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一章
一章⑪ 無法魔術師は二度捕まる
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(コイツ、なんでこうも僕の行く先々に現れるんだ……?)
頭を抱える僕を見て、さすがに鈴音さんも何か様子がおかしいことに気づいたらしい。
テーブルの上に身を乗り出しながら、声を潜めて訊いてくる。
「どうしたのよ。ひょっとして、知り合い?」
鈴音さんがカウンター席に座るライラの背中にチラッと視線を送る。
「別にあんたが何処でどんな女を引っかけてようと、今さら気にしないけど……」
そして、そんなことを言いながら半眼で僕の顔を睨みつけてきた。
言葉とは裏腹に明らかに機嫌を損ねている鈴音さんは可愛らしいが、とはいえ、今はそういう状況ではない。
僕は小刻みに首を振りながら、できるだけ簡潔に彼女が何者かを説明する。
「あの人、僕を追っかけてる女警官だよ」
「えっ? ……あ、ホントだ。昨晩、あたしのところに来たのもあのコよ。でも、なんでこんなところに?」
「そんなのこっちが聞きたいくらいだけど」
偶然というより他にないが、ここまでくるともはや運命か。
美味しいものを食べるのが趣味だとかそういう傾向はありそうな気もするが、だからといって毎度ピンポイントで僕が訪れる先に現れなくてもよかろうに……。
「お待たせいたしました! 当店自慢のボロネーゼと、産地直送の海鮮パスタでーす!」
そうこうしているうちに、店員さんが僕たちの注文したメニューを運んできてくれる。
この状況で食事をせよというのもなかなかハードな状況ではあるが、とはいえ、空腹に抗えぬのもまた事実ではあった。
僕はテーブルの上に備えられていたトッピング用のチーズを削って上からまぶすと、あとはもう湯気を立てるボロネーゼに一心不乱で貪りつく。
瞬間、圧倒的な肉の旨みと芳醇なワインの香り、そして、小麦の風味豊かなパスタが口の中で絡まり合い、飢えた僕の体と心を瞬く間に満たして行った。
これは確かに美味い。雑誌で紹介されるのも納得のクオリティだ。
「おいしい! こんなに美味しい海鮮食べたの久々かも!」
鈴音さんも海鮮パスタに舌鼓を打っている。
島国出身の彼女がそう言うくらいだから、間違いなくそちらも美味なのだろう。
しかし、少しそのリアクションは大きすぎた。
嬉々とする鈴音さんの反応に興味を惹かれたのか、カウンター席のライラがこちらを振り返ったのだ。
(た、頼む、気づかないでくれ……!)
「あっ」
しかし、今さらクマ耳の帽子を深く被って必死に顔を背けたところで効果はなく、気づけばライラは僕と鈴音さんの顔を交互に見比べながらその唇を震わせていた。
「お、おまえっ! それに、そちらの御仁も!」
「やばっ……」
どうやら鈴音さんのこともバッチリ覚えていたらしい。
それに、考えてみれば僕は昨夜からずっと同じ服装だし、そもそも帽子一つ被った程度で僕のイケメンっぷりが誤魔化せるはずなどないのだ。
この女警官と出会ってしまった時点で覚悟を決めておくべきだった。
「な、何故二人が揃ってこんなところに!? ま、まさか……」
何事かと慌てふためく店主や店員、他の客の視線を気にした様子もなく、ライラがカウンター席を降りてズカズカとこちらのほうに歩み寄ってくる。
「あ、いや、その、違うの! これは……」
そんなライラを前に、露骨に狼狽えた様子で鈴音さんが口を開いた。
「そ、そう、コイツ、また逃げ出してきちゃったみたいなんだけど、そこはホラ、あたしがちゃんと捕まえて、それで……そう! これからもう一回自治警察のほうに連れて行くことになってたのよ。でも、ホラ、お腹を空かせてるって言うから、その前に食事くらいはいいかなと思って……ねえ?」
そんな言い訳を口走りながら、鈴音さんが助けを求めるようにこちらを見つめてくる。
とはいえ、この期に及んで僕に何ができると言うのだ。
そもそも鈴音さんの立場を考えるなら、少なくとも現段階でライラに僕との関係を知られるのはマズい。
となれば、ここはもう鈴音さんが勢いのままに口走った言い訳に乗っかって、ひとまず今だけでも大人しく捕縛されたふりをするより他はなかった。
「なるほど、そういうことでしたか。ご協力、痛み入ります」
一方、ライラのほうはわりとあっさり鈴音さんのデマカセを信じてくれたようで、僕たちはこっそりと目配せをし合いながら、ひとまず安堵の溜息を漏らす。
「こんなところで顔を合わせたのも何かの縁でしょう。あとのことはわたしが引き受けますので、どうぞごゆっくり食事をお楽しみください」
しかし、まだ予断が許されない状況には変わりないようだ。
「えっ? そ、それはどういう……」
「この男はわたしのほうで署まで連行します。こんな無法者と一緒では、せっかくの美味しい料理も心から楽しむことができないでしょう」
「あ、いや、そんなに気を遣わなくても大丈夫よ! それに、ほら、まだ彼も食事の途中みたいだし……」
「この男に食事など必要ありません。むしろ、もっと弱らせておかないと、またすぐに脱走されてしまいます。次は取調のときも同席させてもらわねば……」
そう言いながら、ライラが僕のほうまでやってきて、おもむろに腕を掴んでくる。
その瞬間、またしてもあの不愉快な拘束魔術が手枷のように両手に絡みつき、あっという間に僕から自由を奪い取ってしまった。
せめて最後の晩餐くらい味わわせてくれてもよかろうに、なんと無体な……。
「さあ、一緒に来い! 店主、食事の途中で済まないが、清算のほうを頼む。それと、この男の分も一緒に払わせてくれ」
「は、はい。少々お待ちを……」
騒然とする店の中、僕は拘束された腕を掴まれたまま、ほとんど無理やりライラに引っ張られて行く。
僕がろくに抵抗していないという分を差し引いても、けっこう力持ちだな。
急にこんなことになって鈴音さんもきっと心を痛めていることだろうと思ったが、店の外に引きずり出される直前にそちらのほうを見やると、なんと彼女はすでにこちらを見てすらいなかった。
それどころか、自分の海鮮パスタをサクッと平らげただけでは飽きたらず、僕の食べ残したボロネーゼにまで手をつけはじめている。
思わず半眼になって見つめるていると、そんな僕の視線に気づいた鈴音さんが一瞬だけ罰の悪そうな顔をしてペロリと舌を見せてきたが、あとはもうあっちいけとばかりに手をヒラヒラとさせながら無心にボロネーゼを貪り続けていた。
最終的に僕の分の料金はライラ持ちになったわけだし、実は鈴音さんの一人勝ちだったりするのかな……。
頭を抱える僕を見て、さすがに鈴音さんも何か様子がおかしいことに気づいたらしい。
テーブルの上に身を乗り出しながら、声を潜めて訊いてくる。
「どうしたのよ。ひょっとして、知り合い?」
鈴音さんがカウンター席に座るライラの背中にチラッと視線を送る。
「別にあんたが何処でどんな女を引っかけてようと、今さら気にしないけど……」
そして、そんなことを言いながら半眼で僕の顔を睨みつけてきた。
言葉とは裏腹に明らかに機嫌を損ねている鈴音さんは可愛らしいが、とはいえ、今はそういう状況ではない。
僕は小刻みに首を振りながら、できるだけ簡潔に彼女が何者かを説明する。
「あの人、僕を追っかけてる女警官だよ」
「えっ? ……あ、ホントだ。昨晩、あたしのところに来たのもあのコよ。でも、なんでこんなところに?」
「そんなのこっちが聞きたいくらいだけど」
偶然というより他にないが、ここまでくるともはや運命か。
美味しいものを食べるのが趣味だとかそういう傾向はありそうな気もするが、だからといって毎度ピンポイントで僕が訪れる先に現れなくてもよかろうに……。
「お待たせいたしました! 当店自慢のボロネーゼと、産地直送の海鮮パスタでーす!」
そうこうしているうちに、店員さんが僕たちの注文したメニューを運んできてくれる。
この状況で食事をせよというのもなかなかハードな状況ではあるが、とはいえ、空腹に抗えぬのもまた事実ではあった。
僕はテーブルの上に備えられていたトッピング用のチーズを削って上からまぶすと、あとはもう湯気を立てるボロネーゼに一心不乱で貪りつく。
瞬間、圧倒的な肉の旨みと芳醇なワインの香り、そして、小麦の風味豊かなパスタが口の中で絡まり合い、飢えた僕の体と心を瞬く間に満たして行った。
これは確かに美味い。雑誌で紹介されるのも納得のクオリティだ。
「おいしい! こんなに美味しい海鮮食べたの久々かも!」
鈴音さんも海鮮パスタに舌鼓を打っている。
島国出身の彼女がそう言うくらいだから、間違いなくそちらも美味なのだろう。
しかし、少しそのリアクションは大きすぎた。
嬉々とする鈴音さんの反応に興味を惹かれたのか、カウンター席のライラがこちらを振り返ったのだ。
(た、頼む、気づかないでくれ……!)
「あっ」
しかし、今さらクマ耳の帽子を深く被って必死に顔を背けたところで効果はなく、気づけばライラは僕と鈴音さんの顔を交互に見比べながらその唇を震わせていた。
「お、おまえっ! それに、そちらの御仁も!」
「やばっ……」
どうやら鈴音さんのこともバッチリ覚えていたらしい。
それに、考えてみれば僕は昨夜からずっと同じ服装だし、そもそも帽子一つ被った程度で僕のイケメンっぷりが誤魔化せるはずなどないのだ。
この女警官と出会ってしまった時点で覚悟を決めておくべきだった。
「な、何故二人が揃ってこんなところに!? ま、まさか……」
何事かと慌てふためく店主や店員、他の客の視線を気にした様子もなく、ライラがカウンター席を降りてズカズカとこちらのほうに歩み寄ってくる。
「あ、いや、その、違うの! これは……」
そんなライラを前に、露骨に狼狽えた様子で鈴音さんが口を開いた。
「そ、そう、コイツ、また逃げ出してきちゃったみたいなんだけど、そこはホラ、あたしがちゃんと捕まえて、それで……そう! これからもう一回自治警察のほうに連れて行くことになってたのよ。でも、ホラ、お腹を空かせてるって言うから、その前に食事くらいはいいかなと思って……ねえ?」
そんな言い訳を口走りながら、鈴音さんが助けを求めるようにこちらを見つめてくる。
とはいえ、この期に及んで僕に何ができると言うのだ。
そもそも鈴音さんの立場を考えるなら、少なくとも現段階でライラに僕との関係を知られるのはマズい。
となれば、ここはもう鈴音さんが勢いのままに口走った言い訳に乗っかって、ひとまず今だけでも大人しく捕縛されたふりをするより他はなかった。
「なるほど、そういうことでしたか。ご協力、痛み入ります」
一方、ライラのほうはわりとあっさり鈴音さんのデマカセを信じてくれたようで、僕たちはこっそりと目配せをし合いながら、ひとまず安堵の溜息を漏らす。
「こんなところで顔を合わせたのも何かの縁でしょう。あとのことはわたしが引き受けますので、どうぞごゆっくり食事をお楽しみください」
しかし、まだ予断が許されない状況には変わりないようだ。
「えっ? そ、それはどういう……」
「この男はわたしのほうで署まで連行します。こんな無法者と一緒では、せっかくの美味しい料理も心から楽しむことができないでしょう」
「あ、いや、そんなに気を遣わなくても大丈夫よ! それに、ほら、まだ彼も食事の途中みたいだし……」
「この男に食事など必要ありません。むしろ、もっと弱らせておかないと、またすぐに脱走されてしまいます。次は取調のときも同席させてもらわねば……」
そう言いながら、ライラが僕のほうまでやってきて、おもむろに腕を掴んでくる。
その瞬間、またしてもあの不愉快な拘束魔術が手枷のように両手に絡みつき、あっという間に僕から自由を奪い取ってしまった。
せめて最後の晩餐くらい味わわせてくれてもよかろうに、なんと無体な……。
「さあ、一緒に来い! 店主、食事の途中で済まないが、清算のほうを頼む。それと、この男の分も一緒に払わせてくれ」
「は、はい。少々お待ちを……」
騒然とする店の中、僕は拘束された腕を掴まれたまま、ほとんど無理やりライラに引っ張られて行く。
僕がろくに抵抗していないという分を差し引いても、けっこう力持ちだな。
急にこんなことになって鈴音さんもきっと心を痛めていることだろうと思ったが、店の外に引きずり出される直前にそちらのほうを見やると、なんと彼女はすでにこちらを見てすらいなかった。
それどころか、自分の海鮮パスタをサクッと平らげただけでは飽きたらず、僕の食べ残したボロネーゼにまで手をつけはじめている。
思わず半眼になって見つめるていると、そんな僕の視線に気づいた鈴音さんが一瞬だけ罰の悪そうな顔をしてペロリと舌を見せてきたが、あとはもうあっちいけとばかりに手をヒラヒラとさせながら無心にボロネーゼを貪り続けていた。
最終的に僕の分の料金はライラ持ちになったわけだし、実は鈴音さんの一人勝ちだったりするのかな……。
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