
 ヴォルフ様の部屋に引っ越してからもずっと緊張のしっぱなしで、七日目にしてようやく、一つ息を吐くことができた気がする。

 だからきっと、この妙な気分も、穏やかな生活に慣れていないからに違いない。

 ――退屈だ、なんてぜいたくな悩みだわ。

 自分の考えに、思わず自分で笑ってしまう。
 落ち着いて考えてみれば、今の生活にはなんの不自由もないのだ。

 むしろ、ヴォルフ様は少し過保護すぎるくらいで、なにかと私のために用立ててくれる。
 必要なものはなんでも用意してくれるし、食事や軽食なんかも部屋に運んでくれる。
 そのうえ急用があっても困らないよう、部屋の外には常に使用人が立っている状態だ。

 私はただ、部屋の中でヴォルフ様を待っていればいいだけ。
 至れり尽くせりで申し訳なくなってくるけど、それだけヴォルフ様が気にしてくれているのだと思うと、こんな生活も悪くないのかもしれない。

 ……などと、ちょっと緩みかけた頬を叩く。

 いや待て。ちょっと待て。
 やっぱりなんか妙ではないだろうか。

 七日間? 一歩も? 外に出ていない?
 というか、ロロを見て「久しぶり」って思わなかった?

 私、この七日間で誰に会ったっけ?
 ヴォルフ様の他には、医者の先生と、シメオンさんと……あとは、外に控える使用人くらいだろうか。
 他に、この部屋を訪ねて来る人は、今までいなかった。
 ……となると、もしかして、アーシャやロロとも顔を合わせていない?

 部屋にこもっているのも、そもそもは怪我の安静のためだった。
 だけど、七日も経てばほとんど治りかけている。
 定期的に診察に来る医者も、そろそろ健康のために、多少歩いてみた方がいいと言われているくらいだ。

 なのに、相変わらずヴォルフ様は外に出ることを許してはくれない。
 危険なことをしない、といっても納得せず、気分転換に中庭で散歩もできない状況だ。
 そのうえ、一歩でも部屋を出ようとすると、外の使用人が慌てて止めに来たような……?

「…………???」

 ええと……これは……つまり……。

 誰もいない部屋の中。
 外には常に使用人が一人。
 部屋を訪ねてくる人は限られていて、外との接触はほとんどない。

 これは、もしかしなくとも…………。

 ――――私、閉じ込められてない?
しおりを挟む
感想 1,177

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。

BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。 父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した! メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。