俺達のヴォーカルが死んだ

2話

「は？誰？」


突然入ってきた町田を見て、機嫌悪そうに眉を寄せ、睨みつけたのはドラムの暖だった。


ベリーショートのツーブロックの髪は暗めのアッシュブラウン。


左耳に5つ、右耳に3つのピアスをつけて、見るからにイカつい。


ここが軽音部の部室だと知らない生徒が入ってしまったら、一瞬不良の溜まり場に見えてしまうだろう。


しかし町田は見慣れたその風景に長い前髪で隠れた目を細めた。


「あれ、もしかして今日はサボりの日ですかー？」


重い空気漂う部室に、ヅカヅカと入り、わざと茶化すように笑う町田。


そんな町田の態度に部員全員が苛立ち、顔をしかめる。


その怒りの宿った瞳には暗い悲しみが揺れていて、全員の目元は赤く腫れ上がっていた。


(あらまぁ、皆してそんな泣いちゃって)


町田は部員達の顔を順番に観察しながら、一つだけ空いている席に座った。


するとその瞬間、隣に座っていたギターの朝陽が思いっきり横顔を殴り付けてきた。


「いって！」


椅子がひっくり返り、町田も床に叩き付けられる中、朝陽の怒鳴り声が響いた。


「そこはてめぇーが座って良い場所じゃねーんだよ!!」



目を真っ赤にして怒りで体を震わせる朝陽の姿に、町田は床に寝転がりながら思わず吹き出してしまった。


「お前、さっきからなんな訳？」


そして終始黙っていたベースの樹が、床に転がる町田を見下ろす。


「俺？このバンドに入りたいんだよね」


『は？』


床に寝っ転がりながら、悪びれることなくあっけらかんとする町田の発言に、3人は声を揃えて眉を寄せた。


「悪いけど俺達のグループは解散だから、他当たれよ」


ぶっきらぼうに答えたのは暖だ。


「なんで解散？」


「お前…それ本気で俺達に聞いてんのか？そろそろキレるぞ」


再び町田に殴りかかりそうな朝陽を、樹が「やめろ」と言って後ろから抑えた。


「俺達のヴォーカルが…いなくなった。だから解散するんだよ」


樹の言葉に町田はすぐに「は？じゃあ新しいヴォーカル入れりゃあ良いじゃん」と言い返す。


「俺達に晶以外のヴォーカルなんて有り得ねーんだよ!!」


町田の切り返しにとうとう我慢の限界を迎えた朝陽が樹の腕を振り切って町田へと馬乗りになる。


胸ぐらを強く掴まれた町田は、ビビることもなく、その顔は何故か笑っていた。


「は…？おまえ……」


そしてその他人を試すような生意気な笑いを浮かべる町田を見て、朝陽の体が思わず硬直した。


「なんだよ…その顔…」


"晶みたいだ"


そう思ってしまってからは、朝陽はもう町田を殴ることが出来なくなってしまった。



「お前マジで誰なんだよ、顔も今日初めて見たし、何組かも学年も知らねーし…」


赤く腫れ上がった朝陽の目に、再び涙が滲んできたのを、町田は長い前髪の合間から眺めながら、再び朝陽のよく知っている生意気な笑顔を作り出した。


「2年4組、町田 航平。Violetのキーボード担当、連れて来てやったぜ」


そう言って生意気に微笑む町田の表情の作り方は、間違いなく死んだはずの"晶"の癖がそのまま出ていた。