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第15話【お引っ越し】
「会社が成功したら、祖父に紹介するつもりだ。それまで俺を支えて待っていてほしい。必ず幸と結婚するから」
五年前、圭吾はそう言って幸の手を握った。
けれど――その約束は、何の謝罪もないまま裏切られた。
圭吾は、別の女性と婚約したのだ。
幸は、由紀こそが“浮気相手”だと思っていた。
だが今となっては、婚約した圭吾のマンションにいる自分のほうこそ、世間から見れば“浮気相手”なのだ。
それに気づいた瞬間、幸は一刻も早く圭吾名義のマンションを出なければならないと思った。
「バタバタさせて、ごめんね」
「いいって、いいって。こんなマンション、早く引っ越したほうがいいよ」
新しい住まいが見つかるまでの間、幸は洋子のマンションに間借りさせてもらうことになった。
幸は、かつて“ダサい”と言われたあの黒いスーツを手に取り、ためらうことなくゴミ袋の中へ放り込む。
そして、圭吾との思い出の品も次々と袋に詰め、マンションのゴミ捨て場へ運び出した。
気づけば、幸の荷物はキャリーバッグ一つだけになっていた。
その荷物を見た洋子が、明るく言った。
「ねぇ、今からショッピング行かない? もう、あんな男のために見た目を悪くする必要もなくなったんだし」
――確かに、もう圭吾に気を遣う必要はない。
これからは、自分のためにお洒落を楽しめばいい。
「そうだね。ストレス発散にもなるし、行こう」
圭吾のことで、今となってありがたいと思えるのは、毎月それなりに良い給料を
支払ってくれていたことくらいだ。
そのおかげで、幸の貯金は思いのほか貯まっていた。
だから、多少はいい買い物もできる。
とはいえ、幸はあくまで一般庶民。
セレブのように贅沢はできない。
それでも、洋子御用達の店で気に入った服や小物をいくつか選び幸は満足そうに袋を抱えた。
*****
その頃、片桐秘書は暗く沈んでいた。
黒田圭吾と高瀬由紀の幸せそうな顔を見るたびに、西村幸の傷ついた顔が頭に浮かび、罪悪感で胸が痛む。
――婚約発表のことを、西村さんは知ってしまったのだろうか。
――先に知らせておくべきだったのだろうか。
しかしこれは、黒田圭吾と西村幸、二人の個人的な問題だった。
秘書である自分が、そこに介入してよいものかどうか、片桐は悩み続けていた。
結局、彼は圭吾が一人になった瞬間を狙って口を開いた。
「社長、あの……西村さんのことは、今後どのようにお考えですか?」
場にふさわしくない質問だと理解していながらも、聞かずにはいられなかった。
圭吾は片桐の問いに、冷たく答えた。
「対処もなにも、あいつは昨日付で会社を辞めたんだ。だから、そのまま放置することにした。
自分から退職願を出すなんて、あいつもようやく自分の立場を理解したのかもしれないな」
圭吾の言葉を聞いた片桐は、衝撃で言葉を失った。
――嘘だろ。
――西村さんが会社を辞めたって……。
圭吾は、知らなかった。
西村幸が、どれほど優秀な秘書だったかを。
しかし片桐は知っていた。
西村幸の細やかなサポートのおかげで、自分も優秀な秘書として立っていられたことを。
西村幸の取引先への配慮は常軌を逸していた。
社長だけでなく、その家族、社員にまで気を配り、見えないところで会社を支えていた。
片桐は思った。
この会社【NexSeed黒田】の成功は、西村幸の功績抜きには語れないのではないか、と。
そしてそれが、もう失われるのだ。
片桐自身がその役割を引き継げばよいのかもしれない。
だが現実は、今の業務だけで手一杯で、到底そこまで手が回らない。
社長は、いつか後悔するだろう。
西村幸を手放したことを――。
満面の笑みで談笑する圭吾を見つめながら、片桐秘書は心の中でそう思った。
五年前、圭吾はそう言って幸の手を握った。
けれど――その約束は、何の謝罪もないまま裏切られた。
圭吾は、別の女性と婚約したのだ。
幸は、由紀こそが“浮気相手”だと思っていた。
だが今となっては、婚約した圭吾のマンションにいる自分のほうこそ、世間から見れば“浮気相手”なのだ。
それに気づいた瞬間、幸は一刻も早く圭吾名義のマンションを出なければならないと思った。
「バタバタさせて、ごめんね」
「いいって、いいって。こんなマンション、早く引っ越したほうがいいよ」
新しい住まいが見つかるまでの間、幸は洋子のマンションに間借りさせてもらうことになった。
幸は、かつて“ダサい”と言われたあの黒いスーツを手に取り、ためらうことなくゴミ袋の中へ放り込む。
そして、圭吾との思い出の品も次々と袋に詰め、マンションのゴミ捨て場へ運び出した。
気づけば、幸の荷物はキャリーバッグ一つだけになっていた。
その荷物を見た洋子が、明るく言った。
「ねぇ、今からショッピング行かない? もう、あんな男のために見た目を悪くする必要もなくなったんだし」
――確かに、もう圭吾に気を遣う必要はない。
これからは、自分のためにお洒落を楽しめばいい。
「そうだね。ストレス発散にもなるし、行こう」
圭吾のことで、今となってありがたいと思えるのは、毎月それなりに良い給料を
支払ってくれていたことくらいだ。
そのおかげで、幸の貯金は思いのほか貯まっていた。
だから、多少はいい買い物もできる。
とはいえ、幸はあくまで一般庶民。
セレブのように贅沢はできない。
それでも、洋子御用達の店で気に入った服や小物をいくつか選び幸は満足そうに袋を抱えた。
*****
その頃、片桐秘書は暗く沈んでいた。
黒田圭吾と高瀬由紀の幸せそうな顔を見るたびに、西村幸の傷ついた顔が頭に浮かび、罪悪感で胸が痛む。
――婚約発表のことを、西村さんは知ってしまったのだろうか。
――先に知らせておくべきだったのだろうか。
しかしこれは、黒田圭吾と西村幸、二人の個人的な問題だった。
秘書である自分が、そこに介入してよいものかどうか、片桐は悩み続けていた。
結局、彼は圭吾が一人になった瞬間を狙って口を開いた。
「社長、あの……西村さんのことは、今後どのようにお考えですか?」
場にふさわしくない質問だと理解していながらも、聞かずにはいられなかった。
圭吾は片桐の問いに、冷たく答えた。
「対処もなにも、あいつは昨日付で会社を辞めたんだ。だから、そのまま放置することにした。
自分から退職願を出すなんて、あいつもようやく自分の立場を理解したのかもしれないな」
圭吾の言葉を聞いた片桐は、衝撃で言葉を失った。
――嘘だろ。
――西村さんが会社を辞めたって……。
圭吾は、知らなかった。
西村幸が、どれほど優秀な秘書だったかを。
しかし片桐は知っていた。
西村幸の細やかなサポートのおかげで、自分も優秀な秘書として立っていられたことを。
西村幸の取引先への配慮は常軌を逸していた。
社長だけでなく、その家族、社員にまで気を配り、見えないところで会社を支えていた。
片桐は思った。
この会社【NexSeed黒田】の成功は、西村幸の功績抜きには語れないのではないか、と。
そしてそれが、もう失われるのだ。
片桐自身がその役割を引き継げばよいのかもしれない。
だが現実は、今の業務だけで手一杯で、到底そこまで手が回らない。
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