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五章 朝陽の名残り、落日の影法師
十六話 左三つ巴、無双(2)
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徳川本軍に喰らい付き、決死の奮闘を続ける軍勢の後方へと、朝比奈泰勝は馬を進める。
武装は、太刀、脇差のみ。弓矢は従者に預けて置く。
敵陣を馬で突破する事を主眼に、最低限の装備だけで赴く。
無茶な戦闘行動は毎度なので、従者の方も止めやしない。
歴史に残る大軍同士の死闘が終焉に向かう中、この戦場で最も身軽な立場の武者が、単騎駆ける。
内藤隊の後方への回り込みは、容易く適った。
朝比奈以外の味方の騎馬武者が極めて少ないのは、武田の本軍を追撃して出払ってしまったからだろう。
織田の他の追撃部隊も、厄介な難敵を徳川に任せて、もっと大きな敵の首を狙って先に進んでしまう。
(よくもまあ、こんな強欲で薄情な連中と同盟を続けるな、徳川は)
朝比奈泰勝の見た所、今川の傘下にいた頃より、三河衆の負担は増えている。
(いや、選択肢がないか)
織田は十一カ国を有する、大大名。
武田が有するのは、四カ国。
単純なパワーバランスで、徳川は織田の傘下に入るしかない。
(領地を全て失うまで戦った今川より、マシか)
朝比奈泰勝は、シニカルになりそうな気持ちを、徳川の救援に切り替える。
今現在、今川家は家康の厚意に縋って生き延びている。
これ以上の没落は、本当にヤバい。
(さあて武士らしく、戦場での功名稼ぎに)
そのまま、軍配を振るう大将首・内藤昌秀へと馬を駆ろうとする前に、朝比奈泰勝は大音声で見栄を切る。
「やあやあ!! 我こそは巴御前と和田義盛が子孫、今川家の忠臣・朝比奈泰勝なり!
武田には、駿府を焼かれて追い出された遺恨あり!
その時の最高責任者である武田信玄は既に鬼籍に入った故、当時から武田のナンバー2だった実力者・内藤昌秀の首を取りに推参した!」
そう堂々と宣戦布告してから、朝比奈泰勝は騎馬で突入する。
武田の内藤隊は、既に死兵と化して奮戦していたが、この宣戦布告を耳にして、反応してしまう。
内藤昌秀本人が、徳川への攻撃に専念するように指示しても、部下たちは揺らいでしまった。
攻めに特化していたからこそ、維持出来ていた戦線が、将を守ろうと意識したせいで崩れてしまう。
攻め続ける兵と、将を守ろうと揺らいでしまった兵の間に、間隙が生まれる。
その間隙を、徳川の兵力が広げて、裁断していく。
内藤昌秀の最後の戦線が、崩れた堤防のように、決壊した。
通常なら防げていたであろう、朝比奈泰勝の突撃にも、対応しきれなくなる。
速度優先で突入した朝比奈泰勝の馬が、内藤昌秀に太刀が届く位置まで、進み切る。
内藤昌秀の側近の一人が、槍で迎撃しようとするが、朝比奈泰勝は一刀で伏す。
返す刀で本命に斬り込むと、内藤昌秀は軍配を盾にして受け止めた。
「信玄の真似か?」
「そちらが謙信のように突入してくるから」
苦笑して返す内藤昌秀に、同じく苦笑しながら、朝比奈泰勝は逆手で脇差を抜く。
内藤昌秀の意識が脇差に向いた刹那、朝比奈泰朝は軍配ごと腕を斬り飛ばす。
内藤昌秀が、膝を着く。
周囲は既に徳川の兵が殺到しており、この大金星が果たされる瞬間を、羨望の目で見届けようとしている。
手柄の横取りは、起きない。
この方面の戦いを仕切っていた本多平八郎忠勝が到着していた。
「手は出すなぁ、朝比奈殿のぉ、手柄だぁ」
周囲に命じて、朝比奈泰勝の邪魔をしないように、計らう。
この武将が見守っている場であれば、朝比奈泰勝のような余所者が望外の大金星を挙げても、手柄争いで揉めずに済む。
朝比奈泰勝は忠勝に頭を下げてから、焦らずに敵将の死に水を取る。
失血で意識が遠退く前に、内藤昌秀は朝比奈泰勝に確認をしておく。
「お主、巴御前の子孫というのは、真か?」
「真です」
斬り落とした腕と軍配を側に寄せてくれた泰勝に、内藤昌秀は失礼な事を言ってみる。
「身を寄せた主家が滅びるのに、自身が生き延びるのは、お家芸かね?」
「今川家は、まだ滅びていません。領地を追われただけです。主に武田のせいで」
「それは、失礼を、した」
辛うじて笑えた内藤昌秀の顔色が、生気が、落ちていく。
周囲には、既に徳川の生者と、武田の死者しかいない。
(遺言は、何かな…)
そんな余裕を持つ朝比奈泰勝に対し、内藤昌秀は釘を指す。
「・・まだ、何も、終わっておらぬぞ・・」
弱っても尽きかけても、芯の揺らがぬ声で、内藤昌秀は告げる。
「四郎(勝頼)は、生き延びる・・まだ、続く、ぞ」
この戦況で、圧倒的な惨敗の末に、退路を絶たれている武田の大将の脱出を、内藤昌秀は断言する。
意地でも虚勢でも予言でもない。
この歴戦の最高幹部が、そう判断している。
勝ち戦で大金星を挙げたのに、泰勝は鳥肌が立った。
(それが本当なら、駿河は未だ、解放されない)
敵と語らっている余裕は、存在していない。
朝比奈泰勝は、大金星を挙げた高揚感を冷やされて、刀を振り上げる。
介錯は、一瞬で済ませた。
武装は、太刀、脇差のみ。弓矢は従者に預けて置く。
敵陣を馬で突破する事を主眼に、最低限の装備だけで赴く。
無茶な戦闘行動は毎度なので、従者の方も止めやしない。
歴史に残る大軍同士の死闘が終焉に向かう中、この戦場で最も身軽な立場の武者が、単騎駆ける。
内藤隊の後方への回り込みは、容易く適った。
朝比奈以外の味方の騎馬武者が極めて少ないのは、武田の本軍を追撃して出払ってしまったからだろう。
織田の他の追撃部隊も、厄介な難敵を徳川に任せて、もっと大きな敵の首を狙って先に進んでしまう。
(よくもまあ、こんな強欲で薄情な連中と同盟を続けるな、徳川は)
朝比奈泰勝の見た所、今川の傘下にいた頃より、三河衆の負担は増えている。
(いや、選択肢がないか)
織田は十一カ国を有する、大大名。
武田が有するのは、四カ国。
単純なパワーバランスで、徳川は織田の傘下に入るしかない。
(領地を全て失うまで戦った今川より、マシか)
朝比奈泰勝は、シニカルになりそうな気持ちを、徳川の救援に切り替える。
今現在、今川家は家康の厚意に縋って生き延びている。
これ以上の没落は、本当にヤバい。
(さあて武士らしく、戦場での功名稼ぎに)
そのまま、軍配を振るう大将首・内藤昌秀へと馬を駆ろうとする前に、朝比奈泰勝は大音声で見栄を切る。
「やあやあ!! 我こそは巴御前と和田義盛が子孫、今川家の忠臣・朝比奈泰勝なり!
武田には、駿府を焼かれて追い出された遺恨あり!
その時の最高責任者である武田信玄は既に鬼籍に入った故、当時から武田のナンバー2だった実力者・内藤昌秀の首を取りに推参した!」
そう堂々と宣戦布告してから、朝比奈泰勝は騎馬で突入する。
武田の内藤隊は、既に死兵と化して奮戦していたが、この宣戦布告を耳にして、反応してしまう。
内藤昌秀本人が、徳川への攻撃に専念するように指示しても、部下たちは揺らいでしまった。
攻めに特化していたからこそ、維持出来ていた戦線が、将を守ろうと意識したせいで崩れてしまう。
攻め続ける兵と、将を守ろうと揺らいでしまった兵の間に、間隙が生まれる。
その間隙を、徳川の兵力が広げて、裁断していく。
内藤昌秀の最後の戦線が、崩れた堤防のように、決壊した。
通常なら防げていたであろう、朝比奈泰勝の突撃にも、対応しきれなくなる。
速度優先で突入した朝比奈泰勝の馬が、内藤昌秀に太刀が届く位置まで、進み切る。
内藤昌秀の側近の一人が、槍で迎撃しようとするが、朝比奈泰勝は一刀で伏す。
返す刀で本命に斬り込むと、内藤昌秀は軍配を盾にして受け止めた。
「信玄の真似か?」
「そちらが謙信のように突入してくるから」
苦笑して返す内藤昌秀に、同じく苦笑しながら、朝比奈泰勝は逆手で脇差を抜く。
内藤昌秀の意識が脇差に向いた刹那、朝比奈泰朝は軍配ごと腕を斬り飛ばす。
内藤昌秀が、膝を着く。
周囲は既に徳川の兵が殺到しており、この大金星が果たされる瞬間を、羨望の目で見届けようとしている。
手柄の横取りは、起きない。
この方面の戦いを仕切っていた本多平八郎忠勝が到着していた。
「手は出すなぁ、朝比奈殿のぉ、手柄だぁ」
周囲に命じて、朝比奈泰勝の邪魔をしないように、計らう。
この武将が見守っている場であれば、朝比奈泰勝のような余所者が望外の大金星を挙げても、手柄争いで揉めずに済む。
朝比奈泰勝は忠勝に頭を下げてから、焦らずに敵将の死に水を取る。
失血で意識が遠退く前に、内藤昌秀は朝比奈泰勝に確認をしておく。
「お主、巴御前の子孫というのは、真か?」
「真です」
斬り落とした腕と軍配を側に寄せてくれた泰勝に、内藤昌秀は失礼な事を言ってみる。
「身を寄せた主家が滅びるのに、自身が生き延びるのは、お家芸かね?」
「今川家は、まだ滅びていません。領地を追われただけです。主に武田のせいで」
「それは、失礼を、した」
辛うじて笑えた内藤昌秀の顔色が、生気が、落ちていく。
周囲には、既に徳川の生者と、武田の死者しかいない。
(遺言は、何かな…)
そんな余裕を持つ朝比奈泰勝に対し、内藤昌秀は釘を指す。
「・・まだ、何も、終わっておらぬぞ・・」
弱っても尽きかけても、芯の揺らがぬ声で、内藤昌秀は告げる。
「四郎(勝頼)は、生き延びる・・まだ、続く、ぞ」
この戦況で、圧倒的な惨敗の末に、退路を絶たれている武田の大将の脱出を、内藤昌秀は断言する。
意地でも虚勢でも予言でもない。
この歴戦の最高幹部が、そう判断している。
勝ち戦で大金星を挙げたのに、泰勝は鳥肌が立った。
(それが本当なら、駿河は未だ、解放されない)
敵と語らっている余裕は、存在していない。
朝比奈泰勝は、大金星を挙げた高揚感を冷やされて、刀を振り上げる。
介錯は、一瞬で済ませた。
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