無法魔術師はかえりみない ~殺人容疑をかけられたので逃げまわってたけど、酒の勢いで女刑事を押し倒したら一緒に事件を解決することになった件~

佐間野 隆紀

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二章

二章⑯ 無法魔術師は動じない

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(……なんだ、この状況……?)

 ほとんど直感で、僕は自分を罠にハメようとしている何者かの悪意を感じ取っていた。

 確かに目の前の男を突き飛ばしたのは魔術だ。

 だが、もちろん僕が放ったものではない。

 一方で、たとえどれだけ魔力に対する感応力が高くとも、放たれた魔術が誰によるものかを即座に判別することは不可能に近い。

(何処かに魔術を使った人間がいるはずだ……)

 ぐるりと周囲を見渡すと、ふと僕の視線を避けるかのように顔を伏せたまま近くの建物の陰に入っていく人物の姿が見えた。

 あいにくと今から追いかけたところで捕まえることは難しそうだが、背格好からして女性であることは何となく察せられた。

(愉快犯……ってことはないよな? 表では反魔術思想を掲げておきながら、裏では工作員として魔術師を子飼いにしてるのか……?)

 そんなことを暢気に考えてると、いきなり何者かに胸ぐらを掴まれる。

「てめえ、こんなことで俺たちがビビると思うなよ!」
「そうだ! やっちまえ!」
「お、落ち着け! ここで暴力を振るえば逆に貴様を逮捕するぞ!」

 何やら血の気の多そうな男が僕のシャツを絞り上げ、今にも殴りかかってきそうな勢いで睨みつけてくる。

 周りの面々は男女別け隔てなくその様子を囃し立て、いつの間にか奥に見える壇上からはボルジアの姿も消えていた。

 ライラは警察手帳を振りかざしながら必死に静止しようとしているが、周りにそれを聞き入れる冷静さを持った者は誰一人としていないらしい。

 こんなところで暴力事件なんて起こしてしまったらボルジアの選挙活動にかえって悪影響が出そうなものだが――。

 あるいは、これから僕がやろうとしていることも、最初から折り込み済みということだろうか。

 バンッ!

 瞬間、風船が破裂するような音がして、僕の胸ぐらを掴んでいた男性とその周囲で騒ぎ立てていた面々がまとめて二メートルくらい吹き飛んでいった。

 その一部は語り手のいなくなったお立ち台に追突してそのまま倒壊に巻き込まれ、それ以外も無様に地面に転がって呻き声を漏らしている。

 みんな大袈裟に苦しんでいるが、別に軽めの衝撃波でブッ飛ばしただけだし、ひょっとしたら打撲になっていたり擦り傷くらい負ってるかもしれないが、大怪我をするようなことにはなっていないとは思う。別に確証はないが。

「ひ、ひぇぇ……!」

 衝撃波に巻き込まれなかった一部の者は、情けない悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

 どうやら僕が反撃に出るなんて夢にも思わなかったようだ。

 馬鹿め。やられる前に倍返しだ。僕をそこいらの魔術師と同じだと思うなよ。

「バカはおまえだーっ!」
「ぐおっ!?」

 ドゲシッ! ――と、脇腹にライラのドロップキックをくらって、僕も3メートルくらいふっ飛ばされた。たぶん僕が放った魔術なんかよりよほど強烈だったんじゃないかと思う。

「魔術の不正使用と傷害と器物損壊で現行犯逮捕だ! バカタレ! 他にもやりようはあっただろうが!」

 ライラはすばやく僕に飛びついてきて、そのまま例の拘束魔術で僕を拘束してきた。

 その顔は怒っているのか呆れているのか判別がつきにくかったが、少なくともここで下手に逆らうことだけはやめたほうがよさそうだった。

 気がつけば《地上の人々》と思しき面々も散り散りになって逃走しており、あたりには僕とライラと僕たちを奇異の目で見る路面馬車の待合客しかいなくなっている。

「……はぁ。とりあえず、署に戻るか」

 それから僕は拘置所にぶち込まれることこそなかったが、一方でライラに引きずられるまま自治警察署に戻ってもその拘束が解かれることはなかった。

 さらに謎の魔術で待合室の椅子に縛りつけられ、ライラが報告書の作成を終えるまでの退屈な時間をひたすら待ち続ける間に僕が思ったのは、なるほど、『緊縛の魔女』の名はどうやら伊達ではないらしいな、ということである。

 業務を終えて戻ってきたライラに反省の意を示すため、少なくとも上辺だけはこの上なく殊勝そうな顔をしていた僕だったが、残念ながら僕の卓抜とした演技力でも彼女の目を誤魔化すことはできなかった。

 けっきょくそのままライラの自宅に連れ込まれ、彼女が満足するまでベッドの上で『反省会』をさせられてようやく開放されることになる。

 いろんな意味で空っぽにされた僕は、やけに女の子らしいピンク色の調度品が目立つライラの部屋の中、遠く聞こえるシャワーの音に耳を澄ませながら珍しく本気で反省していた。

 世の中には開けてはいけない扉というものが、確かに存在するのだ。
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