【完結】クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー

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第69話【由紀の思惑】

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「幸、あの由紀って女、けっこう底意地が悪いわね」

 洋子は怒りを隠さず、目をつり上げて言った。

「確かに、そうみたいね」

 幸は、落ち着いた様子で答える。

「どうするの?」

 洋子が眉間にシワ寄せて尋ねると、

「勝負を挑まれたんだから、受けるしかないんじゃない?」

 幸は淡々と、迷いのない口調で答えた。

「そっか。じゃあ、頑張って」

 洋子はさらりと背中を押すように声をかける。

「うん。じゃあ、行ってくるね」

 幸は三人に穏やかな笑みを向け、スタッフの後について歩き始めた。

 そのやり取りを見ていた匠は、

「幸はピアノが弾けるんだね」

 洋子に問いかける。

「そうそう、普通に弾けるわよ。それより――私たちも舞台の近くに行きましょう」

 洋子はなぜか楽しそう。

 軽い足取りで舞台方向へと進んでいく。

 その様子を見た匠から、不安が消える。

 洋子が心配しないということは、幸は、大丈夫だということだ。

 匠は、心配することをやめ、洋子の後についていった。

 *****

 圭吾は舞台の近くに立ち、険しい表情で幸の姿を見つめていた。

 由紀は有名音大の出身で、その腕前は誰もが認めるものだ。

 対して――幸は、ピアノを弾けないはず。
 仮に少し弾けたとしても、由紀のように本格的な演奏などできるはずがない。

 どう考えても、この対決は由紀が圧倒的に有利だ。

 ピアノ対決が始まれば、幸が大勢の前で恥をかくのは目に見えている。

 その姿を想像した瞬間、圭吾の胸にモヤモヤとした痛みが広がった。

 ――やめさせるべきか。

 そんな考えが、一瞬だけ脳裏をよぎる。

 だが――

 幸が恥をかき、落ち込んだところで自分が寄り添い慰めれば……。

 その先にどんな展開が待っているかを思い描き、圭吾は対決を止めることをためらった。

 そして、

 ――そうだ。
 ――惨めな姿をさらして、水沢に捨てられればいい。
 ――そうすれば、幸は俺のところに戻ってくるはずだ。

 身勝手な思いが、圭吾の胸の内をじわりと支配していく。

 *****

 舞台が整った。
 ステージの周囲には、すでに多くの人々が集まっている。

 御曹司の婚約者同士が“ピアノで対決する”――そんな滅多にない催しに、誰もが興味をそそられ、期待と好奇心を胸に集まっていた。

 ざわめきが広がる中、先に演奏するのは由紀と決まっていた。

 彼女は有名音大の出身で、その演奏力は誰もが認めるところだ。

 ――ここで圧倒的な実力を見せつけて、幸をコテンパンに打ちのめす。

 そう固く心に誓う由紀の表情には、闘志が宿っている。

 ゆっくりとステージ中央へ歩み出ると、彼女はドレスの裾を整え、優雅な仕草でピアノの前に腰を下ろした。

 会場の空気が、一瞬にして張りつめる。

 緊迫した雰囲気の中、幸は舞台袖から、演奏が始まるのを待っていた。

 由紀の演奏が始まった。

 指先が鍵盤に触れた瞬間、軽やかなアルペジオが会場に響き渡る。

 音大出身ならではの正確さで鍵盤の上を指が滑るように動いていく。

 クラッシックが好きな匠は、

「……ショパン《幻想即興曲》」

 無意識に呟く。

 ――なかなか難しい曲だ。
 ――この曲より難易度を上げるとなると……。

 匠の視線は、幸へと向けられた。

 幸は、焦りの色も見せず、空中で指を動かしている。

 空中で動く指は、まるでそこに鍵盤があるかのように動いている。

 集中している幸から、視線を洋子に向けた。

 洋子はといえば、相変わらず余裕たっぷりの表情を浮かべている。

 この状況で洋子がまったく焦らないということは、すなわち――幸の勝利を確信している証。

 ――これは、面白くなってきたな。

 匠は、口角を上げ、集中している幸を見つめた。

 ステージ周辺ではすでに、「さすがだわ」「うまいわね」由紀の演奏に感嘆の声が囁かれていた。

 由紀の演奏が終わった。

 終わると同時に、拍手が沸き起こる。

 完璧な演奏を終えた由紀は、満足げな笑みを浮かべながらゆっくりと椅子から立ち上がり、客席に向かって品よく会釈をする。

 その表情には、自分の勝利を一片も疑わない、余裕たっぷりの笑みが浮かんでいた。

 由紀がステージから下がり、続いて幸がステージへと上がっていく。

 二人がすれ違うその瞬間、由紀は幸に向かって、わざとらしい蔑みの笑みを浮かべた。

 だが幸は、それを気に留める様子もなく、ステージ中央へと歩み出る。

 そして舞台に立ったその瞬間――
 幸の姿を見た観客たちから、ざわめきが広がった。

「……本当に美しいわ」
「モデルみたいに、すらりとしてる」

 幸の美しさを称える声が、あちこちで上がる。

 その声は、もちろん由紀の耳にも届いていた。

 見た目で自分が劣っている――その事実が、由紀の胸をざらつかせる。

 ――いいわ。
 ――どれだけの腕前があるのか、見せてもらいましょう。

 辞退せずにステージへ上がったということは、幸にも多少のピアノ経験はあるのだろう。

 由紀は、そんな程度の認識でいた。
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