上 下
8 / 69
一章

精霊術、そして……

しおりを挟む
 村に到着して早速次の日から、フェリペたちは現地の調査を始めた。精霊術を行なうためには、場所選びが大切だ。今回の村の依頼は「雪が降るのを止ませる」ことのため、雪を司る水の精霊オンディーナを呼び出しやすい場所を探す。

「しかし、こんなに雪が降り積もっているんじゃあ、どこででも呼び出せるんじゃないですかね」
 ジョルディが呆れたように辺りを見回す。昨晩あれだけ蒸留酒を飲んだのに、二日酔いもなくぴんぴんしている。
「この村は本当に雪が多いですね。今年が特別なんでしょうか」
 ダニエル伍長が寒そうにマフラーを鼻の上まで引き上げながら、人の良さそうな顔を曇らせた。

 フェリペは膝下まで積もっている雪をかきわけるように進む。樹にも家にもいたるところに雪が降り積もり、辺りは一面、白しか見えない。これで吹雪で視界が少しでも悪くなれば、村の中ででも遭難しそうだ。
「今年は本当に豪雪だな」
 フェリペは鈍色に光る空を仰いだ。今は幸い吹雪いてはいないが、粉雪が昨日からずっと降り続いている。

 その時フェルナンドが村の猟師を伴って現れた。
「この土地一帯に詳しい、村一番の猟師のホセです」
「助かる。早速だが、この土地の地形と水脈について教えてほしい」
 アルトゥーロは地図を見ながら猟師に質問を始める。
(どこで精霊術を行なうにしろ、その前の雪かきが大変だぞ)
 フェリペの吐息が、口元を覆ったマフラーの隙間から白く漏れた。


 朝起きて、カーテンを開けると雪嵐だった。
 いつもより早くに目が覚めたマリポーザは、外が暗いのに気づいた。寝床から出て、カーテンを開けて窓の外を見る。
 びゅうびゅうと唸る風に乗って雪が縦横無尽に暴れまくる。外は真っ白で、雪以外に何も見えない。こんな日は本当は家に閉じこもっているのが一番良い。
 でも。

 マリポーザは外から伝わってくる、しんしんとした冷気に身震いをすると、手早く身支度をする。スカートの下に分厚いパンツを重ね着し、自分の部屋から出ると、マグダレーナがすでに台所で朝食の支度をしていた。

「おはよう。早いのね」
 マグダレーナは温かい牛乳と、スープをよそって食卓に二人分並べた。
「おはよう、おばあちゃん。お母さん達は?」

 マリポーザはライ麦パンを台所の棚から自分で持ってくると、スープに浸して食べ始めた。マグダレーナも食卓について一緒に食べ始める。
「もう村長さんの家に手伝いに行ったよ。マリポーザも食べたら行くんだろう?」
 マリポーザはパンを食べながら頷いた。今日は、精霊使い様が雪を止ませるために精霊術を行なう日だ。なんとしてもこの目で見ておきたかった。もうこんな機会は二度とないだろう。そしてもしできればもう一度、精霊使い様とお話をしてみたい。

 マグダレーナは窓の外をみやってため息をついた。
「こんな吹雪の日だからね。気をつけていくんだよ」
しおりを挟む

処理中です...