ダーク・フューチャー

空川億里

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第8話 暗転

 稗田ひえだの顔が、いかめしくなる。

「そこへいくと、瀬古せこって奴は、女たらしの最低な男だね。まがりなりにも民主化運動の同士のはずなのに、早乙女さんに色目を使って」

「悪い人じゃなさそうだけどね」

「軽薄だよ」

 唾棄するような口調だ。

「しかし、遅いな。ちょっと僕も見てきます。島の状況を把握したいという事もあるし」

 若田部はテーブルに並んだ懐中電灯の1つを手にとってスイッチを入れた。光が出るのを確認して、外に出る。

 出る直前に壁の時計を見たら9時になろうとしていた。別館の中とは違い、外は当たり前だけど蒸し暑い。

 不快な汗が、ダラダラと流れてきた。熱帯の森林の中を歩いていると、こないだまで東京にいた事や、鹿児島から嵐の中を出港したエピソードが、まるで夢のように思える。

 まるでキングコングでも出てきそうな密林だった。やがて前方から、瀬古がやってきた。

「早乙女さん、いました?」

「それがどこに行ったのか、会わなかったのよ」

「今国さんも、瀬古さんの後で別館を出ていきましたけど」

「それなら会った。途中ですれ違ったから。俺、もう帰るわ。暑いし、蚊もいるしさ」

「わかりました。自分も、その辺散歩したら、すぐ帰ります」

 若田部は、さらに森の奥に進む。しばらく行くと、今国の後ろ姿が見えた。外出する時にしょっていたリュックが背中に見える。

 彼は、足元の草むらをじっと見つめている。ヒーローは若田部の足音に気づいたらしく、こちらを振り返った。

 懐中電灯の光に照らされたその顔は、夜目にも色を失っている。

 彼はそれまでじっと見ていた自分の足元を指さしていた。若田部は、恐る恐る近づいてゆく。

 懐中電灯の光に照らされて、うつぶせに倒れた女の姿が見えた。長いストレートのロングヘアと体型で、ほのかだとわかる。

 それから彼女が持っていたハンドバッグがそばに落ちており、隙間からマカロフのグリップが覗いていた。

 死体を見たのは初めてだったが、亡くなっているのはわかる。

 スカーフが、ありえないほどきつく、首にしまっていた。横顔は血の気を失っている。ただ死んでいるのではない。殺されたのだ。

 眼前の光景にリアリティが感じられなかった。日中はぴんぴんしていて美オーラを発していたのに、今は遺体となりはてている。

 そばにライターが落ちていた。瀬古が使っていたものだ。そもそもタバコを吸うのは島に今いるメンバーでは、瀬古だけだ。

「今来たら、倒れてたんだ。来る前に瀬古君とすれ違ったんだけど、まさか彼じゃないだろうな。信じたくないけど。ともかくこの件をみんなに知らせないと」

「瀬古さんとはさっきすれ違いました。一足先にエンピツ屋敷に戻りました」

「僕も途中ですれ違った。早乙女さんと会わなかったか聞いたけど、まさかこんなふうになるなんて」

 今国は憔悴しきっていた。多分若田部も似たような顔をしてるのだろう。

 今国はリュックの中からデジカメを取り出すと、フラッシュを使ってその場を撮影する。

 そして自分のハンカチで、ライターをくるんでひろう。

「ともかく一旦エンピツ屋敷に戻って、兵頭さんに報告しよう」

 今国の提案に、若田部はうなずいた。多分うなずいたのだろう。

 あまりのショックに自分が何をしているのか、今後はどうしたらいいのか、どうにも頭が働かなかった。

 ただとぼとぼと、今国の後をついていくだけだ。

 考えたくなかったが、状況から見てやはりほのかを殺したのは、瀬古なのではないだろうか?

 彼は彼女にぞっこんだったが、ほのかは相手にしてなかった。彼女が瀬古を手ひどくふって、怒りに任せた彼がほのかを殺したのでは?

 それとも今国がやったのか? だが、彼には動機がないはずだ。

 やがて2人は別館の監視室にいる兵頭の元を訪れた。室内の時計を見ると、夜9時半を過ぎようとしていた。

 2人は、よほど怖い顔をしていたようだ。兵頭の目が大きく見開き、化け物でも見たかのようにひきつった。

「大変なハプニングだ」

 重苦しい口調で今国が切り出す。普段は鋼のように落ち着き払った兵頭も、この時ばかりは不安の色を浮かべていた。

 今国は、事の顛末を説明する。

「残念だけど、普通に考えれば瀬古君としか考えられない。現場には、彼のライターが落ちててね」

 今国は説明しながらリュックから、ハンカチに包まれたライターを取り出して、兵頭に見せる。

「確かに彼のライターだ」

 兵頭は、苦りきった表情で回答した。

「とりあえず理由は言わずに全員を集めよう」

 元自衛官は館内アナウンスで、全員食堂に集まるよう呼びかける。監視室から本館と別館全部に放送を流せるのだ。

 やがてパルチザンのメンバーが、三々五々集まってくる。亡くなったほのか以外、恋紋含めて総員が食堂に揃う。

 皆何が起きたのか心配らしく、不安に顔が曇っていた。全員が着席し、兵頭が口を開いた。

「早乙女ほのかさんが亡くなった」

 民主化運動の同志達は、凍りついたような顔になる。

「嘘でしょう!?」

 大声をあげたのは、瀬古だった。

「だって、あんな元気だったじゃん」

「遺体のそばに、これが落ちてた」

 軍手をはめた手で、ライターを今国が見せる。瀬古の表情が、こわばった。



 
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