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四章
アルトゥーロの遺志
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『奴が妾に命令したからじゃ。人間の分際で』
コロノンザーの黒い瞳の中に炎が灯った。また火口からグツグツと溶岩が沸き立つ。
『私の大切な人を、そんなに簡単に消さないで。
あなたたち精霊にとって、命令をされることがどんなに嫌なことか、知らなかったの。それは謝るわ。確かに私たちは傲慢だった。自分の都合を押し付けて、命令して、それは悪いと思ってる。
でも、存在を消してしまうなんて、ひどいじゃない。霊体も肉体も消してしまうなんて、ひどすぎるわ。アルトゥーロさんは、この世界のどこにもいなくなってしまった。声も聞けないし、顔も見られない。もう会えないのよ』
マリポーザは涙をこぼしながら抗議した。コロノンザーは慌てて取りなす。
『それは本当にすまなんだ。腹が立ったとはいえ、消すのはやりすぎじゃった。じゃが、人間はほかにも沢山いるじゃろう。だから許してくりゃれ?』
『違うの、そうじゃないの』
マリポーザは首を振った。
『精霊は、一人が消えてもほかにもいっぱいいるのかもしれないけど。人間はそうじゃないの。一人が消えてしまったら、キルト全部が消えてしまうようなものなの。
アルトゥーロさんが消えてしまったら、ほかの誰も代わりにならない。あなたたちにとっては、大勢の人間の中の一人なのかもしれないけど、私にとっては違うの。
人一人が消えてしまうのは、周りの人間にとっては、とっても大きなことなの』
『人は一人が消えると、キルト全部が消えるのと同じ……か』
コロノンザーはキルトを見る。キルトは首をかしげる。しばらくコロノンザーは考えていたが、腑に落ちないまでも、何か感じるところはあるようだった。
『精霊である妾にはようわからんが。それでも太古に人間と交わっていた頃の記憶が微かに戻って来た。人間は弱きものであったとか。妾達とは違うものであったとか』
コロノンザーは遥か遠くに過ぎ去った過去を見るかのように、遠い目をした。
『そうじゃ、思い出して来た。あの山火事の時、お主もいたの。樹の下敷きになりそうになったお主をアルトゥーロがかばったのじゃった。
その時にのう、思ったのじゃ。精霊はほかの存在をかばって、代わりに自分が消えるということは決してせぬ。そんなことは思いもつかぬ。だから、アルトゥーロの行為に驚いて感銘を受けたのじゃよ。
そして我々は違う存在だということを思い知らされた。だから妾に命令をしたのに腹は立ったが、人間は精霊とは考え方が違うからの。仕方がない部分もあるのかもしれん、とも思ったのじゃ。もうその時にはすでに手遅れじゃったがの……。
精霊に命令することを許す気はないがのう、本当にすまなんだと思っておるのじゃ』
コロノンザーに深々と謝られたが、マリポーザは許せるとは言えなかった。黙って泣き続けるマリポーザに手を伸ばしかけ、そしてコロノンザーは手を引っ込めた。
『妾は人間には触れられぬ。本当は触れて慰めたいのじゃが、この手は炎でできておるからの。お主を傷つけるだけじゃ。
妾は取り返しのつかない過ちを犯してしまった。本来はアルトゥーロに詫びるべきなのじゃが、もはやそれは叶わぬ。じゃから、アルトゥーロが命をかけて守ったお主に代わりに詫びよう。お主は、これからどうしたいのじゃ? 何をしても償いにはならぬかもしれんが、お詫びに妾ができる限りのことをしよう』
『マリポーザはねぇ、人間界に帰りたいんだって』
今まで大人しくしていたキルトが口を出す。
『帰りたいか。望みはそれだけか?』
『アルトゥーロさんを返してほしいです』
『それはできぬ。一度存在が消えたものを戻す方法はないのじゃ。すまぬ』
『じゃあ……。私、できることなら、アルトゥーロさんの遺志を次いで、精霊術を続けたいです』
その言葉を聞いて、コロノンザーもキルトも渋い顔をする。
『お主は懲りないのかえ?』
『マリポーザも僕に命令したいの? 僕、嫌だよ』
コロノンザーの黒い瞳の中に炎が灯った。また火口からグツグツと溶岩が沸き立つ。
『私の大切な人を、そんなに簡単に消さないで。
あなたたち精霊にとって、命令をされることがどんなに嫌なことか、知らなかったの。それは謝るわ。確かに私たちは傲慢だった。自分の都合を押し付けて、命令して、それは悪いと思ってる。
でも、存在を消してしまうなんて、ひどいじゃない。霊体も肉体も消してしまうなんて、ひどすぎるわ。アルトゥーロさんは、この世界のどこにもいなくなってしまった。声も聞けないし、顔も見られない。もう会えないのよ』
マリポーザは涙をこぼしながら抗議した。コロノンザーは慌てて取りなす。
『それは本当にすまなんだ。腹が立ったとはいえ、消すのはやりすぎじゃった。じゃが、人間はほかにも沢山いるじゃろう。だから許してくりゃれ?』
『違うの、そうじゃないの』
マリポーザは首を振った。
『精霊は、一人が消えてもほかにもいっぱいいるのかもしれないけど。人間はそうじゃないの。一人が消えてしまったら、キルト全部が消えてしまうようなものなの。
アルトゥーロさんが消えてしまったら、ほかの誰も代わりにならない。あなたたちにとっては、大勢の人間の中の一人なのかもしれないけど、私にとっては違うの。
人一人が消えてしまうのは、周りの人間にとっては、とっても大きなことなの』
『人は一人が消えると、キルト全部が消えるのと同じ……か』
コロノンザーはキルトを見る。キルトは首をかしげる。しばらくコロノンザーは考えていたが、腑に落ちないまでも、何か感じるところはあるようだった。
『精霊である妾にはようわからんが。それでも太古に人間と交わっていた頃の記憶が微かに戻って来た。人間は弱きものであったとか。妾達とは違うものであったとか』
コロノンザーは遥か遠くに過ぎ去った過去を見るかのように、遠い目をした。
『そうじゃ、思い出して来た。あの山火事の時、お主もいたの。樹の下敷きになりそうになったお主をアルトゥーロがかばったのじゃった。
その時にのう、思ったのじゃ。精霊はほかの存在をかばって、代わりに自分が消えるということは決してせぬ。そんなことは思いもつかぬ。だから、アルトゥーロの行為に驚いて感銘を受けたのじゃよ。
そして我々は違う存在だということを思い知らされた。だから妾に命令をしたのに腹は立ったが、人間は精霊とは考え方が違うからの。仕方がない部分もあるのかもしれん、とも思ったのじゃ。もうその時にはすでに手遅れじゃったがの……。
精霊に命令することを許す気はないがのう、本当にすまなんだと思っておるのじゃ』
コロノンザーに深々と謝られたが、マリポーザは許せるとは言えなかった。黙って泣き続けるマリポーザに手を伸ばしかけ、そしてコロノンザーは手を引っ込めた。
『妾は人間には触れられぬ。本当は触れて慰めたいのじゃが、この手は炎でできておるからの。お主を傷つけるだけじゃ。
妾は取り返しのつかない過ちを犯してしまった。本来はアルトゥーロに詫びるべきなのじゃが、もはやそれは叶わぬ。じゃから、アルトゥーロが命をかけて守ったお主に代わりに詫びよう。お主は、これからどうしたいのじゃ? 何をしても償いにはならぬかもしれんが、お詫びに妾ができる限りのことをしよう』
『マリポーザはねぇ、人間界に帰りたいんだって』
今まで大人しくしていたキルトが口を出す。
『帰りたいか。望みはそれだけか?』
『アルトゥーロさんを返してほしいです』
『それはできぬ。一度存在が消えたものを戻す方法はないのじゃ。すまぬ』
『じゃあ……。私、できることなら、アルトゥーロさんの遺志を次いで、精霊術を続けたいです』
その言葉を聞いて、コロノンザーもキルトも渋い顔をする。
『お主は懲りないのかえ?』
『マリポーザも僕に命令したいの? 僕、嫌だよ』
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