地球に優しい? 侵略者

空川億里

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第16話 奇襲

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(おれは、穂刈に殺されそうになったんだ)
 蒼介は、何だか現実感がなかった。
 穂刈がそんな人物とは、どうしても思えなかったからだ。その後色々な情報が入ってきた。
 彼には別れた妻子がいたが、それまで滞りがちだった元妻への送金が、穂刈が『新天地』をやめてから順調に復活した事。
 そもそも『新天地』にあった職場を辞めてからの行く末がわからず、どこで働いてるのか、どこに住んでるのかも、チャマンカ総督府も警察も、把握してないのだ。
 蒼介は穂刈のホロホンに電話したが『この番号は現在使われておりません』という音声が流れてくるだけだった。
 事件の後すぐ、夏映からホロホンに電話があった。
「大丈夫?」
 心配そうな声が、響く。夏映の美しい顔に翳りが生じている。
「何とかね」
「ショックだったでしょう?」
「まあね。今は、だいぶ落ち着いた」
 口ではそう表現したが自信がない。
「あたし、今どこにいると思います?」
 突然、夏映の話が変わった。
「地球?」
「正解。地球のどこ?」
「日本」
「正解。日本のどこ?」
「わからんよ」
「あなたの家の玄関前」
 蒼介は、玄関に向かった。ドアを開けると夏映が立っている。
「引っ越します」
 唐突に、夏映がそう口にする。
「どこへ?」
「ここの隣。1312号室。空き室だったから。もうマイクロ・ワープで一部の荷物運んでる。何かあったら、すぐホロホンで呼んで。あたしがホロホンに出られなければ、自動的に他の関係者につながって、別の人間かロボットが一色さんを救いに行きます」
「悪いね。君には迷惑かけっぱなしだ」
 蒼介は、夏映に向かって手を合わせる。
「あなたが悪いわけじゃない。悪いのは穂刈であり、彼を後ろで操ってるショードファ人です。わたしは業務でやってますので、お気になさらず」
「ありがとう。それでも、君には感謝してる」
「カウンセリングが必要なら、いつでも言って」
「大丈夫だ。今のところ。君を観てるだけで、癒される」
「ありがとう」
 夏映がちょっと呆れた笑みを浮かべる。
「チャマンカのテクノロジーなら、不快な記憶の一部を消すのも可能だけど」
「それも不要だ。必要なら、連絡するよ」
 蒼介はなるべく相手を不安にさせぬようきっぱり話したつもりだが、夏映にそう思わせたかの自信はなかった。
                    


 ワランファ准将は、フライング・シップの自室に一人でいた。
 彼の眼前に、ズクンファ大将のホログラムが浮かんでいる。
「君は歓迎しないだろうが2人の執政官と人工知能委員会は、地球へのワープ・ミサイルによる攻撃を決定した」
 ズクンファの、重々しい声が流れでた。白くて硬い広い胸には、何十個もの勲章が下がっている。
「お言葉ですが、それはチャマンカの圧政下にある地球人を巻き添えにします」
「君も知っての通り多くの原住民が、チャマンカの支配を肯定的に受けとめている。もはや奴らはチャマンカ国民だ。きゃつらは帝国の奴隷として、チャマンカ軍の兵器開発にも関わっている。これ以上地球を野放しにするわけにはいかん。ミサイルの発射日時は機密事項で直前に教えるので、連絡行ったらすぐにワープしてくれたまえ」
 ズクンファの映像が消失した。ワランファは、右の壁に目をやった。
 そこには地球の青く美しい宝石のような姿が浮かんでいる。
 チャマンカ軍に滅ぼされるまでは、ショードファ星もこんなふうに凛とした姿だったのだ。
 それが今や放射能汚染の影響で、火星のような赤茶けた星と化していた。
 ワープミサイルが撃ちこまれれば、地球もこんな、宇宙の残骸となりはてる。地球人も動植物も全滅し、2度と再生しないだろう。
    ちょうどそこへ、部下からの通信が入った。
「何だ」
 ホログラムに向かって聞いた。
「穂刈からです」
「つないでくれ」
 部下の代わりに穂刈の3D映像が現れる。
「おれは命令を実行した」
 地球人の男が、開口一番そう発言した。
「実行はしていない。イッシキはまだ生きている」
「トラブルがあった。まさかあいつに渡した日本酒が、盗まれるとは考えなかった。おれにチャンスをくれないか」
「冗談を抜かすな。貴様はもはや全地球で指名手配されているのだ。イッシキの部屋の隣には、地球人のボディガードが住みはじめた。当然イッシキも警戒してる。貴様の出る幕はない」
「だったらおれをフライング・シップにかくまってくれ」
「無理だ。チャマンカの艦隊が地球の周辺を固めていて、近づけない」
「転送できるだろう」
「貴様に話してもわからんだろうが、マイクロ・ワープというものは無制限にできるわけではない。わが方のワープ・ミサイルがチャマンカ本星を攻撃したため、チャマンカのクマ共は警戒レベルを上げていて、チャマンカ製のワープ・システム以外のワープ・システムは、地球では使えないようになったのだ」
「あんたおれが逮捕されても良いと思ってるのか。自白剤を使われたら、何でもペラペラしゃべっちまうぞ」
「その心配はない。以前にも説明したが、貴様の体内にはわが方のナノマシンが埋めこんである。状況によってはこちらの意思で、お前を瞬時に殺せるのだ」
「はったりだろう」
 穂刈が笑った。が、目は笑っていない。必死に虚勢を張っている。
 以前は綺麗に剃っていたひげは伸び放題で、眼球は充血していた。
「はったりかどうか試してみるか。以前にも解説したが、自分が一言部下に命令さえすれば、次の瞬間ナノマシンの出した毒で、お前は死ぬ」
 長い沈黙があった。穂刈はワランファの発言が嘘かどうか見極めようと穴の開く程こっちを見たが、サイボーグ化したショードファ人の、白い特殊金属製の顔から表情を読みとるなぞ、所詮無理な話である。
「命令する必要すらないのだ。貴様が敵に屈服したとナノマシンが判断した時点で毒を吐くのだからな。お前のような原始人が、我々の誇る高度な科学力を信じられぬのも無理はないが」
「助けてくれ。このままじゃ、チャマンカに捕まっちまう」
 穂刈の声が、震えていた。
「貴様には、都内にアジトを用意しただろう。食料もたっぷり置いてあるはずだ。しばらくは、そこでおとなしくしてろ。自分で何とかするんだな。しばらくこちらに連絡するな。チャマンカに傍受される恐れがある。連絡きても、出んからな」
 ビジホの通信をワランファは遮断した。
                 


 ビジホを切られ、穂刈は深い穴の底に、落とされたような気分だった。
 元々彼はチャマンカ側のスパイとしてショードファ側に潜入したのだ。
 なので蒼介を殺せという命令に従わねば良かったのだが、毒入りのナノマシンを埋めこまれたと言われたため、拒否できなかったのである。
 嘘かもしれないが、確かめるすべはない。
 『新天地』で仲のよかった蒼介に毒入りの酒を渡すのは、本当につらい決断だった。
 結果死ななかったのでほっとしたのも確かだが、代わりに無関係の若者が死んだのだ。
 人の物を盗むような連中とはいえ、気が引けた。結局穂刈はワランファに切られたのだ。
 とはいえチャマンカ人と接触すれば、逮捕されるだろう。マスメディアは穂刈の事を、ショードファ人に雇われた暗殺者だとして、極悪人のように報道していた。
                  


「穂刈から連絡がありました。話したい旨があるそうです」
 部下に言われて、ソワール大佐は白い毛並みに包まれた顔を上げた。
「自分から連絡してくるとはな」
 彼は思わず笑ってしまった。
「奴がどこから電話してきてるのか逆探知できるのか」
「それが残念ながら……。恐らく、ショードファ製の通信機を使ってるものと思われます」
「つないでくれ」
 穂刈の顔のホログラムが、眼前に現れた。
「よくおめおめと、連絡してこれたものだな」
「しかたなかった。体内に毒薬を入れたナノマシンを埋めこまれたと言われたんだ」
「貴様がなぜ一色蒼介を殺そうとしたが知らないが、彼は普通に都内の工場で働いている一市民だ。君の行為は到底許されるものではない」
「でも、死んだのは彼じゃない。一色の荷物を盗んだ男だ。ネットで取りあげられてるから知ってるだろうが、荷物を盗んだ若者は殺人や暴行や強盗の前科があった。殺人は未成年の時の話で、今なら死刑だが、当時はまだ数年で刑務所を出られたんだ。ネットじゃ『自業自得』と大勢の人に言われてる」
「何が言いたい」
「おれにチャンスをくれ。体内のナノマシンを外してほしい。ハッタリで言われたのかもしれないが、自分ではわからないんだ」
 ソワール大佐は、穂刈の顔色が急速に悪化するのに気づいた。どうやら嘘ではなかったらしい。
 ショードファ人のしかけた毒が、体内に回ったようだ。穂刈は血を吐きながら倒れ、ホログラムは消えてしまった。
                


 夏映が引っ越しの挨拶をしてきた翌日、蒼介のマンションのチャイムが鳴った。
 インターホンの画像を見ると、夏映である。扉を開けた。
「夏映そっくりの人造人間で、ぼくを殺しに来たって流れじゃないだろな」
 笑いながら話したつもりだが、絶対にそうとは言いきれない気も、蒼介はしていた。
「考えすぎ」
 夏映の両手が、蒼介の右手を握った。「人造人間さんの手が、こんなすべすべ、あまあまかしら」
 確かにそれは、信じられぬ程やわらかい。
「わからんね。ショードファ人の科学力なら。それは、チャマンカも同様だ。おれ達は奴らにしたら、原始人みたいなもんだ。あいつらに何ができて、できないのか、想像もつかん。右へ、左へ、翻弄されているだけだ」
「穂刈さんが、亡くなった」
 夏映の口から、信じられない言葉が流れる。咄嗟に返事が出なかった。
「本当なら、どうしてメディアで報道されない?」
 蒼介は、つい語気を強める。
「そこまでは、わからない。知ってるのは穂刈さんが、ショードファ人に殺されたって話だけ。穂刈さんの知らないうちにナノマシンを埋めこまれてて、そこから毒を放出されたの。ソワール大佐の話では、あなたの暗殺に失敗した責任を取らされたんじゃないかって」
「きたねえ連中だ」
 蒼介は、思わず大声を出した。全身が、マグマのように煮えたぎる。
「ショードファの野郎。あいつらマジで、皆殺しにしたい」
「そのチャンス来たよ」
 思いがけない一言に、夏映を見る。「ショードファ人の宇宙艦隊に奇襲をかけると決定したの。無論あなたもチャマンカ軍に参加するのよ」


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