5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました

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王を助け恩を売る。――次女エルゼが示した「逆転劇」

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 魔王軍の野営地、リリスの私室。甘い香の煙が揺らめく中、彼女は腕を組み、天幕の中を行ったり来たりしていた。

 禁呪に関する聖女セシルの分析――「料理未経験者にフルコースは無理」という辛辣な見解が正しいとするならば、ここからのリリスの打ち手は、アルカディア王国の運命を決定づける極めて重要なものとなる。

 最速かつ最も確実な解決策は、第七軍団を動かして一気に人間の王城を攻略することだ。元凶である大臣とエリアスを捕らえ、そのまま大陸を魔王領として併合してしまえばいい。守るべき国がなくなれば、勇者も「人類の守護者」としての役割から解放され、完全にお役御免となる。

 そうなれば、初めの「貢ぎ物」としての結婚ではなく、対等な愛の形として――あるいは勝利者の特権として――勇者と結ばれることができるはずだ。結婚に関しては、伯母のガートルードにはすでに話が通っているし、なんとかなるだろう、とリリスは楽観視していた。

 しかし、この武力制圧案には看過できない問題が三つある。

 一つ目は、第七軍団を動かすには病み上がりの伯母を働かせなければならないこと。本人はアルフォンスとの「特効薬」でピンピンしているように見えるが、それが本当なのか、あるいは強がりなのか。可愛い姪として、これ以上の心労をかけるのは忍びない。

 二つ目は、父である魔王ゼノンに「七百七十七人の勇者軍」が真っ赤な嘘であることを白状しなければならないこと。嘘がバレれば、今のゼノンとの関係が一気に危うくなり、最悪の場合、魔王から「嘘つき娘」として勘当されかねない。父と縁が切れても何とも思わないが、無一文で放り出されるのは困る。

 そして三つ目。これが最も大きな懸念だが、いくら勇者になったのが本意ではないとしても、さすがに、祖国を魔力で蹂躙されて勇者が喜ぶはずがないということだ。彼との間に消えない亀裂が入る恐れがある。

「うーん……」

 リリスは天幕の中で腕を組み、唸った。こういう時、最も頼りになる相談相手は次女のエルゼだ。三女のミーナは直感こそ鋭いが、複雑な利害関係が絡む政治の話には向いていない。

「どう思う、エルゼ?」
「やはり当初の案で行くべきでしょうね」

 エルゼは読みかけの魔導書をパタンと閉じ、冷静に答えた。

「と言うと?」
「人間たちとの講和です」
「でも、あっちの現政権はヤる気満々なのよ? 『最後の一兵に至るまで』なんて、物騒なこと言ってるし」
「だからこそ、城を追われた『正統な』王と王女を助け出し、彼らを城に戻すのですわ」
「…………なるほど」

 リリスの目が輝いた。

 クーデターによって追い出された王を魔王軍が支援し、復権させる。恩を売られた王は、魔王軍に対して頭が上がらなくなるだろう。そうなれば、こちらの要求をすべて飲ませた上での有利な講和が可能になる。

「彼らがいる場所は分かるの?」
「わたくしには分かりませんが、セシルならリン経由で、王女の逃走場所を聞き出せるはずですわ。リンはあちらの王女付きの侍女と連絡が取れるようですから」
「決まりね。それで行くわ! 早速、リンに連絡を取りましょう!」

 リリスがパンと手を叩くと、エルゼはふっと口角を上げ、意味ありげな笑みを浮かべた。

「さすがにお姉さまは寛大ですわね。感服いたしましたわ」
「えっ? 何よいきなり。まあ、人並みには寛大だと思うけど……」

 思いがけない褒め言葉に、リリスは少し照れながら頬をポリポリと掻いた。

「だって、人間の姫を助けるということは、勇者様とあの王女を再び引き合わせるということでしょう? そのリスクを承知で助ける決断を下すお姉さまの度量の大きさ……わたくしにはとても真似できませんわ」
「…………」

 リリスの動きが完全に止まった。

 思考回路がショートし、天幕の空気が凍りつく。

(……あ。忘れてた。王女が「勇者様と出来ちゃった」的なことを言ってたの)

「も、モチロンよ。な、なにせ勇者様は、わたしのことが好きなのだから! 少々顔を合わせるくらい、どうということはないわ! わたしと勇者様の愛の絆は、そんなことで揺らぐほどもろくはないもの!」

 リリスは声を裏返らせながら必死に強がった。しかし、エルゼは容赦なく追撃を加える。

「でも、普通に考えたらあちらは同じ人間同士。しかも勇者と姫……これ以上お似合いのカップルはいませんけれどね。物語なら、ここで王女様が『どうかわたくしの元にとどまってください。わたくしにはあなたしかいないのです!』と涙ながらに泣きついて、勇者様が『やっぱり放ってはおけない!』となって、そのまま焼けぼっくいに火が……というのが王道の展開ですわ」
「……エルゼ」
「はい、お姉さま」
「あなた、意地悪って言われない?」
「たまに言われますけれど、それがわたくしですから」

 エルゼは優雅に一礼すると、再び本を開き、目を落とした。

 リリスは「余裕よ、余裕に決まってるじゃない!」と自分に言い聞かせながらも、心中では(王女は逃走中にどっかの谷底にでも落ちててくれないかな……)と、少しも寛大ではないことを考え始めていた。
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