新しい喫煙所

空川億里

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1話完結

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 昼休み。俺は寒い屋上で冬の北風に震えながら煙草を吸っていた。
「今日課長に聞いたけど、ここで吸うの、来月から禁止されるそうだぜ」
 同僚の田中が煙をふかしながら言った。
「マジかよ。じゃあ、社内全面禁煙かよ」
 俺は思わず大声をあげた。
「いやそれが、別の場所を用意するとか言ってたな」
「別の場所ってどこだよ」
「そこまでは知らねえよ」
 困り顔で田中が答えた。翌日の朝礼時、松平課長から早速喫煙所廃止の発表がある。
「愛煙家のみなさんにお知らせがあります。今まで屋上での喫煙を許可してましたが、廃止にします」
「何でですか」早速田中が突っこんだ。「俺達マナー守ってましたよ」
「最後まで聞きなさい」松平課長はいらだたしそうに顔をしかめた。「近隣のマンションの住民が屋上で吸ってる君らを見かけて『製薬会社の社員が健康を害する煙草を吸うとは何事か』と言ってきてる。その中にはマスコミ関係者や、病院関係者も含まれている」
 正直納得いかないと思った。大体何で煙草ばかりがバッシングされるのだ。酒の飲みすぎや甘い物の食べすぎ、塩分の取りすぎだって体に悪いだろう。
「そこでです。屋上の喫煙を禁じる代わりに、煙草の吸える場所を他に移します」
「別の場所って、会社の外ですか」
「外とも言えるし、中とも言える」
「何ですか、それ」
「1億年前の世界に喫煙所を移す」
「1億年前……タイムドアを使うんですか」
「その通り」
 タイムドアとは何か。それは21世紀末に発明された物である。
    ドアを開くとタイムトンネルにつながっており、現在より過去の様々な時代への行き来ができる。
     タイムトラベルを悪用される危険があるのと、値段が非常に高価なため、一部の法人にしかリースされていなかった。
「タイムドアって値段高いですよね。喫煙所だけのためにリースするんですか」
 俺が質問した。
「バカ。そんなわけないだろう。絶滅した太古の動植物を原料にした医薬品を作るために、破格の値段でリースさせてもらってるんだ。すでにうちの研究部門が利用してる。喫煙所として利用するのは、厚労省の許可も取ってある」
「よく許可が取れましたね」
「今年すなわち2130年の研究発表によれば、以前からの喫煙者が急に煙草をやめると、ストレスがたまり寿命が縮むとの結果が出ている。そういう事もあって許可がおりたわけだな。お前も製薬会社の社員なら、そのぐらい勉強しとけよ」
 確か五年前の研究結果は真逆だったのを思いだしたが、愛煙家の俺にとってはありがたい結果である。朝礼の後早速松平課長を先頭に倉庫に向かった。倉庫のタイムドアは大きく『TIME DOOR』というロゴが入ってなければ、何の変哲もない、木製に見せかけたドアである。
 課長が先頭に立ってドアを開けて中に入る……いや、外に出たという方が正しいか。
 扉の向こうに鬱蒼とした密林が広がっている。遠くには首の長い恐竜の姿も見えた。
「くれぐれも煙草の吸殻をそのへんに捨てて、火事を起こさんよう気をつけろよ」
 課長が言った。俺は早速煙草とライターに缶コーヒーを持ちこんで、一服した。
                                


「博士、こんな物が1億年前の地層から出ました」
 慌てた口調で助手が私に見せたのはコーヒーの空き缶やライターだ。何でこんな物が出てくるのか、さっぱり理解できない。
    コーヒーの空き缶には製造年月日が西暦2130年となっている。
 今が2030年なので、百年先の未来で製造された事になるのだ。
    実際空き缶やライターは現在では製造不可能な方法で作られていた。



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