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魔王ゼノンの絶望。――勇者軍団、実は全員が「個人事業主」だった説。
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魔王城の玉座の間。重厚な石造りの壁には歴代魔王の肖像画が並び、かつては恐怖と威厳の象徴であったこの場所も、今はただ、冷ややかな沈黙が支配していた。玉座に深々と腰を下ろしたゼノンは、手元の胃薬を水なしで飲み込み、部下からの報告を待っていた。
「ご報告します、陛下」
静寂を破り、伝令の部下がひざまずいて声を上げた。その手には、人間側から届いたばかりの、封蝋の施された立派な書簡が握られている。
「うむ。苦労であった」
ゼノンは努めて落ち着いた声を出し、部下から書簡を受け取った。
(ついに来たか、和平の具体案が。さては、婿殿――もとい勇者アラタを正式に差し出す代わりに、不可侵条約でも結ぼうという腹だな?)
ゼノンはふふふん、と鼻歌交じりに封を切り、親書を開いた。最愛の妻ルクレツィアからも「娘の道」について許可を得た(と思い込んでいる)今の彼にとって、この親書は輝かしい未来への招待状に他ならなかった。
「なになに? 『光り輝く聖王国アルカディア王女が、暗愚なる蛮夷の主に書を致す』か……。ふふ、なかなか、ふるった書き出しだな。まあ、人間の王族としての面子というやつだろう。これくらいは笑って許してやろうじゃないか」
だが、読み進めるうちに、ゼノンの顔から余裕が消えていった。書面には、にわかには信じがたい内容が連なっていた。
第一に、国王が交代し、新体制へと移行したこと。第二に、現在の和睦交渉は勇者が独断で先走ったものであり、王国政府は一切関知していないこと。そして第三に、わが聖王国は魔族に対し、最後の一兵に至るまで死力を尽くして戦い抜く決意であること。
つまり、それは和睦の提案などではなく、徹底抗戦を誓う「再度の宣戦布告」であった。
「ど、ど、ど、どういうことだ! これは!」
ゼノンは弾かれたように立ち上がり、玉座の周りを狼狽して歩き回り始めた。手に持った親書が、激しい震えでカサカサと音を立てる。
「最後の一兵に至るまで、だと!? さ、最後の一兵って……七百人以上の勇者が残っているんだろう!? し、しかし、リーダーであるはずの勇者殿は、今まさに我が軍の野営地でリリスちゃんとイチャついているんだぞ! なぜ、トップが不在なのに、改めて抗戦の意志を示してくるんだよ!」
冷や汗が滝のように流れ落ち、豪華なマントを濡らしていく。ゼノンは必死にこの矛盾した状況を解釈しようと、脳をフル回転させた。
(おかしい。普通、トップがいなくなれば軍は瓦解するはずだ。なのに、あいつらは戦いをやめようとしない。それどころか、今まで以上に過激になっている……)
暗雲が立ち込める思考の中で、ゼノンはある恐ろしい可能性に辿り着いた。
「……いや、待てよ。まさか、勇者というのはあいつら一人一人が、独立した『個人事業主』みたいな存在なのか!?」
そうだ、そうに違いない。ゼノンの脳内で、論理の飛躍を含んだ恐ろしい推論が、パズルのピースがはまるように組み立てられていく。
「勇者パーティというのはただの緩やかな互助会で、リーダーがいなくなっても他の連中には一切関係ないんだ! あいつらは全員が社長で、全員が魔王(わたし)の首を狙う、歩合制フリーランスの暗殺者軍団なんだ!」
最悪のイメージがゼノンの脳裏を黒く塗りつぶす。勇者。勇者。勇者。勇者。 窓の外、広大な魔王城の敷地を隙間なく埋め尽くす、総勢七百人の「個人事業主(勇者)」たち。彼らは統制の取れた軍隊ではない。各々が己の利益と実績のために、無表情に聖剣を抜き放ち、一斉に「これ、経費で落ちますかね?」と言わんばかりの冷酷な瞳でこちらを睨みつけている光景――。
「ひ、ひいいっ! 七百人の勇者による一斉攻撃なんて受けたら、この城どころか大陸ごと消し飛ぶぞ!」
ゼノンの顔面は、瞬く間に土気色を通り越して真っ白になった。リーダーとの婚姻で平和を勝ち取ったつもりでいた魔王は、今、自らが「七百人の刺客」の標的にされているという、壮大かつ悲劇的な勘違いのどん底に突き落とされたのである。
アルカディア王都で「国家経営」を始めた大臣ボルゴフの意図とは裏腹に、魔王城の玉座には、見えない七百人の聖剣に怯える、哀れな独裁者の悲鳴がこだましていた。
「ご報告します、陛下」
静寂を破り、伝令の部下がひざまずいて声を上げた。その手には、人間側から届いたばかりの、封蝋の施された立派な書簡が握られている。
「うむ。苦労であった」
ゼノンは努めて落ち着いた声を出し、部下から書簡を受け取った。
(ついに来たか、和平の具体案が。さては、婿殿――もとい勇者アラタを正式に差し出す代わりに、不可侵条約でも結ぼうという腹だな?)
ゼノンはふふふん、と鼻歌交じりに封を切り、親書を開いた。最愛の妻ルクレツィアからも「娘の道」について許可を得た(と思い込んでいる)今の彼にとって、この親書は輝かしい未来への招待状に他ならなかった。
「なになに? 『光り輝く聖王国アルカディア王女が、暗愚なる蛮夷の主に書を致す』か……。ふふ、なかなか、ふるった書き出しだな。まあ、人間の王族としての面子というやつだろう。これくらいは笑って許してやろうじゃないか」
だが、読み進めるうちに、ゼノンの顔から余裕が消えていった。書面には、にわかには信じがたい内容が連なっていた。
第一に、国王が交代し、新体制へと移行したこと。第二に、現在の和睦交渉は勇者が独断で先走ったものであり、王国政府は一切関知していないこと。そして第三に、わが聖王国は魔族に対し、最後の一兵に至るまで死力を尽くして戦い抜く決意であること。
つまり、それは和睦の提案などではなく、徹底抗戦を誓う「再度の宣戦布告」であった。
「ど、ど、ど、どういうことだ! これは!」
ゼノンは弾かれたように立ち上がり、玉座の周りを狼狽して歩き回り始めた。手に持った親書が、激しい震えでカサカサと音を立てる。
「最後の一兵に至るまで、だと!? さ、最後の一兵って……七百人以上の勇者が残っているんだろう!? し、しかし、リーダーであるはずの勇者殿は、今まさに我が軍の野営地でリリスちゃんとイチャついているんだぞ! なぜ、トップが不在なのに、改めて抗戦の意志を示してくるんだよ!」
冷や汗が滝のように流れ落ち、豪華なマントを濡らしていく。ゼノンは必死にこの矛盾した状況を解釈しようと、脳をフル回転させた。
(おかしい。普通、トップがいなくなれば軍は瓦解するはずだ。なのに、あいつらは戦いをやめようとしない。それどころか、今まで以上に過激になっている……)
暗雲が立ち込める思考の中で、ゼノンはある恐ろしい可能性に辿り着いた。
「……いや、待てよ。まさか、勇者というのはあいつら一人一人が、独立した『個人事業主』みたいな存在なのか!?」
そうだ、そうに違いない。ゼノンの脳内で、論理の飛躍を含んだ恐ろしい推論が、パズルのピースがはまるように組み立てられていく。
「勇者パーティというのはただの緩やかな互助会で、リーダーがいなくなっても他の連中には一切関係ないんだ! あいつらは全員が社長で、全員が魔王(わたし)の首を狙う、歩合制フリーランスの暗殺者軍団なんだ!」
最悪のイメージがゼノンの脳裏を黒く塗りつぶす。勇者。勇者。勇者。勇者。 窓の外、広大な魔王城の敷地を隙間なく埋め尽くす、総勢七百人の「個人事業主(勇者)」たち。彼らは統制の取れた軍隊ではない。各々が己の利益と実績のために、無表情に聖剣を抜き放ち、一斉に「これ、経費で落ちますかね?」と言わんばかりの冷酷な瞳でこちらを睨みつけている光景――。
「ひ、ひいいっ! 七百人の勇者による一斉攻撃なんて受けたら、この城どころか大陸ごと消し飛ぶぞ!」
ゼノンの顔面は、瞬く間に土気色を通り越して真っ白になった。リーダーとの婚姻で平和を勝ち取ったつもりでいた魔王は、今、自らが「七百人の刺客」の標的にされているという、壮大かつ悲劇的な勘違いのどん底に突き落とされたのである。
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