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第6話 怪物、あらわる
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そもそも弓矢を撃たれても即死するわけではない。応援を呼ばれて、どんどん仲間が来るかもしれない。
それに矢などはね返しそうな鉄の鎧を身につけていた。
結局名案も浮かばぬまま、いたずらに時が流れていった……そんなある昼の事。
いつものように食料となる獲物を求めセセラギが森を歩いていると、何かが木立をかきわけながら、近づいてくるのに気づいた。
セセラギは反射的に、近くの茂みの中に隠れる。やがてそれは、思ったよりも巨大な物だと彼は知った。
木立の中から現れたのは、今まで目にした覚えのない、巨大な蜘蛛のような怪物だ。
背丈は人の2倍ぐらいの高さがある。
8本足の蜘蛛と違ってその怪物は、長く大きな六本の脚を持っていた。
脚がつきでた胴体の上には、巨大な鍋のような形をした物がさかさまに乗っており、その鍋から6本の脚とは別に、長くて太い巨木のような鉄製の大筒(おおづつ)が、進行方向に飛びだしている。
突如恐ろしい大音と共に、筒の先から何かが飛びだしたと思った瞬間、大蜘蛛の前方にあった大樹が真ん中から上下真っ二つに折れ、地面に横倒しになった。
傾いた大木は、セセラギが隠れたすぐそばに立っていたのだ。彼を狙った攻撃なのは間違いない。
「そこにいるのは、誰だ」
驚く事に、この怪物は人語を話す。よく通る男の声だが、どこか作り物のような、妙な響きの声である。セセラギは、観念して茂みから出た。
「すんません。悪気はなかったんです。森に入ったら道に迷っちまって」
「言い訳は無用。この森は神聖な場所。偉大なる導師様の大神殿を巡る森だ。貴様のような下賤の民が来る所ではない」
怪物はそう決めつけると、鉄製の巨大な筒先をこっちに向けた。
さっきここから飛びでた何かが、離れた場所にある巨大な樹木を倒したのだ。あんなのも倒せるのだから、人1人殺すのは何でもないだろう。
一瞬にして、木っ端微塵になってしまうに違いない。
セセラギは今や、追いつめられたウサギのようなものだ。
恐怖のあまり石像のように固まってしまい、そこから1歩も動けなかった。目をつぶるのすら、怖くてできない。
全身が汗でびっしょりだ。こんな形で自分が最期を迎えるなんて、考えもしなかった。
が、直後に思わぬ事態が発生する。突然、巨大蜘蛛の右前脚が途中から切断されて、その姿勢を崩したのだ。
セセラギを狙った筒先はあさっての方角に向かい、放たれた見えない何かが飛びだすと、彼のいる場所から離れた大地を大きくうがち、地面にちょっとした池程の大穴が生みだされた。
穴からは湯気が立ちのぼっている。
状況の急変に思考が追いつかないうちに、何者かの両腕が、後ろからセセラギを抱えた。それは男の両腕だ。
そしてセセラギの両足はいつのまにか大地を離れ、大空に向かい飛んでゆく。思わず彼は、悲鳴をあげた。
子供の頃から木登りが得意で高い場所には慣れているつもりだったが、それはあくまでも、手足が枝や幹に接しているという安心感があっての話だ。
下を見ると6本足の大蜘蛛が、どんどん小さくなってゆく。
「驚かせて悪かった」
耳元で、若い男のやわらかな声がした。
「ぼくはイカヅチという者だ。君の命が危なかったんで、少々手荒なやり方で救出させてもらったよ」
セセラギは背後を見たが、声の主の姿はない。ただ、どこまでも続いてゆく青空と、白い雲が目に浮かぶだけ。
「あんた一体誰なんだよ。天狗様か」
羽団扇で空を飛び、隠れ蓑で身を隠すという天狗。直接見たわけではないが、天狗なら納得できる。
が、天狗は悪だくみをする妖怪のはず。何で百姓を助けるのかがわからない。
質問に対し、相手は笑い声で答えた。嘲るような響きはない、そよ風のような笑いである。
「なるほどねえ。天狗とは、よく表現したもんだ」
イカヅチと名乗った男が感心した口調で話した。
「おれを、どこへ連れてく気だ」
「とりあえず、安全な所だ」
やがてセセラギは、最初にいた場所からかなり離れたが、それでも鬱蒼と生い茂る森林の中にある洞穴のそばに下ろされた。
彼を背後から抱きしめていた両腕が離れる。すぐにセセラギは、後ろを見た。やはり、男の姿はない。
が、やがて眼前の、それまで何もなかった場所に、1人の男が現れた。年齢は30歳ぐらいだろうか。
その男は、今までセセラギが見た試しのない、奇妙な服を身につけていた。
その衣装は銀色で、頭から足先まで、全身をすっぽりと覆っている。また、背中に大きな箱をしょっていた。
「こいつが、ぼくの隠れ蓑さ」
イカヅチが、自分の上着を指さしながら、自慢した。
「そして、こいつがぼくの翼だ」
彼は、背中の箱に視線を投げた。その顔は普通の男で、天狗のように鼻が長いわけでもなければ、顔が赤いわけでもない。むしろ男前だった。
彼はつややかな黒髪を、背のあたりまで、長く伸ばしている。
「あんた一体誰なんだ」
少なくとも妖怪変化じゃなさそうなのはわかったので、心をいくぶん軽くしながら質問した。
「君のような農民が、立ち入り禁止の神聖な森に来たってのは、わけありだね。そろそろ夜も近づくし、飯でも食いながら話を聞こう」
相手の男は問いには答えず、そう話した。確かに空はいつのまにか全体的に、橙色に染まりつつある。
今までも予想外の連続だが、その後もセセラギは、びっくりさせられてばかりであった。
イカヅチはまず、洞窟の中にある枯れ枝や木の葉を集めた場所まで行った。
そして自分の懐から、手のひらに収まる程の小さな箱を取りだしたのだ。
この箱の一部を指で押すと突然火があやかしのように現れて、それを木の葉や枯れ枝に近づけて、燃えあがらせる。
てっきり火打石を使うと考えてたので、信じられぬ光景だった。
天狗ではないにしろ、妖術使いなのは、間違いない。
「度肝を抜かせちゃったようだね」
まるでいたずらっこのような笑顔を浮かべて相手の男は語りはじめた。
「ぼくは大神殿で、偉大なる神々と導師様に仕えている下級の神官だ。導師様のやり方が気に食わなくて、最近は適当にやらせてもらってる」
最後の言葉を聞いた時、セセラギは巨大な拳固でなぐられたような気分であった。
ヤマトの国を統率してる導師に、こんな言葉を使うとは。
周囲に人がいないのをわかってるにも関わらず、思わずあたりを見渡した。
「大丈夫。他には誰もいないから。人がそばに近づいたら、すぐわかるようになってる」
自信たっぷりの口調で、イカヅチは答えた。確かに彼は今までも、面妖な術を使ってきた。
夜陰に乗じて何者かが近づいても、すぐに気づくような能力があるのかもしれない。
「神官様か……それでそんな隠れ蓑を持ってたり、空を飛べたりするんだな」
「隠れ蓑も背中にしょった飛翔機も、導師の一族に代々伝わる、いにしえの技術さ。導様はこういった高度な技術を、自分の一族で独り占めしてる。それが彼の、権力の源さ。彼はたまたま、そういう特権的な一族の1人として、この世に生を受けただけ。飯も食えば、夜には眠る。暑ければ汗をかく。切れば、血も出る。寿命がくれば、死ぬ。ぼくや君と同じ生身の人間さ」
「でも導師様は、天上の偉い神様の子孫で、高貴なお方。おれ達百姓よりも立派な技術を持ってるのは当たり前でねえか」
セセラギは、かみついた。
「大昔にヤマトの国を二分する大戦(おおいくさ)があって、ほとんどの民が殺されるほどの争いが起きた。そこでそんな災いが2度と起こらねえよう、戦いの元になりそうな兵器や技術は、導師様が管理する決まりになったんだろ。こんな話、おれみたいな百姓でもみんな知ってる。昔から、村の長老様に教えられてきてっから」
「大昔君が今話したような大規模な戦乱があったのは確かだ。そして、ぼくらのご先祖様が絶滅寸前までいったのも本当さ。でもだからといって、高度な技術を導師が独り占めにしていいものだろうか。そもそも導師は神の子孫なんかじゃない。ぼくらと同じ人間さ」
「そんなわけねえだろう。おれ達のために雨を降らせてくれたりもする。現に最近おれの生まれた村のあたりが日照り続きだったけど、導師様に貢物をしたおかげで、雨乞いをしてくれたんだ」
「貢物に若い娘を差しだしたり、年貢が重くなったりするのがおかしいと思わないの」
相手の質問に、思わずセセラギは言葉につまった。他でもない、それは前から考えていたから。そもそも導師のやり方に疑問を抱いて、ここまでミドリを追ってきたのだ。
「そりゃあ確かに、導師様がおれ達を案じてくれるなら、そもそも天気を日照り続きにするの自体がおかしいと思うけんど……」
「ほらね。君も含めてヤマトの人達は、導師に騙されてるんだ。本当にあの老人が民百姓を思うなら、日照り続きの状態なんか作らずに、作物が上手く採れる程度の雨を常日頃から降らせるようにすればいい。それをしないのはわざと日照りを作りだし、いつも、あの男にすがらざるを得ないようにしてるんだって」
正直セセラギは、困惑していた。今までそんなふうに考えた試しがなかったからだ。
「大体君は、どうしてこの森にいたの。本来なら、故郷の村にいるべきじゃないのかな」
イカヅチは、突然話を変えてきた。
「許嫁のアオイが導師様に献上されたんだ。導師様がどんなお方か知れねえが、おれは納得いかなかった。もうすぐ祝言だったのに……それでおれは、アオイを奪い返しにきた」
「気持ちは、わかる」
イカヅチは、砂利でも噛むような表情になった。
「アオイちゃんなら、ぼくも知ってる。大神殿で巫女として、元気でやってる。来たばかりの頃は毎日泣いてたけどね」
「あんた、アオイに会ったのか。元気なんだな」
思わずセセラギは、つばを飛ばした。
「自害でもしないかと心配だった」
セセラギは、自分の胸をずっと抑えつけていた、大きくて重い石が、ようやくどかされたような心地がする。
自分の目に、涙がにじむのがわかった。一刻も早く彼女に会いたい。
「これはお願いになっけど、おれにあんたの隠れ蓑や、空飛ぶ機械を貸してくれねえか。それを使ってあいつを大神殿から取りもどす。代わりに一生あんたの奴隷になったって構わない」
「そうしたいのは、やまやまだけどね」
曇った表情を変えぬまま、神官見習いが答えた。
「大神殿には武装した屈強な兵衛(つわもの)が何十人もいて、隠れ蓑や飛行機械を使っても、上手くいくとは限らない。が、それが可能かどうか、策を練るのもいいだろう」
「大神殿に献上された娘っ子達はどの辺にいるんだ」
「建物のどまんなかだな。導師様の住居のそばに彼女達の住まいがある。1人1部屋の狭い個室に住んでる。窓には鉄格子がはまってて、外の廊下は武装した警備兵が巡回してる。ぼくは中の人間なので、建物の中に入って彼女達のそばまで行くのは簡単だが、警備兵に見つからずに巫女を例え1人でも、外に連れだすのは至難のわざだ」
イカヅチは、巨大な岩を背中にしょってるかのような、重々しい口調で話した。
それに矢などはね返しそうな鉄の鎧を身につけていた。
結局名案も浮かばぬまま、いたずらに時が流れていった……そんなある昼の事。
いつものように食料となる獲物を求めセセラギが森を歩いていると、何かが木立をかきわけながら、近づいてくるのに気づいた。
セセラギは反射的に、近くの茂みの中に隠れる。やがてそれは、思ったよりも巨大な物だと彼は知った。
木立の中から現れたのは、今まで目にした覚えのない、巨大な蜘蛛のような怪物だ。
背丈は人の2倍ぐらいの高さがある。
8本足の蜘蛛と違ってその怪物は、長く大きな六本の脚を持っていた。
脚がつきでた胴体の上には、巨大な鍋のような形をした物がさかさまに乗っており、その鍋から6本の脚とは別に、長くて太い巨木のような鉄製の大筒(おおづつ)が、進行方向に飛びだしている。
突如恐ろしい大音と共に、筒の先から何かが飛びだしたと思った瞬間、大蜘蛛の前方にあった大樹が真ん中から上下真っ二つに折れ、地面に横倒しになった。
傾いた大木は、セセラギが隠れたすぐそばに立っていたのだ。彼を狙った攻撃なのは間違いない。
「そこにいるのは、誰だ」
驚く事に、この怪物は人語を話す。よく通る男の声だが、どこか作り物のような、妙な響きの声である。セセラギは、観念して茂みから出た。
「すんません。悪気はなかったんです。森に入ったら道に迷っちまって」
「言い訳は無用。この森は神聖な場所。偉大なる導師様の大神殿を巡る森だ。貴様のような下賤の民が来る所ではない」
怪物はそう決めつけると、鉄製の巨大な筒先をこっちに向けた。
さっきここから飛びでた何かが、離れた場所にある巨大な樹木を倒したのだ。あんなのも倒せるのだから、人1人殺すのは何でもないだろう。
一瞬にして、木っ端微塵になってしまうに違いない。
セセラギは今や、追いつめられたウサギのようなものだ。
恐怖のあまり石像のように固まってしまい、そこから1歩も動けなかった。目をつぶるのすら、怖くてできない。
全身が汗でびっしょりだ。こんな形で自分が最期を迎えるなんて、考えもしなかった。
が、直後に思わぬ事態が発生する。突然、巨大蜘蛛の右前脚が途中から切断されて、その姿勢を崩したのだ。
セセラギを狙った筒先はあさっての方角に向かい、放たれた見えない何かが飛びだすと、彼のいる場所から離れた大地を大きくうがち、地面にちょっとした池程の大穴が生みだされた。
穴からは湯気が立ちのぼっている。
状況の急変に思考が追いつかないうちに、何者かの両腕が、後ろからセセラギを抱えた。それは男の両腕だ。
そしてセセラギの両足はいつのまにか大地を離れ、大空に向かい飛んでゆく。思わず彼は、悲鳴をあげた。
子供の頃から木登りが得意で高い場所には慣れているつもりだったが、それはあくまでも、手足が枝や幹に接しているという安心感があっての話だ。
下を見ると6本足の大蜘蛛が、どんどん小さくなってゆく。
「驚かせて悪かった」
耳元で、若い男のやわらかな声がした。
「ぼくはイカヅチという者だ。君の命が危なかったんで、少々手荒なやり方で救出させてもらったよ」
セセラギは背後を見たが、声の主の姿はない。ただ、どこまでも続いてゆく青空と、白い雲が目に浮かぶだけ。
「あんた一体誰なんだよ。天狗様か」
羽団扇で空を飛び、隠れ蓑で身を隠すという天狗。直接見たわけではないが、天狗なら納得できる。
が、天狗は悪だくみをする妖怪のはず。何で百姓を助けるのかがわからない。
質問に対し、相手は笑い声で答えた。嘲るような響きはない、そよ風のような笑いである。
「なるほどねえ。天狗とは、よく表現したもんだ」
イカヅチと名乗った男が感心した口調で話した。
「おれを、どこへ連れてく気だ」
「とりあえず、安全な所だ」
やがてセセラギは、最初にいた場所からかなり離れたが、それでも鬱蒼と生い茂る森林の中にある洞穴のそばに下ろされた。
彼を背後から抱きしめていた両腕が離れる。すぐにセセラギは、後ろを見た。やはり、男の姿はない。
が、やがて眼前の、それまで何もなかった場所に、1人の男が現れた。年齢は30歳ぐらいだろうか。
その男は、今までセセラギが見た試しのない、奇妙な服を身につけていた。
その衣装は銀色で、頭から足先まで、全身をすっぽりと覆っている。また、背中に大きな箱をしょっていた。
「こいつが、ぼくの隠れ蓑さ」
イカヅチが、自分の上着を指さしながら、自慢した。
「そして、こいつがぼくの翼だ」
彼は、背中の箱に視線を投げた。その顔は普通の男で、天狗のように鼻が長いわけでもなければ、顔が赤いわけでもない。むしろ男前だった。
彼はつややかな黒髪を、背のあたりまで、長く伸ばしている。
「あんた一体誰なんだ」
少なくとも妖怪変化じゃなさそうなのはわかったので、心をいくぶん軽くしながら質問した。
「君のような農民が、立ち入り禁止の神聖な森に来たってのは、わけありだね。そろそろ夜も近づくし、飯でも食いながら話を聞こう」
相手の男は問いには答えず、そう話した。確かに空はいつのまにか全体的に、橙色に染まりつつある。
今までも予想外の連続だが、その後もセセラギは、びっくりさせられてばかりであった。
イカヅチはまず、洞窟の中にある枯れ枝や木の葉を集めた場所まで行った。
そして自分の懐から、手のひらに収まる程の小さな箱を取りだしたのだ。
この箱の一部を指で押すと突然火があやかしのように現れて、それを木の葉や枯れ枝に近づけて、燃えあがらせる。
てっきり火打石を使うと考えてたので、信じられぬ光景だった。
天狗ではないにしろ、妖術使いなのは、間違いない。
「度肝を抜かせちゃったようだね」
まるでいたずらっこのような笑顔を浮かべて相手の男は語りはじめた。
「ぼくは大神殿で、偉大なる神々と導師様に仕えている下級の神官だ。導師様のやり方が気に食わなくて、最近は適当にやらせてもらってる」
最後の言葉を聞いた時、セセラギは巨大な拳固でなぐられたような気分であった。
ヤマトの国を統率してる導師に、こんな言葉を使うとは。
周囲に人がいないのをわかってるにも関わらず、思わずあたりを見渡した。
「大丈夫。他には誰もいないから。人がそばに近づいたら、すぐわかるようになってる」
自信たっぷりの口調で、イカヅチは答えた。確かに彼は今までも、面妖な術を使ってきた。
夜陰に乗じて何者かが近づいても、すぐに気づくような能力があるのかもしれない。
「神官様か……それでそんな隠れ蓑を持ってたり、空を飛べたりするんだな」
「隠れ蓑も背中にしょった飛翔機も、導師の一族に代々伝わる、いにしえの技術さ。導様はこういった高度な技術を、自分の一族で独り占めしてる。それが彼の、権力の源さ。彼はたまたま、そういう特権的な一族の1人として、この世に生を受けただけ。飯も食えば、夜には眠る。暑ければ汗をかく。切れば、血も出る。寿命がくれば、死ぬ。ぼくや君と同じ生身の人間さ」
「でも導師様は、天上の偉い神様の子孫で、高貴なお方。おれ達百姓よりも立派な技術を持ってるのは当たり前でねえか」
セセラギは、かみついた。
「大昔にヤマトの国を二分する大戦(おおいくさ)があって、ほとんどの民が殺されるほどの争いが起きた。そこでそんな災いが2度と起こらねえよう、戦いの元になりそうな兵器や技術は、導師様が管理する決まりになったんだろ。こんな話、おれみたいな百姓でもみんな知ってる。昔から、村の長老様に教えられてきてっから」
「大昔君が今話したような大規模な戦乱があったのは確かだ。そして、ぼくらのご先祖様が絶滅寸前までいったのも本当さ。でもだからといって、高度な技術を導師が独り占めにしていいものだろうか。そもそも導師は神の子孫なんかじゃない。ぼくらと同じ人間さ」
「そんなわけねえだろう。おれ達のために雨を降らせてくれたりもする。現に最近おれの生まれた村のあたりが日照り続きだったけど、導師様に貢物をしたおかげで、雨乞いをしてくれたんだ」
「貢物に若い娘を差しだしたり、年貢が重くなったりするのがおかしいと思わないの」
相手の質問に、思わずセセラギは言葉につまった。他でもない、それは前から考えていたから。そもそも導師のやり方に疑問を抱いて、ここまでミドリを追ってきたのだ。
「そりゃあ確かに、導師様がおれ達を案じてくれるなら、そもそも天気を日照り続きにするの自体がおかしいと思うけんど……」
「ほらね。君も含めてヤマトの人達は、導師に騙されてるんだ。本当にあの老人が民百姓を思うなら、日照り続きの状態なんか作らずに、作物が上手く採れる程度の雨を常日頃から降らせるようにすればいい。それをしないのはわざと日照りを作りだし、いつも、あの男にすがらざるを得ないようにしてるんだって」
正直セセラギは、困惑していた。今までそんなふうに考えた試しがなかったからだ。
「大体君は、どうしてこの森にいたの。本来なら、故郷の村にいるべきじゃないのかな」
イカヅチは、突然話を変えてきた。
「許嫁のアオイが導師様に献上されたんだ。導師様がどんなお方か知れねえが、おれは納得いかなかった。もうすぐ祝言だったのに……それでおれは、アオイを奪い返しにきた」
「気持ちは、わかる」
イカヅチは、砂利でも噛むような表情になった。
「アオイちゃんなら、ぼくも知ってる。大神殿で巫女として、元気でやってる。来たばかりの頃は毎日泣いてたけどね」
「あんた、アオイに会ったのか。元気なんだな」
思わずセセラギは、つばを飛ばした。
「自害でもしないかと心配だった」
セセラギは、自分の胸をずっと抑えつけていた、大きくて重い石が、ようやくどかされたような心地がする。
自分の目に、涙がにじむのがわかった。一刻も早く彼女に会いたい。
「これはお願いになっけど、おれにあんたの隠れ蓑や、空飛ぶ機械を貸してくれねえか。それを使ってあいつを大神殿から取りもどす。代わりに一生あんたの奴隷になったって構わない」
「そうしたいのは、やまやまだけどね」
曇った表情を変えぬまま、神官見習いが答えた。
「大神殿には武装した屈強な兵衛(つわもの)が何十人もいて、隠れ蓑や飛行機械を使っても、上手くいくとは限らない。が、それが可能かどうか、策を練るのもいいだろう」
「大神殿に献上された娘っ子達はどの辺にいるんだ」
「建物のどまんなかだな。導師様の住居のそばに彼女達の住まいがある。1人1部屋の狭い個室に住んでる。窓には鉄格子がはまってて、外の廊下は武装した警備兵が巡回してる。ぼくは中の人間なので、建物の中に入って彼女達のそばまで行くのは簡単だが、警備兵に見つからずに巫女を例え1人でも、外に連れだすのは至難のわざだ」
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