5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました

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決意の大臣ボルゴフ、魔族に導かれ「裏の支配者」への道へ。

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 王都の外縁、人目に付かない路地裏に佇む質素な一軒家。そこは大臣ボルゴフが、自らの協力者となった「元」魔王軍軍団長エリアスのために用意した隠れ家だった。卓を囲む二人の男の影が、揺れる灯火によって壁に大きく映し出されている。

 ボルゴフは苦々しい表情で、運ばれてきた茶をすすり、エリアスに向き合った。

「……ということは、現状では、魔王軍は動きようがないということか?」

 エリアスは、ひび割れた仮面のような顔の半分を指先でなぞりながら、淡々と答えた。

「ええ。第一から第四軍団は機能停止。第七軍団のガートルードも死んだか、仮に生き残っていても再起不能の重傷でしょう。第六軍団は私の軍団でした。現在、戦力として計算できるのは第五軍団だけですが……」
「『強竜軍団』だったか?」
「ええ。ですが、これは理由はよく分からないものの『不動の軍』でしてね。魔王に動かす気は全く無いのです。いわば魔王直属の護衛、あるいは予備役のような扱いです。というわけで、今の魔王軍には、人間界へ大規模な攻勢をかける余裕などありません」

 ボルゴフは「ううむ」と唸り、指先で卓を叩いた。

「勇者たちはよくやってくれたと言うべきか。まさか第一から第四軍団までを壊滅させてくれるとはな……。今思えば、その勇者たちを魔王軍側に手放したのは、ちと軽率だったかもしれん。まさか、勝手に和睦を進めるとは思わんからな。『魔王軍と和睦しないように!』などと言い含めなければいけなかったとは……いや、そんなもん考えつかんだろ!」
「呼び戻してみては?」
「勇者パーティをか?」
「ええ。現に勇者は一度は大人しく戻って来たわけですし」
「やってみてもいいが……まあ、可能性は薄いだろうな。聖女は王室というよりも聖教会から派遣されているだけだし、魔法使いは全くの民間人だ、シーフに至っては……そもそも、シーフって何だよ! なんでそんなのが勇者パーティにいるんだ! 可能性があるとしたら騎士くらいか……こいつは騎士団出身だからな」
「勇者パーティというのは、王室に忠誠を誓った戦士たちというわけではない、と?」

 エリアスは不思議そうに小首を傾げた。魔界において、勇者とは「人類の守護者」であり、国家の象徴であるはずだった。しかし、ボルゴフは鼻で笑い、吐き捨てるように言った。

「全然違う。そもそもリーダーからして、ド田舎でのびのび育った子どもだ。王室とか、この国の行く末とか、そんなもんにはこれっぽっちも興味が無いだろう。持てと言う方が無理がある。それを聖剣が選んだのだから、訳が分からんよ」
「……ただの子どもがパーティを率いて、軍団長を四人も葬ることができるとは思えませんが」
「そんなこと言われても、わしは知らんよ。あれじゃないのか、その四軍団長たちが『我が七大軍団の面汚したち』みたいな感じだったんじゃないのか?」
「まあ、確かにそういう者もいますが……。まあ、いいでしょう。それで、大臣殿、あなたの虎の子の『禁術』とやらはどうなのです?」

 エリアスが話題を転換した。ボルゴフは苦虫を噛み潰したような顔になり、研究所での問答を思い出した。

「今、調べさせている。きちんと発動できるのかどうかをな。その方も魔導に詳しいようだな。興味があるのか?」
「いや、特に無いですね」
「無いんかい!」
「私が興味があるのは、もっとこぢんまりとしたものでして、人を一瞬で死に至らしめる呪法とかそういう類です」

 ボルゴフはゾッとしながら、さらに話題を変えた。

「王は、魔王軍に降伏する文書を出せとそればかりだ。ついさっきも催促された」
「それは、それは」
「なんであんなのが国王なんだ! 信じられんよ」
「魔王軍も似たようなものですがね。保身にしか興味がない小物同士、あるいは、友情を結べるかもしれませんな」
「そんな汚いもん、見たくも無いわ!」

 ボルゴフの瞳に、暗い想念が宿る。王への忠誠心は、すでに「孫を膝に乗せたい」という王の乱心によって粉々に砕け散っていた。

「いっそ、大臣殿が王になればいいのでは」

 エリアスの言葉は、静かな室内で爆弾のように響いた。ボルゴフは沈黙し、しばらくの間エリアスを睨みつけたが、やがて力なく息を吐いた。

「…………貴公に隠しても始まらんから言うが、それも考えた。だが、ついてこんだろう、みなが。正当性が無い。簒奪者として討たれるのがオチだ。魔族は実力主義か知らんが、こっちは血縁第一だ」
「存外、大臣殿も頭が回りませんな」
「認めよう。それだからこその、現状だからな。それで? 悪口だけっていうのはやめてくれよ。続けてくれ」

 エリアスは、薄闇の中でくっくっと喉の奥で笑った。

「正当性は他の方に肩代わりしていただき、その裏で、実質的に大臣殿がこの国を運営すればいいではありませんか。いわゆる、傀儡かいらいを立てるのですよ」
「なに……」

 ボルゴフの脳裏に、一つの閃きが走った。

「いや、しかし、それは……」
「まあ、それでも成功するかどうかは賭けになりますがね。簒奪者の汚名よりも、三代に渡る忠臣としての盛名が勝っていれば、賭けはあなたの勝ちですよ」

 エリアスの言葉を聞いているうちに、ボルゴフの瞳から迷いが消え、代わりに冷徹な政治家としての輝きが戻ってくる。

「……関係各所に根回しがいるな。よし!」

 ボルゴフは勢いよく立ち上がり、マントを翻して家を出ようとした。

「一つお願いがあるのですが」

 呼び止められ、ボルゴフは足を止めた。

「なんだ?」
「この家のベッドを、もう少し大きめのものにしてはいただけませんか?」
「ベッド? 何の話だ」
「夜な夜な、この子たちが私のベッドに潜り込んで来るので、手狭で困っているのです。三人で寝るには、今のものでは少しばかり小さすぎる」

 ボルゴフは、エリアスの後ろに控えている若く美しい少女たち、ニナとセーラをチラと見た。二人は無表情ながらも、主人の背中に寄り添うように立っている。

「……手配しよう」

 ボルゴフは短く答え、足早にエリアスの家を出た。夜の冷たい空気が、彼の熱った顔を冷やしていく。

(毎晩二人の美少女たちとくんずほぐれつなどという話を聞いても、羨ましいとも思わん。わしももう年だ。一刻の猶予もならんわ。まずは魔法研究所だ)

 ボルゴフは暗い夜道を、確かな足取りで王宮へと向かった。簒奪の足音は、静かに、しかし確実にアルカディア王国の石畳を叩き始めていた。
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