唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

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第11話 社内虐め

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創立以来初めての自宅待機が実施されたのはショックだった。
しかし俺を含めて仕事を抱えている人間は日々の仕事の忙殺されて、感傷にひたる暇はなかった。

俺たちは派遣先に常駐しているので、めったに自分の会社には行かない。
だから徐々に会社の事情に疎くなっていった。

この当時はまだ携帯電話はショルダーフォンと呼ばれて大きく重く値段も高く、一部の限られた人しか持てないものだった。
インターネットなどはなく通信手段は電話かFAXだけ、今のようにメールやLineで気軽に連絡を取れる時代ではなかった。

浜口課長は課長会議があるので定期的に会社に行き色々と情報を仕入れているようだが、口が固い人なので俺達には話してくれない。
俺も畑田君もなにか情報が欲しくてしょうがなかったので、何か理由を見つけては会社に戻って情報収集をしていた。

ある日、会社に資料を取りに行くついでに情報を集めていた時のことだ。
資料と格闘している俺の横にポンちゃんが寄ってきた。
いつも穏やかな彼にしては珍しくムっとした顔をしながら話しかけてきた。

「知ってます?、Rさんのこと」

Rさんはアジア系外国人社員でポンちゃんの後輩だ。
ポンちゃんは怒りを含んだ声で続けた。

「黒井のヤツがRさんを虐めてるんですよ」

黒井課長はポンちゃんの上司、あまり評判のよくない男で俺は大嫌いだった。
ポンちゃんによると、会社が緊急不況対策案を発表した直後から黒井がRさんを虐めはじめたらしい。
もちろん暴力などではなく、もっと陰湿な言葉による虐めだ。

Rさんは仕事はできるが日本語がちょっと苦手だ。
人手不足の時には貴重な戦力だったのに、仕事が減った今ではその日本語力の弱さがネックになって、会社にとってあまり必要な存在ではなくなってきているようだ。

ポンちゃんによると、黒井がRさんに向かって「キミの今度のボーナスは他の人の半分しか出ないぞ、それでいいのか」と言ったそうだ。
Rさんは困りながら「それでいいです」と答えるしかなかった。
すかさず黒井が「半分の金額で納得するのは自分の実力が無いのを認めた証拠でやる気がないからだ。キミは日本人の30%しか仕事をしていない」と言い放ったそうだ。

話をしながらポンちゃんはさらに興奮していった。
「冗談じゃない、半分のボーナスでいいわけが無い。
Rさんは外国人という立場もあって、そう答えるしかないんだ。
黒井のヤツ、それを承知の上で無理難題を吹っかけてるんだ」

ポンちゃんによると、Rさんは技術者として日本に入国しているので技術者以外の仕事に就くことはできないらしい。
この状況では同業他社への転職は日本人でも難しいし、かといって他の仕事につけないとなると帰国するしかなくなる。
そんな簡単に自国には帰れないだろうから、必死になってこの業界にしがみつくしかない。

ポンちゃんの話を聞きながら、俺はある噂を思い出していた。
それは黒井は会社上層部からの評価が急激に悪くなってきていて焦っているという噂だ。

黒井は元技術者ではあったが、少し毛色の変わった分野の技術者で会社の主流業務ではなかった。
それもあって技術者から管理専門に鞍替えしたのだが、そもそも技術者時代の黒井の評価は低かった。
かといって管理職として有能というわけでもないのだが、強引な性格と運の良さ、それから会社幹部に取り入るのが上手かったから課長になったと言われていた。
おそらく黒井はこの不況で自分のバケの皮が剥がれて焦っているのだろう。
だから部下を自分から辞めるように仕向けて自分の手柄にしたいんだろう。
Rさんはチンピラに因縁つけられているようなもので、なんとも情けない話だ。

しかし不況が原因で外国人技術者が虐められるとは。
俺もポンちゃん同様頭に血が上ったのだが、何も手を打つことができないもどかしさだけが残った。


それからまもなくRさんは自宅待機になった。
たぶんRさんは黒井の態度でこの会社を見限っていたのだろう。
自宅待機と同時に転職活動を始め、幸いにも別のソフトウエアハウスに転職することができ、給料も若干だが上がったそうだ。
後日このことをポンちゃんから聞いた時には本当に嬉しかった。
唾棄すべき日々の中で数少ないホッとする話題だった。
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