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一章
一章⑥ 無法魔術師とヘンテコ刑事
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ザルインの街における二番区はいわゆる商業施設の集まりであり、雑貨屋や服飾店を中心に大衆食堂や小料理屋といった飲食店などが所狭しと軒を連ねている。
日頃から『水蝶』の周辺くらいしか訪れる機会のない僕は、そんな商店通りの一角に小洒落たオープンカフェがあるなんてことを今日になって初めて知った。
というのも、僕を捕縛した女警官が『水蝶』でパンをテイクアウトした足でそのまま立ち寄ったのがこのオープンカフェ『サニーサイド』だったからである。
「やはり朝はこの店の珈琲にかぎる。それに、今日は実に美味しそうなパン屋との出会いもあったし、さらには憎き脱獄犯も手中に収められた。なんと素晴らしい一日だろうか」
湯気を立てるマグカップに口をつけながら、女性は上機嫌でそんなことを言った。
彼女の名はライラ・プラウナス。自治警察の新米刑事だそうで、去年までは大陸の南端にある学園都市《異界の門》にて対魔術犯罪のための特別な教育を受けていたらしい。
別に彼女のバックグラウンドになどまったく興味はなかったが、ここまでの道中で訊いてもいないのに勝手に自己紹介をしてくれたのだ。
やはり当初からの見立てどおり、ちょっと変なヤツなのだろう。
「仕事中にこんな優雅に朝ごはん食べてて大丈夫なの?」
老婆心ながら僕が訊くと、女性——ライラは目玉焼きのイラストが描かれたマグカップをコトリをテーブルの上に戻しながら、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「ふん。すでに夜勤が明けたところだ。つまり、今のわたしは非番。まずは優雅に朝食を楽しみ、そのあとでおまえを署に連行する。そして、満ち足りた気分で余暇を過ごすのだ」
なるほど。随分と仕事熱心なことだ。
つまり、捜査中に立ち寄ったパン屋が美味しそうだったから夜勤明けのタイミングで朝食用に買いに来たところ、そこでたまたま僕と遭遇したというわけか。
僕が彼女の立場だったら非番のタイミングで容疑者と遭遇しても面倒くさいからと見逃しそうな気もするが、そのあたりは価値観の違いというやつなのかもしれない。
ちなみに僕のほうは相変わらず両手を魔術で拘束されている状態ではあるものの、それ以外はとくに何もされていない状況だ。
こんなの逃げ出してくれと言っているようなものだが、それだけライラには捕縛技能に関しての自信があるということなのだろう。
どのみち、僕は僕で逃げ出す前にいくつか訊いておきたいことがあった。
「あのさ、自治警察は本気で僕が例の殺人に関係してると思ってるわけ?」
率直に訊くと、ライラは紙袋の中から三種のチーズブレッドを取り出しながら、やや不機嫌そうに眉を顰める。
「わたし個人の意見を言えば、それを見極めるためにも正しい捜査と取調がなされるべきだという考えだ」
「僕が訊きたいのは、君の意見じゃなくて自治警察としての意見なんだけど」
「……まだ正式な通達は降りてきていないが、署長は早々におまえを捜査対象から外すよう現場のほうに打診しているという話はそれとなく聞いている」
「なんだって?」
「署長は仮におまえが犯人だった場合、確保するにあたって自治警察側も相応の被害を覚悟しなければならない考えているようでな。であれば、他の可能性を探ってみて、それで犯人が見つからないのであればそれもやむなしと仰られているとのことだが……」
「堅実的な考えではあるね」
「ふざけるな!」
ドンッ! ——と、激昂したようにライラがテーブルを叩いた。
その物音に他のテーブル席についていた客や通りを歩いていた人々がギョッとした様子でこちらを振り返るが、ライラは気にした様子もなく剣呑な瞳で僕を睨みつけてくる。
「この街の治安と法治制度の維持を担うべき自治警察が、たかだか無法者の魔術師一人に屈するなどあってたまるものか! 確かにこれまでの自治警察にはそういった魔術師に対応できる人材はいなかったかもしれないが、今は違う!」
勇ましくそう告げながら、ライラが三種のチーズブレッドを千切って口の中に放り込む。
そして、リスみたいに頬っぺたを膨らませながらモグモグと咀嚼し、グイッと珈琲で喉の奥に流し込むと、再びマグカップをダンッとテーブルの上に叩きつけながら続けた。
「わたしはおまえなどに屈しない! 魔術師がおまえのような無法者ばかりでないことを世に知らしめるためにも、魔術を悪しきことに使う者をわたしは何人たりとも見逃さない!」
そう告げるライラの瞳には、確かに強い意志の光が宿っているような気がした。
なるほど。つまり、昨今の魔術師に対する風当たりの強さは僕のような無法者が私利私欲のために魔術を使うからであり、だからこそ彼女は僕のような魔術犯罪者を許すつもりはないと言いたいわけだ。
確かに、道理は通っている。もしも(そんなことは現実的に起こり得ないだろうが)魔術による犯罪がこの世からなくなれば、少なくとも魔術師に対して嫌悪感を抱く人間の数も自然と少なくなってくるだろう。
それに、魔術による犯罪自体を抑制することはできずとも、ライラのような『正義の魔術師』なるものが目立った形で台頭してくれば、それはそれで魔術師全体のイメージダウンに歯どめをかけることに繋がるかもしれない。
(でも、だからといって大人しく捕まって留置所で臭い飯を食うのは嫌だしな……)
僕は今にも殴りかからんばかりの目つきで睨みつけてくるライラの視線を正面から受けとめながら、ゲンナリと重い溜息を吐く。
いちおう彼女の思想には一定の理解もできるのだが、だからといって僕自身が協力的になれるかどうかは別の話だ。
僕は根っからの無法者であり、見ず知らずの他人がどれだけ迷惑を被ろうとも自分が楽して怠惰な暮らしができるならそれで構わないというのが本音である。
ただまあ、ライラがここまで真に迫る思いで僕を捕まえようと願っているなら、ひとまず逃げるのは彼女の手を離れてからにしておくか。
「いずれにせよ、脱獄は立派な犯罪だ。今度こそしっかりと法の裁きを受けてもらう」
一方、すっかり僕を手中に収めた気になっているライラはそう告げると、今度は紙袋からカレーパンを取り出して、こちらは千切らずにそのままガブッとかぶりついた。
「んむっ!? か、辛っ……! でも、おいしい!」
そして、口の中いっぱいにカレーパンを頬張ったまま、何やら感動に打ち震えるように瞳を震わせている。
その姿に先ほどまでの勇ましさは微塵も感じられず、どちらかというと年相応の女の子らしい雰囲気すら感じさせた。
何となくときめくものがないわけではないが、やっぱりちょっと変なヤツだな……。
日頃から『水蝶』の周辺くらいしか訪れる機会のない僕は、そんな商店通りの一角に小洒落たオープンカフェがあるなんてことを今日になって初めて知った。
というのも、僕を捕縛した女警官が『水蝶』でパンをテイクアウトした足でそのまま立ち寄ったのがこのオープンカフェ『サニーサイド』だったからである。
「やはり朝はこの店の珈琲にかぎる。それに、今日は実に美味しそうなパン屋との出会いもあったし、さらには憎き脱獄犯も手中に収められた。なんと素晴らしい一日だろうか」
湯気を立てるマグカップに口をつけながら、女性は上機嫌でそんなことを言った。
彼女の名はライラ・プラウナス。自治警察の新米刑事だそうで、去年までは大陸の南端にある学園都市《異界の門》にて対魔術犯罪のための特別な教育を受けていたらしい。
別に彼女のバックグラウンドになどまったく興味はなかったが、ここまでの道中で訊いてもいないのに勝手に自己紹介をしてくれたのだ。
やはり当初からの見立てどおり、ちょっと変なヤツなのだろう。
「仕事中にこんな優雅に朝ごはん食べてて大丈夫なの?」
老婆心ながら僕が訊くと、女性——ライラは目玉焼きのイラストが描かれたマグカップをコトリをテーブルの上に戻しながら、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「ふん。すでに夜勤が明けたところだ。つまり、今のわたしは非番。まずは優雅に朝食を楽しみ、そのあとでおまえを署に連行する。そして、満ち足りた気分で余暇を過ごすのだ」
なるほど。随分と仕事熱心なことだ。
つまり、捜査中に立ち寄ったパン屋が美味しそうだったから夜勤明けのタイミングで朝食用に買いに来たところ、そこでたまたま僕と遭遇したというわけか。
僕が彼女の立場だったら非番のタイミングで容疑者と遭遇しても面倒くさいからと見逃しそうな気もするが、そのあたりは価値観の違いというやつなのかもしれない。
ちなみに僕のほうは相変わらず両手を魔術で拘束されている状態ではあるものの、それ以外はとくに何もされていない状況だ。
こんなの逃げ出してくれと言っているようなものだが、それだけライラには捕縛技能に関しての自信があるということなのだろう。
どのみち、僕は僕で逃げ出す前にいくつか訊いておきたいことがあった。
「あのさ、自治警察は本気で僕が例の殺人に関係してると思ってるわけ?」
率直に訊くと、ライラは紙袋の中から三種のチーズブレッドを取り出しながら、やや不機嫌そうに眉を顰める。
「わたし個人の意見を言えば、それを見極めるためにも正しい捜査と取調がなされるべきだという考えだ」
「僕が訊きたいのは、君の意見じゃなくて自治警察としての意見なんだけど」
「……まだ正式な通達は降りてきていないが、署長は早々におまえを捜査対象から外すよう現場のほうに打診しているという話はそれとなく聞いている」
「なんだって?」
「署長は仮におまえが犯人だった場合、確保するにあたって自治警察側も相応の被害を覚悟しなければならない考えているようでな。であれば、他の可能性を探ってみて、それで犯人が見つからないのであればそれもやむなしと仰られているとのことだが……」
「堅実的な考えではあるね」
「ふざけるな!」
ドンッ! ——と、激昂したようにライラがテーブルを叩いた。
その物音に他のテーブル席についていた客や通りを歩いていた人々がギョッとした様子でこちらを振り返るが、ライラは気にした様子もなく剣呑な瞳で僕を睨みつけてくる。
「この街の治安と法治制度の維持を担うべき自治警察が、たかだか無法者の魔術師一人に屈するなどあってたまるものか! 確かにこれまでの自治警察にはそういった魔術師に対応できる人材はいなかったかもしれないが、今は違う!」
勇ましくそう告げながら、ライラが三種のチーズブレッドを千切って口の中に放り込む。
そして、リスみたいに頬っぺたを膨らませながらモグモグと咀嚼し、グイッと珈琲で喉の奥に流し込むと、再びマグカップをダンッとテーブルの上に叩きつけながら続けた。
「わたしはおまえなどに屈しない! 魔術師がおまえのような無法者ばかりでないことを世に知らしめるためにも、魔術を悪しきことに使う者をわたしは何人たりとも見逃さない!」
そう告げるライラの瞳には、確かに強い意志の光が宿っているような気がした。
なるほど。つまり、昨今の魔術師に対する風当たりの強さは僕のような無法者が私利私欲のために魔術を使うからであり、だからこそ彼女は僕のような魔術犯罪者を許すつもりはないと言いたいわけだ。
確かに、道理は通っている。もしも(そんなことは現実的に起こり得ないだろうが)魔術による犯罪がこの世からなくなれば、少なくとも魔術師に対して嫌悪感を抱く人間の数も自然と少なくなってくるだろう。
それに、魔術による犯罪自体を抑制することはできずとも、ライラのような『正義の魔術師』なるものが目立った形で台頭してくれば、それはそれで魔術師全体のイメージダウンに歯どめをかけることに繋がるかもしれない。
(でも、だからといって大人しく捕まって留置所で臭い飯を食うのは嫌だしな……)
僕は今にも殴りかからんばかりの目つきで睨みつけてくるライラの視線を正面から受けとめながら、ゲンナリと重い溜息を吐く。
いちおう彼女の思想には一定の理解もできるのだが、だからといって僕自身が協力的になれるかどうかは別の話だ。
僕は根っからの無法者であり、見ず知らずの他人がどれだけ迷惑を被ろうとも自分が楽して怠惰な暮らしができるならそれで構わないというのが本音である。
ただまあ、ライラがここまで真に迫る思いで僕を捕まえようと願っているなら、ひとまず逃げるのは彼女の手を離れてからにしておくか。
「いずれにせよ、脱獄は立派な犯罪だ。今度こそしっかりと法の裁きを受けてもらう」
一方、すっかり僕を手中に収めた気になっているライラはそう告げると、今度は紙袋からカレーパンを取り出して、こちらは千切らずにそのままガブッとかぶりついた。
「んむっ!? か、辛っ……! でも、おいしい!」
そして、口の中いっぱいにカレーパンを頬張ったまま、何やら感動に打ち震えるように瞳を震わせている。
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