5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました

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泥パックの魔王妃とショートカットの軍団長。――鏡越しに散る火花。

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 魔王軍の本陣、重厚な天幕の中。そこには、軍を指揮する者特有の張り詰めた空気ではなく、何やら煮えくり返るような不穏な熱気が渦巻いていた。ガートルードは、天幕の中央に設置された、人の背丈ほどもある軍用の大型魔導鏡の前に立っている。銀色の短くなった髪を不機嫌そうに指先で弄びながら、彼女は鏡の向こう側の光景を睨みつけていた。

 鏡に映し出されているのは、戦場の土埃とは無縁の、眩いばかりの太陽と青い海が広がる別大陸の高級リゾート地。そこでは、魔王ゼノンの妻であり、三姉妹の母であるルクレツィアが、優雅に長椅子へ身を横たえていた。

 ルクレツィアの容姿は、豊満で肉感的なガートルードとはまた違った、洗練された美しさを湛えている。柳腰のしなやかさと、無駄のない曲線美。泥パックで顔を覆っていても隠しきれない、彫刻のように整った顔立ちをした美人である。

「あーら、ガートルード。お久しぶり。……あらやだ、どうしたの? その無様な短い髪」

 鏡越しの第一声から、鋭い火花が散る。ルクレツィアは長椅子に寝そべったまま、視線だけを鏡へ向け、クスクスと喉を鳴らした。ガートルードは額に青筋を浮かべ、引きつった笑みを浮かべて答える。

「お久しぶり、ルクレツィア。これはイメチェンよ。美人は何をどうしても美人になっちゃうから、このくらいしないと変化をつけるのも一苦労なの。あなたのように、泥パックで必死に劣化を食い止めなきゃいけない人には、一生分からない悩みでしょうけど」
「イメチェンねぇ……。あんた、まだそんな軍団長なんて泥臭いことやってんの? 相変わらず物好きね」
「悪い?」
「いいえ、あんたにはお似合いよ。軍団長の『ぐ』は、愚図ぐず愚昧ぐまい、グロイの『ぐ』でしょ?」
「なんですって……! あんたがそんなリゾートで豪遊できているのも、うちの弟がその軍団を率いて必死に働いているからでしょうが!」

 ルクレツィアは鼻で笑い、自分の爪をケアしている専属の少女に「もっと丁寧に磨きなさい。安物の小石を磨いているんじゃないんだから」と尊大に注文をつけた。少女が震えながら磨き直すのを横目に、彼女は冷淡に続ける。

「ふん、あんたの情けない弟の稼ぎで、わたしの生活が賄えるわけないでしょ。ここでの費用はすべて、わたしの実家持ちよ。……で、何なの? 忙しいから、手短に要件を言ってちょうだい」

 ガートルードはこみ上げる殺意を深呼吸で抑え、リリスが戦場で見せた「大人の姿への変身」について、簡潔に話した。少女の体が急激に成長し、圧倒的な魔力を振るった事実。するとルクレツィアは、パックで固まった顔をピクリとも動かさず、至極関心なさそうに答えた。

「ああ、それね。うちの家系の特性よ」
「特性? どういうことなの」
「何かしらがきっかけで、一時的に魔力が増幅することがあるのよ。増大した負荷に耐えるため、未成年の場合は、その体が一時的に成長して、大人と同等のキャパシティを確保するの。中身(魔力)を入れすぎて、器(体)が割れないようにするための、生存本能の一種よ」
「何かしらのきっかけって?」
「激しい怒りのことが多いみたいね」
「じゃあ、あの時あの子が聞いたこともない呪文を使ったのは?」
「呪文? ……ああ、増幅した魔力を消費するための、単なるガス抜きみたいなもんよ」
「みたいなもんって……!  で、どうすれば、あの子がそれをコントロールできるようになるの?」
「さあ? 大人になればそのうち勝手にできるようになるんじゃない? 慣れよ、慣れ」
「『そのうち』じゃ困るのよ! 次にそうなったらどうすればいいのよ!?」
「どうもしなくていいわよ。今回だって現に治まったわけでしょ? 騒ぎすぎよ」
「全然過ぎてないわよ! そのせいで体中を痛めて、丸一日昏倒してたのよ! 自分の娘のことでしょ! もうちょっと真剣になりなさいよ、この不良母!」
「昏倒?」
「そうよ! ちょっとは心配になった!?」

 ルクレツィアは軽く首を振ると、

「だとしたら、リリスにはあまり変身の耐性が無いってことね。まあ、そういう子もいるから、しょうがないわ。……もういいでしょ? パックが割れるから切るわよ。さよなら」

 こともなげに言って、通信を切った。プツンッ。 鏡の光が無慈悲に消え、天幕には沈黙とガートルードの荒い呼吸だけが残された。

「……っ、し、信じられない! 何なの、あれ!? あれでも母親なの!?」

 ガートルードは怒りに任せて鏡を叩き割ろうとしたが、背後から伸びてきた大きな手が、そっとその拳を止めた。

「……落ち着いて、ガートルード」

 アルフォンスが、困ったような、しかし愛おしそうな苦笑いを浮かべて立っていた。彼はそのまま、憤慨して肩を震わせるガートルードの背を、大きな掌で優しく撫でた。

「親子関係はそれぞれさ。だが、リリスの変身が彼女の家系の特性だと分かったのは大きな収穫だ。特異体質ではないというなら、彼女に聞かなくても、古文書や魔王妃の実家の記録を調べれば、対策は見つかるだろう」
「むう……そうだけど……。でも、腹が立つわ。リリスがあんな目に遭ったのに……」

 ガートルードは不満げに唇を尖らせたが、アルフォンスの温もりに触れるうちに、次第にその尖った角が取れていくのを感じていた。

「キミは本当に優しいな、ガートルード。自分だって病み上がりなのに、姪の身を案じるなんて。その心の美しさが、キミをいつまでも輝かせているんだね」
「……っ! もう、からかわないでよ……」

 ガートルードは顔を赤くし、もじもじとアルフォンスの軍服の裾を掴んだ。先ほどまでの勇猛な軍団長の面影はどこへやら、そこには守られたいと願う一人の女の顔があった。

「……それより、アル。なんだか、まだあのエリアスの呪法の後遺症が残っているみたいなんだけどぉ……」

 彼女は上目遣いで、短くなった髪の端を指でくるくるといじりながら、アルフォンスの唇をじっと見つめた。その仕草は、百戦錬磨の軍団長が放つにしては、あまりにも「あざとい」誘いだった。

「なんだか、胸が苦しくて、呼吸がしづらいような気がするわぁ……。ねえ、これ、また『循環』が足りないんじゃないかしら?」

 アルフォンスはすべてを察し、優雅に、そして逃がさないという意思を込めて微笑んだ。彼は迷うことなく、ガートルードの細い腰をぐいと引き寄せ、その顔を近づける。

「やれやれ、それじゃあ、また特効薬を出すしかないね」

 二人の影がゆらりと重なり、天幕の外では警護の兵たちが気まずそうに視線を逸らした。幕がゆっくりと降りるように、本陣のテントの明かりが落とされ、荒野には静寂と、微かな溜息だけが溶けていった。
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