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第10話 墓標
「どうする気ですか!?」
若田部は、あわてて稗田に問いかけた。稗田が両手をあげている瀬古を撃とうとしようかと推測したのだ。
「念のためさ。撃つ気はない」
稗田の声は、震えていた。やがて瀬古は、自分の部屋にたどり着いた。
「鍵は、どこにある」
「デニムの右の、前のポケットだ」
兵頭の質問に、瀬古が答える。
「若田部君が、鍵を出す。瀬古君は両手をあげたままにしてくれ。若田部君、頼んだ」
いきなり指名されびっくりしたが、あわてて若田部は瀬古のポケットに手を突っ込んだ。そして鍵を取り出して、103号室を開錠した。
「拳銃は、どこにあるんだ?」
兵頭が、答えを求める。
「バッグの中です」
瀬古がそう返す。
「若田部君、悪いが君がバッグから出してくれ」
元自衛官がそう命じた。
「瀬古さん、悪いね」
謝りながら、若田部はバッグを開ける。そして中から鈍く黒光りするハンド・ガンを取り出した。
しばらく見えなかった恋紋が現れる。
「この部屋の雨戸は、外から鍵をかけさせてもらったわ」
そう彼女が、説明する。
「そういう事ができるようになってるの。スパイが発覚した時を想定してそうしたんだけど、使いたくなかったな」
「姫島さん、僕はあなたのファンでした。こんな扱い酷いです」
すがりつくような口調で、瀬古がそう言語化した。
「冤罪だったら、ごめんなさい。真犯人が確定するまでの我慢よ」
「本当なんです。本当にやってません」
「何かあれば、内線電話から連絡して」
それが、恋紋の返答だ。
「部屋から包丁とか果物ナイフとか、危険な物を回収してくれ」
兵頭の指示で、若田部はその通りにした。
自殺に使われる可能性があるため、瀬古が使っていたり、他の衣服と元々部屋に用意されていたベルト類も、恋紋と一緒に回収する。
最後に瀬古1人を部屋に残して他のメンバーは退出し、恋紋がドアを閉めて、外から鍵をかけた。
鍵穴は開錠する時使ったのとは少し離れた位置にある。一行は別館めざして歩きはじめた。
「そういえば」
突然気づいて若田部は口にする。
「いつも大事に持っていた水筒を、早乙女さん持ってなかった」
「部屋に置いてきたんじゃないかな?」
兵頭が、そう推定した。
「監視室には持ってきてなかったから」
「何か変だったんですよ。大事そうに抱えてたのに、水筒の中身を飲んでるのを見た事ないから」
「若田部君もやっぱ美人が好きなのね!」
じと目で智恵理が口をはさむ。
「ずーっと早乙女さんの事見てたんでしょう!」
皆が笑う。
「そ、そんなんじゃないけどさあ」
若田部は、慌てて返す。やがて一同は別館に戻る。
「亡くなった早乙女さんは、きちんと埋葬してあげないと」
恋紋がそう発言した。すでに夜10時を過ぎていたが、ほのかを埋葬するために若田部、稗田、水川、今国の4人が死体のあった場所へ行く話になる。
埋葬といっても、地面に横たわっているほのかの上からエンピツ屋敷から持ってきたスコップで土をかけ、埋めただけである。
「何か墓標のような物でも立てましょう」
若田部は、提案した。
「悪いけど、それはできない」
きっぱりとした口調で兵頭が断定する。
「いつ軍隊がここに来るかわからないんだ。パルチザンのメンバーが、ここに永眠してる証拠を残しておくわけにはいかない。気持ちはわかるが、これは譲れない」
「そんな、ひどい‥‥‥」
理屈では、それが正しいのだろう。が、若田部には割りきれない。
そもそもこんな恋紋しか住んでない離れ小島にほのかの遺体を置き去りにしたくなかった。
「僕は、ここに来る前から早乙女さんを知ってる。若田部君以上に彼女の死を悲しんでる。でもこれは、仕方のない事だ」
稗田が脇から口をはさむ。
「生前の彼女は、自由な言論と民主政治を取り戻し、ナチスドイツのようになってしまった今の日本を支配する独裁政権を倒すためには、墓などいらないし、のたれ死にしても構わないと発言していた。僕も彼女と同じ気持ちだ。早乙女さんの遺志に沿うためにも、墓標を立てるのは、やめようじゃないか」
確かに日本は変わってしまった。復活党が政権与党になってから、戦前の大日本帝国のようになってしまった。
今や消費税は20%まで増税され、軍備増強に使われている。
「わかったよ。早乙女さんの遺志を尊重するよ」
若田部は胸の奥底から、重々しく発声した。稗田の目から涙が流れた。彼のような男にそんな感情があったのは、なんだか不思議だ。
ほのかの遺体は埋められた後一見そうとはわからぬように、その上から周辺から持ってきた葉っぱなんかをしきつめた。
その後皆は重い足取りで、またエンピツ屋敷に歩きはじめる。
カラフルなこの建築物が、夜は暗いのもあって、それこそまるで墓標のように若田部には思えた。
戻ってくると、智恵理が一行を出迎える。彼女の手に、ほのかの水筒がある。智恵理は皆の眼前で水筒のフタを開け、逆さにした。
中から1枚の写真が出てくる。そこにはほのかと、仲良さげに手をつなぐ同年代の若い男の姿があった。
「早乙女さんには悪いけど、部屋の中を水川さん達と一緒に確認させてもらったの」
智恵理は、そう言葉を連ねる。
「水筒に入れたのは航海中に海水で濡れるのを恐れたからなんでしょうね」
「一緒に映ってるのは、早乙女さんの彼氏だよ」
稗田が解説されなくてもわかる台詞を舌から生み出す。
「僕と早乙女さんが北海道から逃げる直前民主化デモに3人で参加したけど警察に撃たれて殺されたんだ。国営放送はデモ参加者が武装していたと報道したけど、あんなの嘘だ。全員が丸腰だった」
頭を金槌で殴られたような衝撃が、若田部の脳を襲う。すでにほのかの恋人までが殺されていただなんて。
まるで時間が止まったようなショックであった。
やがて若田部は、自分の部屋に戻る。なんとなくベッドに潜り込んだが、眠れなかった。腕時計を見ると、いつのまにか深夜零時を過ぎている。
長かった月曜日が終わり、火曜日になったのだ。それでもやがて蓄積した疲労のせいか、いつしか眠りに落ちていった。
そしてその時は、さらなる悲劇が続くとは予想もしていなかったのだ。
若田部は、あわてて稗田に問いかけた。稗田が両手をあげている瀬古を撃とうとしようかと推測したのだ。
「念のためさ。撃つ気はない」
稗田の声は、震えていた。やがて瀬古は、自分の部屋にたどり着いた。
「鍵は、どこにある」
「デニムの右の、前のポケットだ」
兵頭の質問に、瀬古が答える。
「若田部君が、鍵を出す。瀬古君は両手をあげたままにしてくれ。若田部君、頼んだ」
いきなり指名されびっくりしたが、あわてて若田部は瀬古のポケットに手を突っ込んだ。そして鍵を取り出して、103号室を開錠した。
「拳銃は、どこにあるんだ?」
兵頭が、答えを求める。
「バッグの中です」
瀬古がそう返す。
「若田部君、悪いが君がバッグから出してくれ」
元自衛官がそう命じた。
「瀬古さん、悪いね」
謝りながら、若田部はバッグを開ける。そして中から鈍く黒光りするハンド・ガンを取り出した。
しばらく見えなかった恋紋が現れる。
「この部屋の雨戸は、外から鍵をかけさせてもらったわ」
そう彼女が、説明する。
「そういう事ができるようになってるの。スパイが発覚した時を想定してそうしたんだけど、使いたくなかったな」
「姫島さん、僕はあなたのファンでした。こんな扱い酷いです」
すがりつくような口調で、瀬古がそう言語化した。
「冤罪だったら、ごめんなさい。真犯人が確定するまでの我慢よ」
「本当なんです。本当にやってません」
「何かあれば、内線電話から連絡して」
それが、恋紋の返答だ。
「部屋から包丁とか果物ナイフとか、危険な物を回収してくれ」
兵頭の指示で、若田部はその通りにした。
自殺に使われる可能性があるため、瀬古が使っていたり、他の衣服と元々部屋に用意されていたベルト類も、恋紋と一緒に回収する。
最後に瀬古1人を部屋に残して他のメンバーは退出し、恋紋がドアを閉めて、外から鍵をかけた。
鍵穴は開錠する時使ったのとは少し離れた位置にある。一行は別館めざして歩きはじめた。
「そういえば」
突然気づいて若田部は口にする。
「いつも大事に持っていた水筒を、早乙女さん持ってなかった」
「部屋に置いてきたんじゃないかな?」
兵頭が、そう推定した。
「監視室には持ってきてなかったから」
「何か変だったんですよ。大事そうに抱えてたのに、水筒の中身を飲んでるのを見た事ないから」
「若田部君もやっぱ美人が好きなのね!」
じと目で智恵理が口をはさむ。
「ずーっと早乙女さんの事見てたんでしょう!」
皆が笑う。
「そ、そんなんじゃないけどさあ」
若田部は、慌てて返す。やがて一同は別館に戻る。
「亡くなった早乙女さんは、きちんと埋葬してあげないと」
恋紋がそう発言した。すでに夜10時を過ぎていたが、ほのかを埋葬するために若田部、稗田、水川、今国の4人が死体のあった場所へ行く話になる。
埋葬といっても、地面に横たわっているほのかの上からエンピツ屋敷から持ってきたスコップで土をかけ、埋めただけである。
「何か墓標のような物でも立てましょう」
若田部は、提案した。
「悪いけど、それはできない」
きっぱりとした口調で兵頭が断定する。
「いつ軍隊がここに来るかわからないんだ。パルチザンのメンバーが、ここに永眠してる証拠を残しておくわけにはいかない。気持ちはわかるが、これは譲れない」
「そんな、ひどい‥‥‥」
理屈では、それが正しいのだろう。が、若田部には割りきれない。
そもそもこんな恋紋しか住んでない離れ小島にほのかの遺体を置き去りにしたくなかった。
「僕は、ここに来る前から早乙女さんを知ってる。若田部君以上に彼女の死を悲しんでる。でもこれは、仕方のない事だ」
稗田が脇から口をはさむ。
「生前の彼女は、自由な言論と民主政治を取り戻し、ナチスドイツのようになってしまった今の日本を支配する独裁政権を倒すためには、墓などいらないし、のたれ死にしても構わないと発言していた。僕も彼女と同じ気持ちだ。早乙女さんの遺志に沿うためにも、墓標を立てるのは、やめようじゃないか」
確かに日本は変わってしまった。復活党が政権与党になってから、戦前の大日本帝国のようになってしまった。
今や消費税は20%まで増税され、軍備増強に使われている。
「わかったよ。早乙女さんの遺志を尊重するよ」
若田部は胸の奥底から、重々しく発声した。稗田の目から涙が流れた。彼のような男にそんな感情があったのは、なんだか不思議だ。
ほのかの遺体は埋められた後一見そうとはわからぬように、その上から周辺から持ってきた葉っぱなんかをしきつめた。
その後皆は重い足取りで、またエンピツ屋敷に歩きはじめる。
カラフルなこの建築物が、夜は暗いのもあって、それこそまるで墓標のように若田部には思えた。
戻ってくると、智恵理が一行を出迎える。彼女の手に、ほのかの水筒がある。智恵理は皆の眼前で水筒のフタを開け、逆さにした。
中から1枚の写真が出てくる。そこにはほのかと、仲良さげに手をつなぐ同年代の若い男の姿があった。
「早乙女さんには悪いけど、部屋の中を水川さん達と一緒に確認させてもらったの」
智恵理は、そう言葉を連ねる。
「水筒に入れたのは航海中に海水で濡れるのを恐れたからなんでしょうね」
「一緒に映ってるのは、早乙女さんの彼氏だよ」
稗田が解説されなくてもわかる台詞を舌から生み出す。
「僕と早乙女さんが北海道から逃げる直前民主化デモに3人で参加したけど警察に撃たれて殺されたんだ。国営放送はデモ参加者が武装していたと報道したけど、あんなの嘘だ。全員が丸腰だった」
頭を金槌で殴られたような衝撃が、若田部の脳を襲う。すでにほのかの恋人までが殺されていただなんて。
まるで時間が止まったようなショックであった。
やがて若田部は、自分の部屋に戻る。なんとなくベッドに潜り込んだが、眠れなかった。腕時計を見ると、いつのまにか深夜零時を過ぎている。
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