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第4話 場違いな代物
林立する熱帯の樹木の隙間に垣間見えたのは、この場にはふさわしくなさそうな、場違いな代物だ。
それは巨大な赤、青、黄色の色鉛筆だった。左から赤、青、黄色の順に横一列に並んでる。
いや、よくよく見れば、それは尖った方を先にして天空に向けてそそり立つ色鉛筆を模した建物だった。
若田部は、左腕にはめた時計を見る。あんな嵐の後だったが、デジタル表示は時を刻んでいる。
今は朝の7時過ぎだ。太陽は若田部の右に見えるので、そちらが東だ。彼らは今、南側の砂浜から北の森へ向かっていた。
3本の巨大な鉛筆は、西から順に赤、青、黄色と同じ高さで並んでいる。
「おおっ! すげーや! 中で子供が色鉛筆でお絵描きでもしてるってか」
バカにした口調で瀬古がそう放つ。
若田部は、カラフルなその建物を観ているうちに、何かを思い出しそうになったが、それが一体何であったかうまく想起できないでいた。
瀬古はライターに火をつけて、タバコを吸いはじめる。だが、両腕の動かし方が、ぎこちない。
「うーん。空気が美味えとタバコも美味えな」
「どうしました? 怪我でもしました?」
若田部が、聞く。
「まあな。難破して、目が覚めた後から両腕が痛いのよ」
「違和感のある建物ですね。場違いです」
口にしたのは、智恵理だった。
「とりあえず行ってみましょうよ」
若田部は、提案する。
「少なくとも日本軍の基地じゃなさげですし」
「だから、怖いんだよ」
兵頭が、そう返した。
「秘密警察のスパイが住んでるかもしれないだろう」
その時である。ガジュマルの木立ちの中から、1人の女性が現れた。半袖のTシャツに水色のデニムを身につけている。
ロングヘアの黒髪は、ゆるいウェーブがかかっていた。美しい顔をしている。長いまつ毛の下に、黒く光る2つの目。
年齢は30歳前後だろうか。
「姫島さん! 姫島恋紋さんでしょう!」
ほのかが目を丸くして、うわずった声をあげる。そうだった。若田部も記憶が蘇る。眼前に佇んでいるのは、歌手の姫島恋紋だった。
彼女は16歳でデビューして、年齢に似合わぬクールな雰囲気と美貌と歌唱力で、瞬く間に人気を集めて歌もヒットしたのだが、26歳で電撃引退したのである。
ちゃんとした引退理由が発表されず、様々な憶測を呼んだのだ。
「はじめまして。姫島です。どうやら昨夜の台風で、流されたみたいですね」
恋紋がそう口にする。まるで音楽のような調べだ。
「その通りです」
兵頭が、回答する。
「ちなみにここはどこでしょう?」
「ここは六角島です。2年前に引退してから無人島だったこの島を買い取って、ここに住んでます」
「そうでしたか。自分は兵頭という者です。ここにいるのは、パルチザンのメンバーです」
あまりにも簡単に正体をバラしたので、一瞬目の前が真っ暗になる。
緊張が走った。が、兵頭は落ち着いており、手で皆を抑えるような仕草をする。彼は、続けた。
「無論あなたが六角島にいて、我々を助ける活動をしてるのは知ってます。何かあれば頼るように、上から司令が来てますから」
この発言にも、びっくりした。まさか恋紋がレジスタンス勢力のメンバーだとは。
「無人島だったこの島を買って移住した2年前には、まさかこんな展開になるだなんて‥‥‥」
恋紋の顔に、影がさす。
「でもおかげで、僕達も救われました」
兵頭が、和らいだ顔になる。
「今いらっしゃる方だけですよね? 全部で8人?」
「そうですね。おかげ様で、全員無事です。しかし政府は、姫島さんがここにいるのをご存知ない?」
「知っています。不定期で日本軍のヘリが、ここに来ますから。無論来た時には、かくまいます」
「よかった! 助かった!」
泣き出したのは、稗田である。情けないとも感じたが、若田部もかなりホッとしたので、人の事は笑えない。
「しかし何で、色鉛筆の形をしてるんですか?」
若田部は、質問する。
「絵を描くのが、好きなの。画材は色鉛筆を使ってるから。あの建物も、エンピツ屋敷と読んでます。3階建てで、1階から3階まで3部屋ずつあるから、ちょうど1人ずつ個室があります」
「でも、その前にやらなきゃいけない事があります」
宣言したのは、兵頭だ。
「日本軍のヘリがいつ来るかわからないなら、船を沖に流さないと。衛星画像でわかってしまうかもしれませんが」
「衛星画像の件なら大丈夫だと思います。第一次宇宙戦争で、日本が打ち上げた人工衛星は全て破壊されましたから」
恋紋が答える。そうだった。あまりにも次々と事件が起きるので忘れていたが、1か月前に起きた宇宙空間での戦争の結果そうなったのだ。
この戦争は、最初に誰が始めたのかはわからなかった。日本政府は中国軍の謀略だと主張しており、中国政府は反対の話をしている。
確かなのは宇宙空間で日本、中国、韓国、アメリカ、ロシア、西ヨーロッパ連合が配備したドローン同士が同時に他国の人工衛星を攻撃しはじめ、戦闘が終わった時には、人類の打ち上げた人工衛星はほとんど破壊されたのだ。
その日以降カーナビも、気象衛星からの情報に基づいた天気予報もされなくなった。
「そうですね。それでは先に船を沖に流しましょう」
「本気かよ!? 俺なんか両腕怪我して痛えのに」
泣き言をくり出したのは、瀬古である。
「無理なら休んでていいぞ。他のメンバーでやるから」
話しながら兵頭は、すでに海へと向かっていた。
「そういうわけにもいかねえだろうよ」
ぐちりながら、瀬古もその後をついてゆく。
「せめて何か食べてからにしましょうよ」
情けない声で、稗田がそう懇願する。
「食べてるうちに、軍のヘリが来たらどうすんだよ」
後ろを振り返りもせずに、兵頭がそう話す。若田部も、彼の後に付き従う。だが、果たして船を沖に流せるのだろうか?
また流せるとして、その前に軍のヘリがやってきたら? 不安の種は、つきない。
それは巨大な赤、青、黄色の色鉛筆だった。左から赤、青、黄色の順に横一列に並んでる。
いや、よくよく見れば、それは尖った方を先にして天空に向けてそそり立つ色鉛筆を模した建物だった。
若田部は、左腕にはめた時計を見る。あんな嵐の後だったが、デジタル表示は時を刻んでいる。
今は朝の7時過ぎだ。太陽は若田部の右に見えるので、そちらが東だ。彼らは今、南側の砂浜から北の森へ向かっていた。
3本の巨大な鉛筆は、西から順に赤、青、黄色と同じ高さで並んでいる。
「おおっ! すげーや! 中で子供が色鉛筆でお絵描きでもしてるってか」
バカにした口調で瀬古がそう放つ。
若田部は、カラフルなその建物を観ているうちに、何かを思い出しそうになったが、それが一体何であったかうまく想起できないでいた。
瀬古はライターに火をつけて、タバコを吸いはじめる。だが、両腕の動かし方が、ぎこちない。
「うーん。空気が美味えとタバコも美味えな」
「どうしました? 怪我でもしました?」
若田部が、聞く。
「まあな。難破して、目が覚めた後から両腕が痛いのよ」
「違和感のある建物ですね。場違いです」
口にしたのは、智恵理だった。
「とりあえず行ってみましょうよ」
若田部は、提案する。
「少なくとも日本軍の基地じゃなさげですし」
「だから、怖いんだよ」
兵頭が、そう返した。
「秘密警察のスパイが住んでるかもしれないだろう」
その時である。ガジュマルの木立ちの中から、1人の女性が現れた。半袖のTシャツに水色のデニムを身につけている。
ロングヘアの黒髪は、ゆるいウェーブがかかっていた。美しい顔をしている。長いまつ毛の下に、黒く光る2つの目。
年齢は30歳前後だろうか。
「姫島さん! 姫島恋紋さんでしょう!」
ほのかが目を丸くして、うわずった声をあげる。そうだった。若田部も記憶が蘇る。眼前に佇んでいるのは、歌手の姫島恋紋だった。
彼女は16歳でデビューして、年齢に似合わぬクールな雰囲気と美貌と歌唱力で、瞬く間に人気を集めて歌もヒットしたのだが、26歳で電撃引退したのである。
ちゃんとした引退理由が発表されず、様々な憶測を呼んだのだ。
「はじめまして。姫島です。どうやら昨夜の台風で、流されたみたいですね」
恋紋がそう口にする。まるで音楽のような調べだ。
「その通りです」
兵頭が、回答する。
「ちなみにここはどこでしょう?」
「ここは六角島です。2年前に引退してから無人島だったこの島を買い取って、ここに住んでます」
「そうでしたか。自分は兵頭という者です。ここにいるのは、パルチザンのメンバーです」
あまりにも簡単に正体をバラしたので、一瞬目の前が真っ暗になる。
緊張が走った。が、兵頭は落ち着いており、手で皆を抑えるような仕草をする。彼は、続けた。
「無論あなたが六角島にいて、我々を助ける活動をしてるのは知ってます。何かあれば頼るように、上から司令が来てますから」
この発言にも、びっくりした。まさか恋紋がレジスタンス勢力のメンバーだとは。
「無人島だったこの島を買って移住した2年前には、まさかこんな展開になるだなんて‥‥‥」
恋紋の顔に、影がさす。
「でもおかげで、僕達も救われました」
兵頭が、和らいだ顔になる。
「今いらっしゃる方だけですよね? 全部で8人?」
「そうですね。おかげ様で、全員無事です。しかし政府は、姫島さんがここにいるのをご存知ない?」
「知っています。不定期で日本軍のヘリが、ここに来ますから。無論来た時には、かくまいます」
「よかった! 助かった!」
泣き出したのは、稗田である。情けないとも感じたが、若田部もかなりホッとしたので、人の事は笑えない。
「しかし何で、色鉛筆の形をしてるんですか?」
若田部は、質問する。
「絵を描くのが、好きなの。画材は色鉛筆を使ってるから。あの建物も、エンピツ屋敷と読んでます。3階建てで、1階から3階まで3部屋ずつあるから、ちょうど1人ずつ個室があります」
「でも、その前にやらなきゃいけない事があります」
宣言したのは、兵頭だ。
「日本軍のヘリがいつ来るかわからないなら、船を沖に流さないと。衛星画像でわかってしまうかもしれませんが」
「衛星画像の件なら大丈夫だと思います。第一次宇宙戦争で、日本が打ち上げた人工衛星は全て破壊されましたから」
恋紋が答える。そうだった。あまりにも次々と事件が起きるので忘れていたが、1か月前に起きた宇宙空間での戦争の結果そうなったのだ。
この戦争は、最初に誰が始めたのかはわからなかった。日本政府は中国軍の謀略だと主張しており、中国政府は反対の話をしている。
確かなのは宇宙空間で日本、中国、韓国、アメリカ、ロシア、西ヨーロッパ連合が配備したドローン同士が同時に他国の人工衛星を攻撃しはじめ、戦闘が終わった時には、人類の打ち上げた人工衛星はほとんど破壊されたのだ。
その日以降カーナビも、気象衛星からの情報に基づいた天気予報もされなくなった。
「そうですね。それでは先に船を沖に流しましょう」
「本気かよ!? 俺なんか両腕怪我して痛えのに」
泣き言をくり出したのは、瀬古である。
「無理なら休んでていいぞ。他のメンバーでやるから」
話しながら兵頭は、すでに海へと向かっていた。
「そういうわけにもいかねえだろうよ」
ぐちりながら、瀬古もその後をついてゆく。
「せめて何か食べてからにしましょうよ」
情けない声で、稗田がそう懇願する。
「食べてるうちに、軍のヘリが来たらどうすんだよ」
後ろを振り返りもせずに、兵頭がそう話す。若田部も、彼の後に付き従う。だが、果たして船を沖に流せるのだろうか?
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