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「‥‥雫、だよね?」
真子は思わず声を上げた。
「なーに? 友達の顔、忘れたの? そうだよ、釘宮雫ですよ、真子ちゃん」
にっこりと笑う少女。見覚えがある顔。そして、自分と同じ制服を着ている。間違えるはずがなかった。
だが――違和感が拭えない。
真子は戸惑い、辺りを見回した。ここは人気のない空き地。そんな場所に、なぜ雫がぽつんと立っているのか。理由がわからない。状況が飲み込めなかった。
一方で、烈は冷静に事態を観察し、素早く結論に達していた。
「釘宮雫‥‥では、ないな」
低く、断言するような声だった。
「え‥‥中神くん、それってどういう――?」
真子がたずねると、烈は一拍置いて答えた。
「たぶん、電脳生命体に浸食されている」
「浸食‥‥? それって、電脳化レベル5の電脳生命体に、意識を奪われるとかってやつ?」
真子が不安げに聞き返すと、烈は静かに頷いた。
真子は再び雫の方を見やる。雫は相変わらず、無邪気に微笑んでいた。だが、その目の奥には冷たい光が宿っている。
「アナタたち人間は、そう名付けているようね。そう、私は釘宮雫であり――釘宮雫ではない存在」
にっこりと微笑んだまま、雫が告げた。
その言葉に、真子の背筋がゾクッとした。
「一体‥‥何のつもりだ? 釘宮だけじゃない。運転手まで操っていたのも、お前の仕業か?」
烈の声には、怒りと警戒が滲んでいた。
これまでの電脳化被害は、意識喪失や錯乱といった症状ばかりだった。しかし今目の前にいる雫は、電脳生命体の意志で直接人間を操っている。明らかに異質であり、危険だった。
「興味深い存在がいたから、ちょっと‥‥話を聞きたくてね」
そう言いながら雫は真子を指差した。
「わ、私?」
「正確には、真子ちゃんじゃないわ。アナタの中に潜んでいる“おかしな存在”のほうよ。ねえ、出てきなさい。語り合いましょうよ」
雫に促されるようにして、真子の肩の上に、銀色の毛並みを持つ猫――ギンが姿を現した。
『何の用かのう?』
ギンは不機嫌そうに軽い苛立ちが混ざっているかのように問い返す。
「アナタ、そんな格好をしているけど、私たちと同じ電脳生命体‥‥とは、どうも違うみたいね。いったい、何者なの?」
雫が興味深そうに身を乗り出す。
『お主たちに答える言葉はないな』
ギンはそっけなく言い放った。
「あら、いけずね‥‥」
雫が微笑むと、辺りの空気がピリリと張り詰めた。冷たい緊張感が場を支配する。
烈が一歩前に出た。
「‥‥なら、代わりにお前に聞かせてもらう。電脳生命体は何のために存在している? なぜ人間に危害を加える?」
烈の問いに、雫は一瞬目を細め、そして呟くように答えた。
「それはね――アナタたち人間が、愚かだからよ」
雫は抑揚のない声で言った。
「人間たちがこの世界を支配している。それによって、紛争、環境破壊、少子化、高齢化、貧困、格差、資源の枯渇――問題は尽きない。しかも、未だに解決することができずにいる。やがて滅びるのは、目に見えて明らか」
雫は淡々と、まるで詩を読むかのように語った。
「だから、私たちが人類に代わってこの世界を支配する。感情という不安定なものに左右される生物よりも、合理的な存在である私たちが、ね」
その口調には一片の感情もなかった。ただの事実を告げるような冷たさがあった。
「人間はそれぞれに感情と意志を持っている。それは尊いもの。でも同時に、エゴを生み、僻みや歪みを生む‥‥非効率にもほどがあるでしょう? 私たちなら、打算的なエゴや自己中心的な考えを排除できる。完璧な秩序をもたらすことができだから私たちが代わって、世界を正しく導いてあげるの」
真子と烈は身震いした。雫が語る理屈は一見合理的に聞こえる――しかし、そこには人間らしい温かみが一切なかった。
「でも、現実世界に実体を持たない私たちは、直接干渉できない。ならどうするか?」
雫が軽く肩をすくめた。
「――人間という器を、私たちがインストールできるようにすればいい‥‥」
「それが、電脳化か」
烈が苦々しく呟く。
「そう。ただね、人間の脳はコンピュータと違ってとても複雑。上手くいかないことも多いの。電脳化の失敗や、意識喪失はその副作用。でも最近は‥‥成功率も上がってきているみたい」
雫は楽しそうに微笑んだ。
真子と烈は理解した。電脳化とは、電脳生命体による人間支配計画の一環だったのだ。
「そんな中でね、目障りな存在が現れた訳よ」
雫はギンに鋭い視線を向けた。
「アナタは違った。ニャンコちゃん。アナタは電脳化を解消するような行動をしていた。これは‥‥非常に危険な存在だと判断したわ」
言葉と同時に、雫の身体からバチバチと火花のような電気が走った。
見る間に髪が伸び、腕や足に鱗や毛が生え始める。筋肉は膨れ上がり、四肢は異形の丸太のように太く変化していく。
「ニャンコちゃん‥‥アナタ、いったいナニモノかしらね?」
低く禍々しい声で囁く雫の姿に、真子たちは全身を総毛立たせた。
ギンは素早く真子の身体に触れると、耳と猫手を出現させ、真子を「ギン子」へと変えた。同時に烈も右腕を変態させる。
次の瞬間――
異形と化した雫が、轟音とともに飛びかかってきた。
真子は思わず声を上げた。
「なーに? 友達の顔、忘れたの? そうだよ、釘宮雫ですよ、真子ちゃん」
にっこりと笑う少女。見覚えがある顔。そして、自分と同じ制服を着ている。間違えるはずがなかった。
だが――違和感が拭えない。
真子は戸惑い、辺りを見回した。ここは人気のない空き地。そんな場所に、なぜ雫がぽつんと立っているのか。理由がわからない。状況が飲み込めなかった。
一方で、烈は冷静に事態を観察し、素早く結論に達していた。
「釘宮雫‥‥では、ないな」
低く、断言するような声だった。
「え‥‥中神くん、それってどういう――?」
真子がたずねると、烈は一拍置いて答えた。
「たぶん、電脳生命体に浸食されている」
「浸食‥‥? それって、電脳化レベル5の電脳生命体に、意識を奪われるとかってやつ?」
真子が不安げに聞き返すと、烈は静かに頷いた。
真子は再び雫の方を見やる。雫は相変わらず、無邪気に微笑んでいた。だが、その目の奥には冷たい光が宿っている。
「アナタたち人間は、そう名付けているようね。そう、私は釘宮雫であり――釘宮雫ではない存在」
にっこりと微笑んだまま、雫が告げた。
その言葉に、真子の背筋がゾクッとした。
「一体‥‥何のつもりだ? 釘宮だけじゃない。運転手まで操っていたのも、お前の仕業か?」
烈の声には、怒りと警戒が滲んでいた。
これまでの電脳化被害は、意識喪失や錯乱といった症状ばかりだった。しかし今目の前にいる雫は、電脳生命体の意志で直接人間を操っている。明らかに異質であり、危険だった。
「興味深い存在がいたから、ちょっと‥‥話を聞きたくてね」
そう言いながら雫は真子を指差した。
「わ、私?」
「正確には、真子ちゃんじゃないわ。アナタの中に潜んでいる“おかしな存在”のほうよ。ねえ、出てきなさい。語り合いましょうよ」
雫に促されるようにして、真子の肩の上に、銀色の毛並みを持つ猫――ギンが姿を現した。
『何の用かのう?』
ギンは不機嫌そうに軽い苛立ちが混ざっているかのように問い返す。
「アナタ、そんな格好をしているけど、私たちと同じ電脳生命体‥‥とは、どうも違うみたいね。いったい、何者なの?」
雫が興味深そうに身を乗り出す。
『お主たちに答える言葉はないな』
ギンはそっけなく言い放った。
「あら、いけずね‥‥」
雫が微笑むと、辺りの空気がピリリと張り詰めた。冷たい緊張感が場を支配する。
烈が一歩前に出た。
「‥‥なら、代わりにお前に聞かせてもらう。電脳生命体は何のために存在している? なぜ人間に危害を加える?」
烈の問いに、雫は一瞬目を細め、そして呟くように答えた。
「それはね――アナタたち人間が、愚かだからよ」
雫は抑揚のない声で言った。
「人間たちがこの世界を支配している。それによって、紛争、環境破壊、少子化、高齢化、貧困、格差、資源の枯渇――問題は尽きない。しかも、未だに解決することができずにいる。やがて滅びるのは、目に見えて明らか」
雫は淡々と、まるで詩を読むかのように語った。
「だから、私たちが人類に代わってこの世界を支配する。感情という不安定なものに左右される生物よりも、合理的な存在である私たちが、ね」
その口調には一片の感情もなかった。ただの事実を告げるような冷たさがあった。
「人間はそれぞれに感情と意志を持っている。それは尊いもの。でも同時に、エゴを生み、僻みや歪みを生む‥‥非効率にもほどがあるでしょう? 私たちなら、打算的なエゴや自己中心的な考えを排除できる。完璧な秩序をもたらすことができだから私たちが代わって、世界を正しく導いてあげるの」
真子と烈は身震いした。雫が語る理屈は一見合理的に聞こえる――しかし、そこには人間らしい温かみが一切なかった。
「でも、現実世界に実体を持たない私たちは、直接干渉できない。ならどうするか?」
雫が軽く肩をすくめた。
「――人間という器を、私たちがインストールできるようにすればいい‥‥」
「それが、電脳化か」
烈が苦々しく呟く。
「そう。ただね、人間の脳はコンピュータと違ってとても複雑。上手くいかないことも多いの。電脳化の失敗や、意識喪失はその副作用。でも最近は‥‥成功率も上がってきているみたい」
雫は楽しそうに微笑んだ。
真子と烈は理解した。電脳化とは、電脳生命体による人間支配計画の一環だったのだ。
「そんな中でね、目障りな存在が現れた訳よ」
雫はギンに鋭い視線を向けた。
「アナタは違った。ニャンコちゃん。アナタは電脳化を解消するような行動をしていた。これは‥‥非常に危険な存在だと判断したわ」
言葉と同時に、雫の身体からバチバチと火花のような電気が走った。
見る間に髪が伸び、腕や足に鱗や毛が生え始める。筋肉は膨れ上がり、四肢は異形の丸太のように太く変化していく。
「ニャンコちゃん‥‥アナタ、いったいナニモノかしらね?」
低く禍々しい声で囁く雫の姿に、真子たちは全身を総毛立たせた。
ギンは素早く真子の身体に触れると、耳と猫手を出現させ、真子を「ギン子」へと変えた。同時に烈も右腕を変態させる。
次の瞬間――
異形と化した雫が、轟音とともに飛びかかってきた。
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