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一章
精霊使いの登場と大人の思惑
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「村長ー!」
マリポーザが村で一番大きな家のドアを勢い良く開けると、居間に集まった村の男たちがいっせいにマリポーザのほうに顔を向けた。
「こら静かにドアを開けないか! いつも言っているだろう」
「げっ。父さん、いたの?」
「げっとは何だ、げっとは」
父親が自慢のひげに手をやりながら渋面を作るのを見て、マリポーザはちょっと姿勢を正した。ここで外に追い出されてしまっては、とっても困る。
こほん、と咳払いをして、なるべく静かにドアを閉め、村長のほうに向く。好々爺然とした村長は、穏やかな笑みを浮かべながら、暖炉の前の椅子に座っていた。
「村長、手紙はもう送っちゃいましたか?」
マリポーザの質問を機に、村の男たちは中断された会話を再開した。
「本当に皇帝様に直訴を送るのか? 雪が早く降ったといっても、まだ何か被害が出たわけではないんだぞ?」
「被害が出てからでは遅いだろう。今年は芋だってリンゴだって、豊作とは決して言えない。これで猪や鹿に畑や食料を荒らされたり、牛や羊を狼たちに襲われたら……」
「しかし、被害がない状況で皇帝陛下がこんな田舎に精霊使い様を送ってくれるだろうか」
「大体急に現れた精霊使いとやらは、信用できるのか?」
村人たちの熱気がこもった議論の中、村長の声がのんびりと響いた。
「だから今がいい機会じゃないかの」
居間が静まる。
「突然現れた精霊使い様とやらを、信用できない気持ちはよくわかる。いくら若い皇帝様がどんなに精霊使い様の凄さを説いても、わしらにはようわからん。それに帝都からこの村に来てくださるまでどんなに時間がかかるかもわからんし、そもそも来てくださらないかもしれん」
村人たちは不安が混じった顔を複雑そうに見合わせた。
精霊を意のままに操る精霊使いが現れた、という噂が村に届いたのは、今年の春頃だった。街に農作物を売りにいった村人が噂を耳にし、それを伝えたときには、皆は笑って「嘘だろう」と言った。面白い冗談だと。
しかし、村に商いにきた行商人からも同じ噂を聞き、近隣の村でもその話を聞くにつれて、だんだんと村人たちは、本当のことと思い始めた。
そしてこの地域一帯をしきる領主が村を訪れ、皇帝からの書状を読み上げたとき、村人たちはそれが冗談ではないことを確信した。どうやら精霊使いというのはおとぎ話でもなんでもなく、本当に存在するらしい、と。
書状には「新しく即位した皇帝陛下は有能な精霊使いを抱えている。自然災害で困った際には、精霊使いが所属する地方行政庁に直訴を送るように」と書いてあったのだ。
「何かうさんくさいんだよなー」
村長の孫のカルロスが台所から居間に現れた。アップルサイダーがなみなみと注がれた湯気が立つカップを二つ持っている。カルロスの年は十六、マリポーザの一つ上だ。金髪に近い茶色の髪がまるでライ麦の稲穂のようだ、とマリポーザはいつも思っていた。
「何がうさんくさいのよ」
マリポーザは礼を言ってカップを受け取りながらも、唇を突き出して小さな声で抗議した。二人は大人の輪から少し離れたところで、適当な椅子に座る。
「だって怪しいだろ。今まで皇帝が直訴なんか喜んで受け付けたことあったかよ。それが精霊を操るとかいう、よくわかんねえ奴に何でも頼め、なんていかにも裏がありそうじゃねえか」
ハスキーボイスで得意そうに言うカルロスに、マリポーザはアップルサイダーを飲みながら首をかしげる。
「そうかなあ。新しくなった皇帝様がすごく優しい方なんじゃないの?」
ここインヴィエルノ帝国では、新しい皇帝が即位してから日が浅い。前女帝が崩御し、その皇太子が即位したのはほんの一年前だ。皇帝はまだ若く、マリポーザとあまり変わらない年だという。
しかし帝都から遠く離れた村に住むマリポーザにとっては、帝都の城に住む皇帝の話など、おとぎ話に近かった。
「皆色々思うことがあるだろうが、これは良い機会だと思う」
長老の静かだが凛とした声が、居間の空気に浸透した。
「今すぐに解決しなければならない緊急事態ではないが、だからこそそういう時に精霊使い様を呼ぶことで、本当に来てくださるのか、来ていただければ、精霊を操れるのかどうか、確かめられるだろう」
「じいちゃん、それは精霊使いを試すということか?」
遠慮のないカルロスの明るい声が居間に響いた。村人たちはぎょっとしてカルロスを振り返った。村長は顔をちょっとしかめて
「口に気をつけなさい。決して領主様やほかの貴族様の前では、そんな口をきくんじゃないぞ」
と言ったあと、腕組みをして
「まあそうとも言うな」
とおおらかに笑った。
マリポーザが村で一番大きな家のドアを勢い良く開けると、居間に集まった村の男たちがいっせいにマリポーザのほうに顔を向けた。
「こら静かにドアを開けないか! いつも言っているだろう」
「げっ。父さん、いたの?」
「げっとは何だ、げっとは」
父親が自慢のひげに手をやりながら渋面を作るのを見て、マリポーザはちょっと姿勢を正した。ここで外に追い出されてしまっては、とっても困る。
こほん、と咳払いをして、なるべく静かにドアを閉め、村長のほうに向く。好々爺然とした村長は、穏やかな笑みを浮かべながら、暖炉の前の椅子に座っていた。
「村長、手紙はもう送っちゃいましたか?」
マリポーザの質問を機に、村の男たちは中断された会話を再開した。
「本当に皇帝様に直訴を送るのか? 雪が早く降ったといっても、まだ何か被害が出たわけではないんだぞ?」
「被害が出てからでは遅いだろう。今年は芋だってリンゴだって、豊作とは決して言えない。これで猪や鹿に畑や食料を荒らされたり、牛や羊を狼たちに襲われたら……」
「しかし、被害がない状況で皇帝陛下がこんな田舎に精霊使い様を送ってくれるだろうか」
「大体急に現れた精霊使いとやらは、信用できるのか?」
村人たちの熱気がこもった議論の中、村長の声がのんびりと響いた。
「だから今がいい機会じゃないかの」
居間が静まる。
「突然現れた精霊使い様とやらを、信用できない気持ちはよくわかる。いくら若い皇帝様がどんなに精霊使い様の凄さを説いても、わしらにはようわからん。それに帝都からこの村に来てくださるまでどんなに時間がかかるかもわからんし、そもそも来てくださらないかもしれん」
村人たちは不安が混じった顔を複雑そうに見合わせた。
精霊を意のままに操る精霊使いが現れた、という噂が村に届いたのは、今年の春頃だった。街に農作物を売りにいった村人が噂を耳にし、それを伝えたときには、皆は笑って「嘘だろう」と言った。面白い冗談だと。
しかし、村に商いにきた行商人からも同じ噂を聞き、近隣の村でもその話を聞くにつれて、だんだんと村人たちは、本当のことと思い始めた。
そしてこの地域一帯をしきる領主が村を訪れ、皇帝からの書状を読み上げたとき、村人たちはそれが冗談ではないことを確信した。どうやら精霊使いというのはおとぎ話でもなんでもなく、本当に存在するらしい、と。
書状には「新しく即位した皇帝陛下は有能な精霊使いを抱えている。自然災害で困った際には、精霊使いが所属する地方行政庁に直訴を送るように」と書いてあったのだ。
「何かうさんくさいんだよなー」
村長の孫のカルロスが台所から居間に現れた。アップルサイダーがなみなみと注がれた湯気が立つカップを二つ持っている。カルロスの年は十六、マリポーザの一つ上だ。金髪に近い茶色の髪がまるでライ麦の稲穂のようだ、とマリポーザはいつも思っていた。
「何がうさんくさいのよ」
マリポーザは礼を言ってカップを受け取りながらも、唇を突き出して小さな声で抗議した。二人は大人の輪から少し離れたところで、適当な椅子に座る。
「だって怪しいだろ。今まで皇帝が直訴なんか喜んで受け付けたことあったかよ。それが精霊を操るとかいう、よくわかんねえ奴に何でも頼め、なんていかにも裏がありそうじゃねえか」
ハスキーボイスで得意そうに言うカルロスに、マリポーザはアップルサイダーを飲みながら首をかしげる。
「そうかなあ。新しくなった皇帝様がすごく優しい方なんじゃないの?」
ここインヴィエルノ帝国では、新しい皇帝が即位してから日が浅い。前女帝が崩御し、その皇太子が即位したのはほんの一年前だ。皇帝はまだ若く、マリポーザとあまり変わらない年だという。
しかし帝都から遠く離れた村に住むマリポーザにとっては、帝都の城に住む皇帝の話など、おとぎ話に近かった。
「皆色々思うことがあるだろうが、これは良い機会だと思う」
長老の静かだが凛とした声が、居間の空気に浸透した。
「今すぐに解決しなければならない緊急事態ではないが、だからこそそういう時に精霊使い様を呼ぶことで、本当に来てくださるのか、来ていただければ、精霊を操れるのかどうか、確かめられるだろう」
「じいちゃん、それは精霊使いを試すということか?」
遠慮のないカルロスの明るい声が居間に響いた。村人たちはぎょっとしてカルロスを振り返った。村長は顔をちょっとしかめて
「口に気をつけなさい。決して領主様やほかの貴族様の前では、そんな口をきくんじゃないぞ」
と言ったあと、腕組みをして
「まあそうとも言うな」
とおおらかに笑った。
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