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11話:異世界古書店③
しおりを挟む「あ、お湯熱くなかったですか?」
シャワールームから出てきた2人に気が付いた女性は、明るく薄い茶色の瞳で2人を振り返った。
「だ、大丈夫でした」
若葉は女性の明るさに気圧されつつも返事を返す。
【着替えたのなら座れ、話を聞こうじゃないか】
「話…」
カウンターの向かいに座り、低い声で自分達に手招きをする黒い大きな角を生やした男に、若葉は固唾を飲む。
しかし一方で柳はというと、男の姿が見えていないせいか、男の呼び掛けに素直に応じ、ヨタヨタとカウンターに向かって歩き出す。
「おまたせしましたー、なにから話しましょう?」
まるで顔見知りのように対応する柳に、若葉は目を向いたが、男はというとむしろそんな柳を気に入ったようで、【まずは点字とやらを教えろ】と早速2人で話し込み始めてしまった。
(なんなんだこの人達…意味わからん…)
若葉が恐る恐る柳の隣の席に座ると、若葉の前に温かい紅茶の注がれたティーカップが差し出された。
「あなた達、もしかして狭間を通って来たの?」
「え…なんで分かるんですか…?」
若葉に紅茶を差し出してきた女性の問に、若葉は驚きで喉に息が詰まった。
「分かるよ、私も通ったんだよね。満月は元気だった?」
「え、じゃああなたも死にかけて…?」
「そうそう、居眠りのトラックに轢かれてさ~」
「トラック!?」
「うん。だけどギリギリ死んでなかったみたいで、目が覚めたら満月の所にいたんだけど、帰り道を間違えちゃってココに」
そう言って苦笑いを浮かべる女性に、若葉は目を丸くした。
「間違えたって…いつ帰るんですか?2日しか同じ世界には留まれないって…」
「ああ、そうらしいね…。だけど私は彼が満足するまで帰して貰えないみたい…」
「彼?」
若葉が首を傾げると、女性はこっそりと隣にどっしりとふんぞり返って楽しそうに柳に点字を教わっている黒い角の生えた男を指さした。
「普通だったら魂がひしゃげちゃうって聞いたんだけど…その…最初にわけも分からず契約させられちゃって…その契約がある限り、私はこの世界の一員としてカウントされるから、いくら滞在しても問題ないらしの…」
「契約…?」
若葉が怪訝な顔で女性を見ると、さっきまでコチラのことなど気にも止めていなかったはずの男が口を挟んできた。
【悪いが契約を切る気はない。お前は唯一私の退屈しのぎなのだからな。そうだ、お前ら2人も私と契約して私を楽しませろ】
そう言って微笑む男の口元には鋭い牙があった。
(いや…ぜってぇしない!!)
若葉が内心で反論すると、その後すぐに柳が「それはできません、私達は帰らないといけないので」とキッパリと拒否した。
「…………」
【ほう?私の誘いを断って無事に帰れるとでも?】
角の生えた男はルビーの様な赤い瞳を輝かせ、目の前の柳を見て不敵に笑う。
「帰ります。2人で絶対に」
【どうしてそこまでして帰りたい?お前の住む世界はそんなに愉快な場所なのか?】
「愉快…はい、これから愉快になる予定です!」
【予定?】
「はい、今まではベッドの上で一人きりでした。だけどこれからは若葉が友達になってくれたので、きっと楽しいです」
「は!?友達じゃないけど!?」
【友達ではないらしいが?】
目の前の2人のすれ違いに、男は更におろしろそうに笑い声を上げる。
「あ…じゃあ、これから友達申請するので…とりあえず私達は契約できません」
柳の言葉に、男の傍らに立っていた女性がくすくすと小さく笑った。
「だ、そうですよ?見事に振られましたね、魔王様」
『魔王様!?』
女性の言葉に2人は思わず目を見開いた。
「そうそう、この人がこの世界の魔王なの。強過ぎてもう誰も戦いを挑んで来なくなって退屈してるの」
「その退屈魔王に捕まっちゃったんですね…」
若葉が気の毒そうな視線を女性に向けると、女性も「そうなの…」とため息をつく。
「そんなにココが退屈なら、魔王様こそ異世界進出すればいいんじゃないですか?」
【それも悪くないな】
「そんなことしたら満月に怒られるよ、ブラフマ」
女性にブラフマと呼ばれた角の生えた男は、柳の言葉に身を乗り出したが、満月の名前を聞いてすぐに不貞腐れた顔になる。
【そもそも私は一箇所に留まるのは苦手なのだ、なのにこんな所に閉じ込めおって…あの傲慢な月め】
「どうして魔王様は閉じ込められてるのですか?」
「閉じ込められてるっていうのはブラフマが勝手に言ってるだけ。ブラフマにはココに居なきゃいけない理由と役割がちゃんとあるんだよ」
「役割…」
柳はほとんどシルエットしか見えないブラフマを見つめた。
(私にもなにか役割があるのかな…)
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