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五章

ただいま!

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 その日の夜は、フェリペが自宅に特殊任務班の兵士達とマリポーザを招き、宴会をすることになった。フェリペの邸宅に馬車で到着すると、フアナは玄関の前でマリポーザ達を待っていた。馬車に駆け寄り、マリポーザに抱きつく。

「お帰りなさい! とても心配しましたのよ」
「ただいま、フアナ! 本当にありがとう」
 マリポーザが丁寧にお礼を言うと、フアナは何かに気づいたようにはっとした。そして二人で目を合わせていたずらっぽく笑う。その様子を見て、馬車から降りながらフェリペは苦笑する。
「なんだか二人は、秘密を隠しているような顔をしているね」

「あら、お兄様。それは褒め言葉かしら。秘密が女性を美しくするらしいですわよ」
「誰だい、そんな変なことをお前に吹き込んだのは」
 眉をひそめるフェリペにフアナはにっこりと笑う。
「もう私だって、子どもじゃありませんのよ」
「え、それってどういう……」
 思わず声をあげたのは、フェリペではなくフェルナンドだった。フェリペが咳払いをしながらフェルナンドを睨むと、フェルナンドは真っ赤な顔をして黙る。

「変な意味じゃありませんわ。私だって大人の仲間入りをしてもおかしくない年頃ですのよ、という意味ですわ」
 フアナが少し恥ずかしそうに口を隠してくすくすと笑う。
「そういう風に、自分を子どもじゃない、って言っているうちは、まだ子どもだ」
 フェリペがフアナの額を軽くこづいた。

 宴会では、皆がおおいに食べて飲み、マリポーザの冒険譚に耳を傾けた。マリポーザは、謎の人物が牢から逃げる手助けをしてくれたことと、精霊界に繋がる魔法陣の存在は伏せたが、それ以外はすべて正直に話した。

「無事に戻って来れて本当に良かった。すごく心配していたんだぞ」
 優しい顔でフェリペはマリポーザの頭を撫でた。マリポーザは嬉しくて笑う。
「フェリペさんたちに助けていただいて、無事に人間界に戻ってくることができました。ありがとうございました」
 マリポーザは一同に向かって深々とお辞儀をする。

「四大精霊の魔法陣を用意してくれ、と言われた時には、何がなんだかさっぱりわからなかったけどなあ。あんなすごいショーになるとは」
 ジョルディが羊肉のソテーをほおばりながら唸る。
「まさか精霊の姿が私たちにも見えるとは思いませんでした」
 フェルナンドの言葉に、兵士全員が頷いた。
「私だけ見れませんでしたわ。裁判に出席できませんでしたもの。ずるいわ、マリポーザ。私にも見せて頂戴」
 ラズベリージュースを片手に、フアナが羨ましそうに言う。マリポーザは付け合わせの温野菜を食べながら、困った顔をする。
「あれは特例だったんです。火の精霊サラマンドラがマエストロを殺してしまったお詫びにと、四大精霊が特別に協力をしてくれたんです。
 人間界に戻ってきてから、精霊が以前より見やすくはなりました。でも私には、ほかの人にも精霊を見せるような力はありません。
 精霊たちには、『今回だけ特別です。あとは自分の力で精霊術を磨いていきなさい』と言われました」

「それでは私は精霊を見れませんの?」
「ごめんね、フアナ。でもきっと、いつかフアナにも見せるね」
 心底残念そうにしょげ返るフアナを、マリポーザは慰めた。
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