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二章

氷の皇帝

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 帝都は実際、とても刺激的だった。父エミリオが帝都に憧れるのに、マリポーザは心の底から納得をした。
 道行く人に売り込みをする商人、ドレスを着ておしゃべりをしている女性、街を走る子ども。村ではあまり見たことがない肌の色の人や、不思議な装束を着ている人もいる。

 帝都は村から随分南にあるせいか、はたまた人がたくさんいるせいか、村よりもずいぶん暖かいようにマリポーザには感じられた。分厚い外套さえ着ていれば、長時間外にいるのが苦ではなさそうだ。

 道のいたるところに行商人がいて、ひしめくように店を開いている。それぞれの店では食料品や布、生活雑貨、宝飾品や美しい服など、ありとあらゆるものが売られている。そこで多くの人が買い物をしたり、立ち止まって会話を楽しんでいた。

「大きいお祭りですねぇ……。こんなお祭り、見たことありません。新年祭がもう始まっているんですね」
 マリポーザが興奮しながら言うと、アルトゥーロは不思議そうな顔をする。
「いや、新年祭はまだ始まっていないが? 準備は始まっているだろうがな」
「え、だって、こんなにたくさん人がいるじゃないですか?」
「これが帝都だ」
「え?」
 マリポーザがぽかんと口を開けていると、アルトゥーロはゆっくり言う。
「これが、帝都の日常だ」
「ええ!? どこからこんなに人が?」

 マリポーザが圧倒されている間に馬車は街を抜け、城へと向かっていく。中心部に向かうにつれ露天商が少なくなり、レンガ作りの建物の店に変わる。道を歩く人の数も減り、変わりに立派な馬車が増え、馬に乗った兵士も多くなってきた。

 門から遠目に見えていた石造りの城が、だんだんと近づいて大きくなってくる。皇帝が住むエル・グラシアーラ宮殿だ。
 宮殿の周りには雪に覆われた広大な庭園と様々な建物があり、その敷地をぐるりと堅牢な壁が守っていた。美しい文様が刻まれた門扉の前に門番がいる。精霊使いの帰還を先鋒が告げると、厳かに門扉が開けられた。


 城の敷地に入ったアルトゥーロとフェリペ、マリポーザの三人は皇帝に挨拶をするため、宮殿にある謁見の間に直行をした。謁見の間は縦に長い長方形のホールで、皇帝アマデーオ・ヴィーヤグランデのいる場所は数段高くなっている。皇帝は金細工の装飾を施した玉座に座り、左右に護衛の兵士が二人ずつ立っていた。
「地方行政庁特別参謀アルトゥーロ・デ・ファルネシオ、ただ今戻りました」
「陸軍大尉フェリペ・デ・アラゴニア・エスティリア、および中央部隊特殊任務班、本日帰還致しました」
 玉座に座る皇帝に向い、二人は両膝を付いてひざまずき、頭をたれる。二人のすぐ後ろにいるマリポーザも真似をしてひざまずいた。

「おもてを上げよ」
 想像していたよりも高い声に驚きながら、マリポーザは顔を上げて皇帝を見る。漆黒の短い髪に深紫の瞳。まだ幼さが残る顔からして、年はマリポーザと同じくらいかその下かと推測できる。なんて綺麗なのかしら、とマリポーザは思った。美しく整った顔からは、全く表情が読み取れない。まるで氷でできた彫像のようだった。
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