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第三話 捕らわれしの王子《シュイット》様
03.風の翼
しおりを挟むヴァイルたち一行はアーステイム王国兵と別れて、ヨルムンガンド号に戻っていた。
「ダーグバッドに襲われたのが、ここより南南西海域……それが一日前。風を掴めば、追いつけない距離ではないな。問題は、奴らが何処へ向かっているか……。どう考える、ガウディ?」
舵を操作するガウディの隣で、ヴァイルは地図を広げ、ダーグバッドが居る場所を推測していた。
「そうですね。人質としての価値がありますでしょうから、下手に傷つけられたり、命の危険はかなり低いかと思われます。要は人質として、どの様に利用するか。もし身代金目当てでアーステイム王国と交渉するのであれば、あの兵士たちを伝言に使いましょう」
「だが、そうではなかった。兵士の言うことが真実なら、シュイットが逃がしたみたいだな」
「ならば、交渉相手はアーステイム王国ではなくガンダリア帝国でしょう」
「そうだろうな。王国より帝国に絡んだ方が有益だろう」
「しかし、これでダーグバッドがガンダリア側に付くということですね」
「あんな輩を味方にした方が危険だ。さてと、あいつらがガンダリア帝国に向かっているとしたら、どの海路を通るか……」
「今の季節は凪ですからね。普通に考えれば海流を通っているでしょう」
「ということは、ハーノット海流に乗っているとして……。ダーグバッドは、おそらくここら辺か」
ヴァイルが地図を指し示し、ダーグバッドが居る場所を定めた。ガウディは異論もなく、静かに頷いた。
しかしヨルムンガンド号は風を受けて進む帆船。吹く風はそよ風。船速は微速。同じ海流に乗ったとしても、このままでは追いつけない。
「“風の翼”を使うしかないな。ラトフ、ロア、トーマ、翼を出せ!」
ヴァイルの命令に一同は「了解!」と高らかに声を出して、各自本船に付けられている小舟へと乗り込んだ。そしてガウディも舵を離れて、本船の帆をたたみ始めた。
代わりにヴァイルが舵を操作を始める。
一時でも早く救出に向かわなければならない状況なのにと、近くにいたヒヨリは疑問に思い、ヴァイルに訊ねた。
「ねえ、どうして帆をたたんでいるの?」
「言っただろう。“風の翼”を出すためだ」
「風の翼……?」
ラトフたちの様子を伺っていると、小舟の帆を取り外している。
「ここには風が吹いてなくても、天には風が吹いている」
ヴァイルは空を見上げて言った。
暫くしてラトフたちが取り外した各三枚の帆が、高らかに空に舞い上がったのだ。
その光景にヒヨリは見覚えがある。
「……凧?」
小舟の帆は凧のように、上空に吹く風を受け止めて悠々と空を浮かんでいた。
だが、それだけではない。帆の凧……帆凧が受け止めている風を推進力に変えて、ヨルムンガルド号を引っ張り、先ほどとは段違いの速度を生んでいた。
「どうだヒヨリ、驚いただろう。これがヨルムンガルド号の翼だ」
巧みに操作する帆凧が本当の翼に見え、この船が、まさしくその名の通りの怪物(ヨルムンガンド)の化身ようだった。
初めて見る奇想天外の操作方法に、口をポカーンと開けて呆然しているヒヨリの姿に、ヴァイルは大きく笑った。
「なんだ、その顔は?」
「だ、だって、あんなの初めて見るんだもん。あなたたちの世界では、こういう船の操作方法が普通なの?」
「他の船はどうだが知らんが、この風の翼はヨルムンガルド海賊団の伝統操術だ。まあ、もっと“凄いこと”が出来るがな」
日本の船ではエンジンでの推進力が一般的な中、この原始的な方法に度肝を抜かれてしまう。
興味津々に帆凧を眺めるヒヨリに、ヴァイルは真剣な眼差しを向ける。
「ところでヒヨリ、ダーグバッドの船に追いついたらすぐさま一戦を交える。万が一に備えて船室の奥に隠れていろ」
つまり、血が流れる争いがあるということ。平和な時代に生まれたヒヨリにとって抵抗があった。
「……ねえ、争いなんかしないで、なんかもっと平和的に出来ないものなの? 話し合いとかで……」
「そんな物分かりが良い海賊ならば、王子を拐ったりはしないだろう。それにダーグバッドは海賊の中でもタチが悪い連中だ。俺たちみたいにアーステイム王国などの国の傘下に入っていない。そういった海賊を無法海賊と呼ぶけどな」
「無法海賊? 単に海賊と言っても、色んな海賊がいるのね」
そういうも、ヒヨリの先祖も海賊(倭寇)として名声を誇っていたが、とある大名に召し抱えられて水軍となった。また、イングランドの海賊にも似たような話し(士官になったり、国お抱えの海賊がいたり)がある。
「恩着せがましいが、もしダーグバッドなどの無法海賊に拾われていたら、その身体は五体満足じゃなかったぜ」
「その点は感謝はしているわよ……」
ヴァイルは、ヒヨリの頭をぽんぽんっと軽く叩いて、操舵(帆凧)に集中しだしたのだった。
ヒヨリは邪魔にならないようにその場を離れつつ、改めて周囲を見渡し、各々の顔を精察する。
アーステイム王国の王子を救出に向かう、ヴァイルたちが頼もしく思え、ヨルムンガルド海賊団に感じていた悪意は薄れていた。
ともあれ、自分を助けてくれたことに恩義も感じていたが――
「だからと言って、あんたとの結婚は別だからね!」
感謝と気持ちは別物だと自分に釘を差したのであった。
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