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天才魔法使いの鏡ハック、映ったのは侍女の着替え
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魔王軍の野営地。勇者一行が滞在する巨大な天幕の中には、重苦しい沈黙が降りていた。魔王ゼノンから、鏡通信越しに伝えられた「人間側からの徹底抗戦の意思」という衝撃的な報告。天幕を揺らす夜風の音さえ、今は鋭い刃のように一行の神経を逆撫でしていた。
「勇者様……もしかして、わたくしたち、敵味方に別れなければならないのですか?」
リリスは不安げに、潤んだ瞳でアラタを見上げた。彼女の震える指先は、今にも彼から引き離されることを恐れる小鳥のようだった。病み上がりの蒼白い顔色が、その悲壮感をより一層引き立てている。
「安心して、リリスさん。ボクはリリスさんたちと戦う気なんか全くないよ」
アラタはリリスに真っ向から向き直り、その両手を力強く握りしめて断言した。
「誓っただろ。リリスさんを守るって。これから何があっても、ボクはリリスさんの味方だよ。アルカディアの意志がどうあれ、ボク自身の心は変わらない」
「でも……よろしいのですか? 勇者様なのに……」
「望んでなったわけじゃない。聖剣に選ばれたからなっただけだよ。もしこれで聖剣がボクを見放すっていうなら、その時は王国にお返しするよ、勇者の称号と一緒に」
「ああっ、勇者様……!」
感極まった様子でリリスが勇者の胸に顔を埋める。勇者が耳まで真っ赤になりながらそれを受け止める。周囲を完全に無視した甘い空気が天幕を満たそうとしたその時、背後から氷のような呟きが降ってきた。
「……どうも何かおかしいな」
カイトが腕を組み、冷めた目で一点を凝視していた。
「何がですの?」
エルゼが問い返す。
「王を変えて体制が変わったことを外にアピールしたいっていうのは分かる。だが、あっちの状況がよくなったわけじゃない。人間側の戦力が増強されたわけでもないのに、『最後の一兵に至るまで戦う』なんていう挑発みたいな真似をする必要は無い。普通なら、まずは時間を稼ぐはずだ」
「勢い込んでいるだけではありませんの? 新しい権力者というのは、虚勢を張りたいものですわ」
「ならいいが……気になるな」
カイトは立ち上がり、愛用のナイフを指先で器用に回した。その瞳には、獲物を狙う獣のような鋭さが戻っている。
「もう一回王都まで行って、調べてくるわ」
「ちょっと待ちなよ、カイト」
魔法使いのリンがそれを止めた。
「あっちからしたら、私たちは許可なく勝手に和睦を進めたお調子者扱いだろうからさ、今行ったら即座に捕まるのがオチだよ」
「この前だって行って帰って来ただろうが。オレは捕まるようなヘマはしねえ」
「『オレは捕まるようなヘマはしねえ』。……それが、カイトの最後の言葉だった」
「勝手に殺すな!」
リンはふふん、と得意げに笑った。
「要は王都の状況が分かればいいんでしょ? わたしさ、姫様付きの侍女に知り合いがいんのよ。その子に直接聞いてみるわ」
「聞いてみるって……どうやって? 伝書バトでも飛ばすのか?」
「甘いね、カイト」
リンは呪文を口ずさみながら、姿見に向かって手をかざした。鏡面が水面のように激しく波打ち、青白い光を放ち始める。
「わたしもセシルから習ったんだ、鏡通信。で、理屈は分かったから、ちょっと改良してさ。特定の鏡にじゃなくて、知り合いが持っている鏡だったらどの鏡とも通信できるようにしてみたの」
「それ……『ちょっと』どころではありませんわ。リンさん、あなた実はとんでもない天才ですの?」
エルゼの驚愕の声に、リンが、「いやいや天才だなんて、そんなことないって」と謙遜すると、鏡の像が鮮明に結ばれた。
「おっ、映った!」
だが、映し出されたのは予想外の光景だった。鏡の向こう側は、王宮の侍女たちの更衣スペースのようだった。一日の任務を終え、無防備に下着姿で着替えをしている少女たちの姿が、鮮明に映し出されている。
「……うわっ」
カイトが素早く目を逸らし、壁を向く。
「な、ななな、なんだああっ!」
アラタが顔を真っ赤にして叫び、それより早くリリスが「見ちゃダメです!」と自分の手で彼の目を塞いだ。
一方、鏡の向こう側でも異変が察知された。侍女たちが一斉に鏡(カメラ)の視線に気づき、悲鳴が上がる。
「きゃああああ! 誰よ!」
「覗き魔!? いくらわたしが可愛い過ぎるからって!?」
「いいから服着なさいよ!」
「それ、わたしのよ!」
混乱の中、眼鏡をかけた筆頭侍女が、冷静に鏡を凝視した。
「……リン? リンじゃないの?」
「おひさー、クラリス」
「無事なの?」
「ピンピンしているよ、そっちは?」
「死に損なったけど、何とかね。……見ての通り、職場環境は最悪だけど」
クラリスと呼ばれた侍女は、素早く上着を羽織ると、周囲の侍女たちを追い出した。リンは単刀直入に切り出す。
「クーデターのこと教えて。何で、新しい王女はあんなにイキってんの?」
「イキってるのは、王女じゃなくて、大臣よ」
クラリスは声を潜め、鏡越しに王都の惨状を語り始めた。国王とシャルロット姫が追放されたこと。大臣が全権を掌握したこと。王家の血を引く謎の「美少女」を新たな象徴に据えたこと。魔法研究所で「禁呪」の準備をさせていること。
「さらに姫様……いえ元姫様によると、大臣は、エリアスという魔族まで招き入れたみたい。もう何が何だか」
「なるほどね……」
リンがカイトを見る。カイトは黙って頷いた。大臣の異常な強気、その根拠は「自爆覚悟の最終兵器」にあったのだ。
鏡の映像がノイズ混じりに乱れ始めた。
「あっ、時間が来ちゃった。ありがとう、クラリス」
「久しぶりに話せてよかったわ」
「今度お茶しようよ。お互い、生きてたら」
「奢ってよね。こっちはお給金は期待できそうにないから」
映像がプツンと切れた。鏡は再び、暗い天幕の中を映し出すだけの無機質なガラスへと戻った。
「ねえ、リン。今、侍女の人、魔族の『エリアス』って言った?」
勇者の目から手を離したリリスが訊いた。
「勇者様……もしかして、わたくしたち、敵味方に別れなければならないのですか?」
リリスは不安げに、潤んだ瞳でアラタを見上げた。彼女の震える指先は、今にも彼から引き離されることを恐れる小鳥のようだった。病み上がりの蒼白い顔色が、その悲壮感をより一層引き立てている。
「安心して、リリスさん。ボクはリリスさんたちと戦う気なんか全くないよ」
アラタはリリスに真っ向から向き直り、その両手を力強く握りしめて断言した。
「誓っただろ。リリスさんを守るって。これから何があっても、ボクはリリスさんの味方だよ。アルカディアの意志がどうあれ、ボク自身の心は変わらない」
「でも……よろしいのですか? 勇者様なのに……」
「望んでなったわけじゃない。聖剣に選ばれたからなっただけだよ。もしこれで聖剣がボクを見放すっていうなら、その時は王国にお返しするよ、勇者の称号と一緒に」
「ああっ、勇者様……!」
感極まった様子でリリスが勇者の胸に顔を埋める。勇者が耳まで真っ赤になりながらそれを受け止める。周囲を完全に無視した甘い空気が天幕を満たそうとしたその時、背後から氷のような呟きが降ってきた。
「……どうも何かおかしいな」
カイトが腕を組み、冷めた目で一点を凝視していた。
「何がですの?」
エルゼが問い返す。
「王を変えて体制が変わったことを外にアピールしたいっていうのは分かる。だが、あっちの状況がよくなったわけじゃない。人間側の戦力が増強されたわけでもないのに、『最後の一兵に至るまで戦う』なんていう挑発みたいな真似をする必要は無い。普通なら、まずは時間を稼ぐはずだ」
「勢い込んでいるだけではありませんの? 新しい権力者というのは、虚勢を張りたいものですわ」
「ならいいが……気になるな」
カイトは立ち上がり、愛用のナイフを指先で器用に回した。その瞳には、獲物を狙う獣のような鋭さが戻っている。
「もう一回王都まで行って、調べてくるわ」
「ちょっと待ちなよ、カイト」
魔法使いのリンがそれを止めた。
「あっちからしたら、私たちは許可なく勝手に和睦を進めたお調子者扱いだろうからさ、今行ったら即座に捕まるのがオチだよ」
「この前だって行って帰って来ただろうが。オレは捕まるようなヘマはしねえ」
「『オレは捕まるようなヘマはしねえ』。……それが、カイトの最後の言葉だった」
「勝手に殺すな!」
リンはふふん、と得意げに笑った。
「要は王都の状況が分かればいいんでしょ? わたしさ、姫様付きの侍女に知り合いがいんのよ。その子に直接聞いてみるわ」
「聞いてみるって……どうやって? 伝書バトでも飛ばすのか?」
「甘いね、カイト」
リンは呪文を口ずさみながら、姿見に向かって手をかざした。鏡面が水面のように激しく波打ち、青白い光を放ち始める。
「わたしもセシルから習ったんだ、鏡通信。で、理屈は分かったから、ちょっと改良してさ。特定の鏡にじゃなくて、知り合いが持っている鏡だったらどの鏡とも通信できるようにしてみたの」
「それ……『ちょっと』どころではありませんわ。リンさん、あなた実はとんでもない天才ですの?」
エルゼの驚愕の声に、リンが、「いやいや天才だなんて、そんなことないって」と謙遜すると、鏡の像が鮮明に結ばれた。
「おっ、映った!」
だが、映し出されたのは予想外の光景だった。鏡の向こう側は、王宮の侍女たちの更衣スペースのようだった。一日の任務を終え、無防備に下着姿で着替えをしている少女たちの姿が、鮮明に映し出されている。
「……うわっ」
カイトが素早く目を逸らし、壁を向く。
「な、ななな、なんだああっ!」
アラタが顔を真っ赤にして叫び、それより早くリリスが「見ちゃダメです!」と自分の手で彼の目を塞いだ。
一方、鏡の向こう側でも異変が察知された。侍女たちが一斉に鏡(カメラ)の視線に気づき、悲鳴が上がる。
「きゃああああ! 誰よ!」
「覗き魔!? いくらわたしが可愛い過ぎるからって!?」
「いいから服着なさいよ!」
「それ、わたしのよ!」
混乱の中、眼鏡をかけた筆頭侍女が、冷静に鏡を凝視した。
「……リン? リンじゃないの?」
「おひさー、クラリス」
「無事なの?」
「ピンピンしているよ、そっちは?」
「死に損なったけど、何とかね。……見ての通り、職場環境は最悪だけど」
クラリスと呼ばれた侍女は、素早く上着を羽織ると、周囲の侍女たちを追い出した。リンは単刀直入に切り出す。
「クーデターのこと教えて。何で、新しい王女はあんなにイキってんの?」
「イキってるのは、王女じゃなくて、大臣よ」
クラリスは声を潜め、鏡越しに王都の惨状を語り始めた。国王とシャルロット姫が追放されたこと。大臣が全権を掌握したこと。王家の血を引く謎の「美少女」を新たな象徴に据えたこと。魔法研究所で「禁呪」の準備をさせていること。
「さらに姫様……いえ元姫様によると、大臣は、エリアスという魔族まで招き入れたみたい。もう何が何だか」
「なるほどね……」
リンがカイトを見る。カイトは黙って頷いた。大臣の異常な強気、その根拠は「自爆覚悟の最終兵器」にあったのだ。
鏡の映像がノイズ混じりに乱れ始めた。
「あっ、時間が来ちゃった。ありがとう、クラリス」
「久しぶりに話せてよかったわ」
「今度お茶しようよ。お互い、生きてたら」
「奢ってよね。こっちはお給金は期待できそうにないから」
映像がプツンと切れた。鏡は再び、暗い天幕の中を映し出すだけの無機質なガラスへと戻った。
「ねえ、リン。今、侍女の人、魔族の『エリアス』って言った?」
勇者の目から手を離したリリスが訊いた。
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