ミスティー・ナイツ

空川億里

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第1話 怪盗ミスティー・ナイツ見参!

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 美山誠(みやま まこと)は、都内にある自宅のソファーでそっくりかえって存分にくつろいでいた。3階まである一戸建て。どこまでもやわらかな革張りのソファーに身を沈め、手には赤いシチリア産のワインを満たしたチェコ製のグラス。

 窓枠に美しい彫刻を施されたフランス窓の外には、5月の太陽に照らし出されたピーカンの青空が広がっている。すでに例の世界的な感染症は収束してから何年も経過しており、道行く人も誰1人マスクはしてない。今日の予定も、明日の予定も、明後日の予定も特にない、永遠に自由な身分である。

 高級レストランで食事をしてもいいし、ふらりと海外に出かけてもいい。35歳にして、金には困ってないのだから……。ふと壁にかけた、家政婦さんがピカピカに磨いた鏡を見ると、欧亜混血の、自分の顔が映しだされた。

 美山の亡くなった父は日本人で、やはりこの世にいない母親はアメリカ出身の白人だ。美山自身も合衆国で生まれたので、市民権は持っている。その両親は美山がまだ子供の頃に、放火された自宅ごと焼け死んだ。

 幼かった誠だけが、たまたま友人の家に泊まっていたために、助かったのだ。1人っ子で、まだ幼かった少年は親戚の間をたらいまわしにされ、その後施設に預けられたが、結局そこも嫌になって飛びだしたのだ。

 思いだしたくもない日々だが、思いださずにいられない過去でもあった。平和な静寂を打ち破るようにテーブルの上のスマホが鳴る。液晶画面に目をやると非通知だったが、おおよそ誰かは察しがつく。

「どなたでしょう」

「ひさしぶりだな」

 相手は名前を名乗らないが、清武和夫(きよたけ かずお)の声だとわかった。年齢は多分還暦をちょっと過ぎたぐらいか。岩石を削りとったような、髪の薄い頭と、まるでナイフのように鋭い、油断ならない細い目が思い浮かんだ。

「また、話がある。いつもの場所で、明日の午後3時でどうだ」

「わかった。少し遅れるかもしれないが、必ず行く」

 美山はそれだけ話すと電話を切った。余計な事は電話で話さないのがルールだ。盗聴の可能性がある。盗聴器がしかけられてないかどうか普段から自宅内の点検をしてるが、現代の技術なら遠隔での盗聴も可能である。

 盗聴をしかけてくる相手はサツかもしれないし、同業の泥棒かもしれない。『ミスティー・ナイツ(霧の騎士達)』と言えば、世間では知られた怪盗集団だ。『現代の怪人二十面相』とか『日本のアルセーヌ・ルパン』と呼ばれ、今までも国内ばかりか海外のマスメディアやSNSを、騒がせてきた。

 美山がミスティー・ナイツのリーダーなのは、清武と、同じナイツのメンバー以外に誰も知らないはずである。清武にはスマホの番号を教えてあるが、どこに住んでるかまでは教えてない。

 そもそも住居も1つだけではないのである。今は都内で生活してるが、状況に応じ国内や世界各地にいくつもあるアジトに移り住む時もあった。その時の気分で生活の場所を変えるケースもあるが、1箇所に長く生活すると、近所から怪しまれるのも怖い。

 何しろ全く仕事をせずに、その日の気分でドライブしたり、家でくつろいだりしてるのだ。詮索好きの近所のおばちゃん達の間で話題にされてるとも限らない。欧亜混血の美山の顔は、そうでなくてもめだつのだ。

 めだたぬようわざわざ髪を黒く染め、外出する時は目が黒く見えるようカラーコンタクトをしているる。純粋な日本人に見せた方が、周囲の注意をひきつけぬからだ。先程電話をしてきた清武は、盗みの依頼を持ちこんで来る仲介者だった。

 どこどこの何々を盗むために必要な情報を提供してくれる代わりに、儲けのうち三割を清武にキックバックする。彼の情報は今までも正確で信頼できた。そのおかげで、美味しい思いをしてきたのだ。口も堅いし、美山とは長いつきあいだった。裏世界の人間だが殺人や強姦や誘拐等、汚い犯罪の仲介はしないのが、清武の信条だ。

                       *

 翌日美山は西新宿にある、雑居ビルの1つに向かう。呼び鈴を押してしばらくするとドアが開いた。20代の、黒髪の美女が現れる。ほとんど裾らしき布のないミニスカートから、形のよい生脚が伸びていた。

 清武の秘書兼愛人だ。清武の話を信じるのなら秘書以外にも、常に大勢の愛人がいるようだ。たまに一緒に酒を飲むと『こんな女と寝た』だの、『こんな女に惚れられた』だのと、自慢話を聞かされた。

 世間的には、人の自慢を聴かされるのは嫌いな者が多いのだろうが、美山はむしろ逆である。自慢話というのは、その人物の成功体験を話してるわけで、他人のそういった経験は何らかの形で自分を啓発してくれる。

 もう1つ自慢話を好きな理由は、一般的にそういう話は、誰かを傷つける内容が含まれてないという事だ。それを言うなら下ネタもだじゃれも人を傷つけないのだが、世間には嫌う者が多いのも抗えない現実だった。

「美山さんですね。お待ちしてました」

 長いまつげの下にある宝石のような2つの目が、美山を見た。モデルになれそうな、端正な顔だちである。いやもしかすると実際にモデルかもしれない。中に入ると、毛足の長い絨毯が敷き詰められた廊下が続き、広い応接室に案内された。絨毯も応接室内のインテリアも、素人目にも高価な物ばかりとわかる。

「元気そうだな」

 清武はソファーにもたれながら、香りの高い葉巻をくゆらせていた。そばのテーブルには、氷を浮かべたウィスキーを満たしたグラスと、ジッポウのライターが置いてある。

「何を飲む。お前さんはワインがいいか」

「おれは、いい。早速仕事の話がしたい」

「相変わらず仕事熱心だな。日本人の鏡だよ。さすがミスティー・ナイツだ」

 清武は笑みを浮かべた。では早速、仕事の話だ。今度のヤマも大物だぞ。南美島(なんびとう)の国営カジノだ」
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