5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました

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善政という名の壁を突き破る、少女たちの暗殺計画

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 魔王軍の野営地、リリスの私室としてあてがわれている広々とした天幕の中。

 魔法使いリンとの鏡通信がプツリと切れ、鏡面から青白い魔力の光が失われると、空間には再び夜風の音だけが戻ってきた。

 リリスは、まるでひどく苦い薬草を噛み潰したかのような顔で、天幕の布張りの天井を仰いだ。彼女の精緻な頭脳が弾き出していた完璧な戦略図が、音を立てて崩れ去っていくのを感じていた。

「……これは、あまりうまくないわね」

 深い溜息とともに絞り出されたその一言に、天幕の隅でせっせと針を動かしていた聖女セシルが顔を上げた。

「意外な展開ねえ。王都が活気づいて、新政権の支持率が九〇パーセント超え?」

 セシルは呆れたような、それでいてどこか面白がるような響きを含ませて言った。手元では、真っ白な布地に赤い糸が通されていく。

「まさか、クーデター軍の方が評判がいいなんてこと、普通あります? 奪い取った側ですよ。正統な血筋を追い出して、武力で政権を握った簒奪さんだつ者ですのよ?」

 リリスが納得がいかないというように声を荒げると、セシルは肩をすくめた。

「普通は簒奪者ってイメージ悪いよねぇ。でも、いかに前王がクソ――おっと、神よ許したまえ――だったのかってことだよね。国民にとっては、王室の正義や血統の正しさよりも、明日のパンと有給休暇ってわけね。減税されて、給料が上がって、おまけに新しい王様は可憐な美少女。そりゃあ、支持も集まるわ」

 セシルの身も蓋もない言葉に、リリスは腕を組んで深く考え込んだ。

 彼女が密かに描いていたシナリオは、「暴政とクーデターに苦しむ哀れな民衆を、魔王の娘と勇者が手を結んで救済する『解放軍』」というロマンチックかつ完璧な大義名分だった。魔王軍内で正式な「軍師」の地位に就いているわけではないが、彼女はこの陣営の事実上の頭脳として、勇者アラタの心を掴みつつ民衆からの喝采を浴びる算段を立てていたのだ。

 しかし、現実は「超優良ホワイト国家への変貌」である。

 仮に、田舎で泥にまみれているであろう前王を無理やり玉座に戻したとしても、一度「豊かな生活」を知ってしまった民衆の不満が爆発するのは火を見るより明らかだ。暴動が起き、またすぐに次のクーデターが起こるだけだろう。

 それならいっそ、民衆から支持されている現政権の大臣を正統な指導者として認め、彼と講和を結べば、この不毛な戦争も終わるのではないか。

「……いえ、無理ね。あの大臣は、魔族を不倶戴天の敵と見なしている。そして何より、エリアスが懐刀ふところがたなとして付いているわ。あいつが平和的な解決を許すはずがない」

 打つ手なしか。リリスが頭を抱えそうになったその時、これまで黙って状況を聞いていた次女のエルゼが、冷ややかな声で言った。

「一つ、簡単な解決策がありますわよ、お姉さま」

 彼女は手元の分厚い魔導書から視線を上げることなく、まるで明日の朝食のメニューを提案するかのような平坦なトーンで告げた。

「……聞くわ」
「大臣が新政権に正当性を持たせているのは、ひとえにあの新たな王女を擁立しているからですわ。血統の端くれとはいえ、王家の血を引く象徴が玉座にいるからこそ、民衆も騎士団も納得して従っている」

 エルゼはそこで一拍置き、ページをめくる音だけを天幕に響かせた。

「もしも、その王女がいなくなれば、現政権はただの臣下による武力行使と権力簒奪となり、瞬時に正当性を失います」
「いなくなる……暗殺、ということ?」
「はい」

 リリスとエルゼは、数秒間、無言で見つめ合った。

 外から聞こえる風の音だけが、姉妹の間に落ちた冷たい沈黙を際立たせている。

「……こわっ! 我が妹ながら、考えることがエグすぎじゃない!?」

 リリスが思わず一歩引いてドン引きした声を上げると、エルゼもまた、自分の両頬に手を当てて戦慄してみせた。

「実はわたくしも、今そう思いました! われながら、なんて鬼畜な発案ですの! 恐ろしい、恐ろしすぎますわ!」
「だよね!? マジかって思ったもん。暗殺って、あんた……」
「でも、古来より暗殺は、最も効率的で被害の少ない政権転覆の常套手段ですわ。お姉さまも、書庫にある歴史書で嫌というほど読んできたはずでしょう?」
「それはそうだろうけどさぁ。……何の罪も無い子をさあ……。政治の道具にされているだけの傀儡かいらいを手に掛けるなんて、いくらなんでも寝覚めが悪すぎるわ」

 リリスは眉尻を下げ、良心の呵責に耐えかねるように首を振った。だが、エルゼは魔導書の陰から、すべてを見透かすようなジト目で姉を見つめた。

「そんなこと言って、実はお姉さまも一瞬、同じことを考えていたんじゃないですか?」
「そんなわけないでしょう。無い、無いわよ。ゼロよ」
「本当ですかぁ?」
「ホント、ホント。全然考えてないわ。そんな血なまぐさいこと、この可憐なわたくしの脳裏をかすめもしなかったわよ」

 そう即座に否定しながらも、リリスの明晰な頭脳は、すでに全く別の方向へと滑り出していた。

(……恋と戦争においては、あらゆる手段が許される。新王女を排除すれば、政権が瓦解するだけでなく、勇者様に近づく可能性のある不届きな虫を事前に駆除できる。あの嘘つきシャルロット姫はともかく、リンの報告によれば、新たに擁立された王女は信じられないほどの可憐な美少女だという噂らしい。勇者に姫の取り合わせは危険すぎる……そんな厄介なヒロイン候補がいなくなれば、勇者様は名実ともにわたくしだけのものに……)

 いけないいけない、とリリスはぶんぶんと頭を振った。相手は自分より年下の、何の罪もない少女なのだ。だが、参謀役を気取る彼女の冷静な脳細胞と、恋する乙女としての独占欲が、エルゼの提案の有効性を着々と計算し始めているのも事実だった。

「やった、できたぁ!」

 張り詰めた空気と、黒い思惑が交差する天幕の中に、不意に、底抜けに明るい歓声が響いた。

 声の主はセシルである。彼女の手元には、真新しい白い布地が広げられていた。

「見て見て、ほら! 結構うまくない!」

 セシルが無邪気な笑顔で見せびらかしたその布には、バラの刺繍が完成していた。不吉なことに、その真紅のバラは、初心者とは思えないほど精緻なものであり、花びらの複雑な重なりから棘のある細い茎に至るまで、見事な美しさで表現されていた。
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