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第1話【「地雷」三点セット】
しおりを挟む過疎地域にある地方の小さな会社へ、一般社員として派遣された圭吾は、荒れた駐車場と塗装の剥がれた建物を見渡した。
「どうして俺が、こんな田舎で働かなきゃいけないんだ!」
苛立ちを隠そうともせず、そう吐き捨てる。
最寄り駅には一時間に一本しか電車が来ず、周囲にはコンビニすらない。
人通りもまばらな通りには、冷たい風が吹き、砂埃を舞い上げていた。
圭吾は黒のメルセデス・ベンツを駐車場に停め、車を降りると、苛立ちをぶつけるようにドアを強く閉める。
駐車場には、軽自動車や年季の入った社用車ばかりが並んでいて、その中で、黒のメルセデス・ベンツはひどく浮いていた。
圭吾は、
「ふぅ……」
と小さく息を吐き、顔を上げる。
すると――
古びた建物の入口付近に集まっていた数人の社員が、ひそひそと話しながらこちらを見ていた。
その中から、一人の中年男性が圭吾へと近づいてくる。
見た目五十歳ぐらいで作業着姿のその男は、圭吾の前で足を止めると、
「もしかして……君は黒田圭吾くんか?」
そう問いかけてきた。
「そうだけど……」
圭吾が不機嫌そうに答えると、男の眉がぴくりと動く。
「黒田くん。君は、自分の置かれている立場を、もう少し考えたほうがいい」
低く、腹に響く声だった。
「ここではな――お前は、ただの新人だ」
圧のある言葉が、真正面から圭吾を押し潰す。
「……な、何だよ。俺は黒田ホールディングス会長、黒田太郎の孫だぞ。俺にそんな態度を取って、後で後悔することになるぞ」
圭吾は、逆に脅すように言い返した。
しかし――
「誰の孫だろうと、ここでは関係ない。君は左遷されたんだよ。わかっているのか?」
呆れたような視線が、圭吾に向けられる。
――左遷。
その言葉を聞いた瞬間、圭吾の胸に動揺が走った。
だが、それを表情に出すことはせず、圭吾は舌打ちし、ネクタイを乱暴に緩める。
そんな圭吾の態度など気にも留めず、
「あー、そうだ。俺はこの会社の責任者の野田だ。今日からは、俺の指示に従ってもらう。とにかく、ついてきなさい。みんなに紹介するから」
そう言って、野田はさっさと歩き出した。
圭吾は、野田の態度で、なんとなく気づき始める。
かつて自分が振るっていた権力も、肩書も、ここでは何の意味も持たないということを。
そして、その事実が、現実になることを、圭吾は、まだ知らずにいた。
「えー……本日から配属になった、黒田圭吾くんだ。みんな、仲間としてよろしく頼むよ」
一拍置いて、野田は思い出したように付け加える。
「……あぁ、そうだ。黒田くんには、桜田桜(さくらださくら)さんの助手をしてもらおうかな」
その瞬間――周囲の空気が、はっきりと変わった。
ぴん、と張り詰める気配。
社員たちの視線が、一斉に圭吾へと集まる。
「……マジか」
「大丈夫か? 耐えられるのか?」
ひそひそと、同情混じりの声が漏れる。
――なんだ?
その言葉の意味がわからず、圭吾の胸に、嫌な予感が走る。
そのときだった。
「はぁ……どうして私が、この男の面倒を見なきゃいけないの?」
あからさまに不機嫌な声が、場の空気を切り裂いた。
声のした方へ視線を向けると、そこには推定年齢三十歳くらいの、整った顔立ちの女性が立っていた。
冷え切った視線が、値踏みするように、じっと圭吾を睨みつけている。
桜田桜。
仕事ができる、三十歳独身女性。
仕事ができすぎるがゆえに、社内で彼女に逆らえる者はいない。
かつてイケメンに見事に騙され、貯金と恋心を同時に失った過去を持つ彼女は、
それ以来、イケメンというイケメンを一切信用していない。
それどころか――心底嫌悪している。
その筋金入りぶりは地元でも有名で、「最強のお局様」と呼ばれている。
彼女に関わったイケメン男性は、例外なくプライドをズタボロにされるという噂まである。
そして、その桜田桜が――圭吾の指導係になった。
甘い顔立ち。
仕立てのいいスーツ。
無駄に自信ありげな態度。
それらすべてが、桜田の「地雷」三点セット。
そして圭吾は――
そのすべてを、完璧に満たしていた。
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