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第1話 ヒーロー到着
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台風が迫ってくる。激しい風雨が鹿児島の地に降り注ぐ。若田部は、港にいた。眼前に漁船がある。
小さな船だ。こんな船で海を渡って韓国まで行けるのだろうか? 今彼は、漁船から少し離れた所にある建物の中にいた。
若田部は今22歳だ。本来なら入学した大学で、勉強したり恋をしたりしていたはずだ。
「いつになったらヒーローは現れるんだよ?」
苛立たしげにつぶやいたのは、30歳ぐらいの男である。瀬古だった。
そう吐露したい気持ちはわかるが、苛々した彼の様子は『民主化運動の闘士』にはふさわしくないようにも見える。
彼1人だけが喫煙者で、さっきから何度も喫煙所とこの部屋を往復していた。
「しかたないよ。何でも電車の時刻表通りみたくいくわけじゃないしね」
そう声をかけたのは、黒いストレートヘアーを長くたらした美しい女だ。
オフショルダーのジップアップニットを細い肢体に身につけていた。ニットは髪と同じ色だ。年齢は多分若田部と同じぐらい。
手に持ったリュックから頻繁に水筒を神経質そうに取り出していたが、なぜか中身を飲もうとはしなかった。
その時である。外に通じる扉が開いた。年齢は多分瀬古と同じぐらいだろうか。破損した黒い傘を持っており、全身が濡れ鼠だ。
身長は170センチぐらい。疲れ果てた表情をしていたが、それでも何か常人と違うオーラを感じた。
筋肉質の体型で、顔には人を惹きつける笑みを浮かべている。
「今国さんですね?」
若田部は、待ち人の名を呼んだ。
「その通りです。みなさんはじめまして」
「こいつはすげー! 英雄の登場だあ」
拍手をするマネをしながら瀬古が周囲を見渡した。どこか人を小馬鹿にしたような口調である。
「英雄なんかじゃないですけどね」
今国は、苦笑を浮かべる。彼の元へ、メガネをかけたボブヘアの女がバスタオルを持ってかけよった。
そしてずぶぬれになった男の体を服の上から拭きはじめる。女の名前は、高西智恵理だ。
「副総統を暗殺してくれたんですから僕らにとってはヒーローです」
若田部が、声をかけた。
「ここにいる全員が英雄だろう。そして全ての日本国民がヒーローであり、ヒロインなんだ」
「上手い事を言うもんだ」
シニカルなくちばしを、瀬古がはさんだ。
「シャワールームがありますから使ってください」
智恵理がそちらを案内した。
「下着や服も用意してありますから」
「でも、時間がないんじゃないの?」
心配そうに、今国が聞く。
「そうですね。なので、なるべくお早めにお願いします」
智恵理がそう催促する。
「これで全員揃ったな」
兵頭が、そう話した。彼は元自衛官で、彼の話を信じるなら、復活党が民主的なプロセスで与党になった後やめたそうだ。
当時はまだ徴兵制ではなかったので、自分の意思でやめられたのだ。
自衛隊から軍隊に名前を変えた現在では、自由意思でやめる事はできなかった。
実年齢は知らないが、多分40歳ぐらいだろう。今いる中では1番の年長のはずだ。
復活党が政権の座についた10年前の熱狂はすごかった。まだ12歳だったが、その雰囲気は、今も鮮明に覚えている。
『強い日本を復活させる』と宣った復活党のスローガンに、多くの国民が希望を抱いたのだろう。
復活党の党首である今の総統は『復活党は保守でも左翼でもない新しい思想の党』だとアピールして、多くの支持を集めたのだ。
従来の与野党に絶望していた多くの国民が投票したのに違いない。
「悪いけど、手早くシャワーを浴びてくれ」
兵頭は、そう続けた。
「追っ手が迫ってきてるはずだ」
「本当にこの嵐で出港する気ですか?」
船長の水川が、眉をひそめて聞いてくる。彼は瀬古と同じ年齢ぐらいだが、瀬古とは対照的に口数は少ない。
きれいにヒゲを剃った瀬古と違い、くちの下から顎にかけて立派な黒いヒゲを生やしている。
「無理は、承知だ」
兵頭が返す。
「グズグズしてたら、秘密警察の餌食になる」
復活党が与党になってから『スパイを取り締まる』との理由で秘密警察が設立され、逮捕された人達は、強制収容所に送りこまれた。
「今だったら、自首すれば許してくれるかな?」
気の弱そうなメガネの青年が、そう口にする。年齢は若田部と同じぐらいだろうか。
「裏切んのかよ!?」
瀬古が、唇を尖らせた。
「だって、逮捕されちまったら、どうなるかわからないよ」
稗田という名前の、メガネの男が、情けない声をあげる。
「信じよう」
発言したのは、今国だ。
「僕らの信念が、未来を良い方へ変えてくれる」
同じ台詞を別の人間が投じていたら違ったかもしれないが、今国の言葉には、不思議な説得力を感じる。
それだけ残すと、彼はシャワールームの方に立ち去った。
今ここには若田部の他に男性は兵頭、瀬古、稗田、船長の水川の5人がいる。
他に女性が2人、高西智恵理と、オフショルダーのジップアップニットを身につけた早乙女ほのかの合計7人だった。
若田部はリュックに入れた拳銃を握りしめた。今国が来る前に兵頭から全員に渡されたものだ。
使い方も説明されたが、実際に使えるかは不安であった。マカロフというピストルで、中には銃弾が8発あると聞いたのだ。
小さな船だ。こんな船で海を渡って韓国まで行けるのだろうか? 今彼は、漁船から少し離れた所にある建物の中にいた。
若田部は今22歳だ。本来なら入学した大学で、勉強したり恋をしたりしていたはずだ。
「いつになったらヒーローは現れるんだよ?」
苛立たしげにつぶやいたのは、30歳ぐらいの男である。瀬古だった。
そう吐露したい気持ちはわかるが、苛々した彼の様子は『民主化運動の闘士』にはふさわしくないようにも見える。
彼1人だけが喫煙者で、さっきから何度も喫煙所とこの部屋を往復していた。
「しかたないよ。何でも電車の時刻表通りみたくいくわけじゃないしね」
そう声をかけたのは、黒いストレートヘアーを長くたらした美しい女だ。
オフショルダーのジップアップニットを細い肢体に身につけていた。ニットは髪と同じ色だ。年齢は多分若田部と同じぐらい。
手に持ったリュックから頻繁に水筒を神経質そうに取り出していたが、なぜか中身を飲もうとはしなかった。
その時である。外に通じる扉が開いた。年齢は多分瀬古と同じぐらいだろうか。破損した黒い傘を持っており、全身が濡れ鼠だ。
身長は170センチぐらい。疲れ果てた表情をしていたが、それでも何か常人と違うオーラを感じた。
筋肉質の体型で、顔には人を惹きつける笑みを浮かべている。
「今国さんですね?」
若田部は、待ち人の名を呼んだ。
「その通りです。みなさんはじめまして」
「こいつはすげー! 英雄の登場だあ」
拍手をするマネをしながら瀬古が周囲を見渡した。どこか人を小馬鹿にしたような口調である。
「英雄なんかじゃないですけどね」
今国は、苦笑を浮かべる。彼の元へ、メガネをかけたボブヘアの女がバスタオルを持ってかけよった。
そしてずぶぬれになった男の体を服の上から拭きはじめる。女の名前は、高西智恵理だ。
「副総統を暗殺してくれたんですから僕らにとってはヒーローです」
若田部が、声をかけた。
「ここにいる全員が英雄だろう。そして全ての日本国民がヒーローであり、ヒロインなんだ」
「上手い事を言うもんだ」
シニカルなくちばしを、瀬古がはさんだ。
「シャワールームがありますから使ってください」
智恵理がそちらを案内した。
「下着や服も用意してありますから」
「でも、時間がないんじゃないの?」
心配そうに、今国が聞く。
「そうですね。なので、なるべくお早めにお願いします」
智恵理がそう催促する。
「これで全員揃ったな」
兵頭が、そう話した。彼は元自衛官で、彼の話を信じるなら、復活党が民主的なプロセスで与党になった後やめたそうだ。
当時はまだ徴兵制ではなかったので、自分の意思でやめられたのだ。
自衛隊から軍隊に名前を変えた現在では、自由意思でやめる事はできなかった。
実年齢は知らないが、多分40歳ぐらいだろう。今いる中では1番の年長のはずだ。
復活党が政権の座についた10年前の熱狂はすごかった。まだ12歳だったが、その雰囲気は、今も鮮明に覚えている。
『強い日本を復活させる』と宣った復活党のスローガンに、多くの国民が希望を抱いたのだろう。
復活党の党首である今の総統は『復活党は保守でも左翼でもない新しい思想の党』だとアピールして、多くの支持を集めたのだ。
従来の与野党に絶望していた多くの国民が投票したのに違いない。
「悪いけど、手早くシャワーを浴びてくれ」
兵頭は、そう続けた。
「追っ手が迫ってきてるはずだ」
「本当にこの嵐で出港する気ですか?」
船長の水川が、眉をひそめて聞いてくる。彼は瀬古と同じ年齢ぐらいだが、瀬古とは対照的に口数は少ない。
きれいにヒゲを剃った瀬古と違い、くちの下から顎にかけて立派な黒いヒゲを生やしている。
「無理は、承知だ」
兵頭が返す。
「グズグズしてたら、秘密警察の餌食になる」
復活党が与党になってから『スパイを取り締まる』との理由で秘密警察が設立され、逮捕された人達は、強制収容所に送りこまれた。
「今だったら、自首すれば許してくれるかな?」
気の弱そうなメガネの青年が、そう口にする。年齢は若田部と同じぐらいだろうか。
「裏切んのかよ!?」
瀬古が、唇を尖らせた。
「だって、逮捕されちまったら、どうなるかわからないよ」
稗田という名前の、メガネの男が、情けない声をあげる。
「信じよう」
発言したのは、今国だ。
「僕らの信念が、未来を良い方へ変えてくれる」
同じ台詞を別の人間が投じていたら違ったかもしれないが、今国の言葉には、不思議な説得力を感じる。
それだけ残すと、彼はシャワールームの方に立ち去った。
今ここには若田部の他に男性は兵頭、瀬古、稗田、船長の水川の5人がいる。
他に女性が2人、高西智恵理と、オフショルダーのジップアップニットを身につけた早乙女ほのかの合計7人だった。
若田部はリュックに入れた拳銃を握りしめた。今国が来る前に兵頭から全員に渡されたものだ。
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