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第8話
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それから数日後、曇り空の下、体育祭当日がやってきた。厳かな雰囲気の中で実行委員による選手宣誓と準備体操が終わると、一気に賑やかしい雰囲気に包まれる。
音楽、スターターピストルの音、湧き上がる声。それらが混ざりあってこだまするように響いていた。
(この感じ、懐かしい)
道化師のギャロップをBGMにピストルの音がして、100m走が始まる。愛花が一人ぼんやりとクラスメイトを目で追っていると、端に佐倉の駆けていく姿を捉えた。
二位との差をどんどんと広げていき、鮮やかにゴールテープを切る。佐倉は、ワーッと上がる歓声を気にする様子もなく、1の旗の列に並ぶと、きょろきょろと辺りを見て何かを探していた。やがて視線を止め、眉間にしわを寄せて唇を尖がらせた。
視線の先にいた藤堂は、そんな様子に目をくれるでもなく、クラスの男子たちとふざけあっている。
(二人三脚は次の次か。そろそろ行こう)
佐倉たちの様子を尻目に、足を繋ぐ紐を持って入場門へと向かっていると、聞き覚えのある声が呼び止める。振り返ると、柚木が頬をポリポリと掻いて立っていた。
「こんな手を使ってしまって、なんていうか」
歯切れが悪いながらも、言葉を選ぶように紡ぐ。話を聞くと、どうもパートナーを予定していた子と交代してもらったのだとか。
つまり、柚木と走ることになったと。
「久しぶりだね」
なんて言っていいか分からずに出たとは言え、第一声がこれって。
(ちょっと厭味ったらしかったかな)
後悔して次の言葉を探しあぐねていると、柚木が口を開く。
「あれから、みおりんと話した」
「で?」
感情がうまく乗らないままに発せられた愛花の声は、バックで流れる音楽と歓声に簡単に埋もれてしまう。
「このままなら絶交するって、宣言してきた」
柚木の声は、いつもの賑やかしい感じはなく、低調子でわずかに震えているようだった。
「こんなこと言っても、もとに戻れるなんて虫のいい話はないと思ってる」
でも、と言葉を続ける。
「叶うことなら、私は愛花ちゃんとまた仲良くしたい」
撫でるように吹いていた風が止むと、遮られていた光が差し込む。紐を巻きつけながら聞いていた私は、胸のうちを確かめるようにぎゅっと固く結んだ。そして、一呼吸置いてから口を切る。
「引っ掻き回されてほんととんでもないことしてくれたよね」
ちらりと見上げると、泣きそうな顔をしてしょんぼり項垂れる柚木が目に映っていた。
「でも、悪気がないってのもちゃんと分かってるつもりだから」
午前の部が終わったら一緒にお昼のお弁当食べよう。
そう続けながら立ち上がって、ニカッと笑ってみせた。
* * *
昼食を柚木と二人で取ってから、お手洗いに寄って一人で戻る途中のこと。窓から水島の姿を見つける。
(あれ……来てたんだ)
姿を見なかったし、こういうお祭りごとを好むイメージがなかったから、てっきり来ていないものだと思っていた。
部室に続く通路の付近に座り込んで何かをしている。左にはコンビニ袋が下がっていて、右には何かを持っていた。
(出番まで少しあるし)
気づいたら階段を駆け下りて声を掛けていた。
「水島くん」
振り返る水島は少し驚いた顔をしているようにみえた。
「何、してるの?ってか、来てたんだね」
我がことながら、驚くほどスルスルと言葉が出てくる。
「なんだ高野か……」
そのとき、水島の足元に何かがまとわりついて鳴く。それは茶色い猫だった。
「猫?」
「それ以外に見えるか?」
「見えない。ここで飼ってるの?」
水島は少し黙って間を置いてから、ぼそりと言った。
「家じゃ飼えないから」
でも気になるから来ていると。そういうことなのだろうか。よくよく記憶を辿ると、これまでにも何度かこの場で彼を見かけている。
「ここによくいたのって、この子がいるからだったりして?」
水島は愛花の問いに静かに頷く。
「そっか。約束は出来ないけど、うちで飼えるか、親に聞いてみようか?」
その提案に百面相したのちにキラリと瞳が輝くと、ゆっくりと首を縦に振って、「お願い、します」と消え入りそうな声で言った。
* * *
閉会式を終え、皆が各々教室を目指していく中、愛花と柚木は並んでその流れに身を任せていた。
そのとき、藤堂らしき姿を見つける。
これはまたとないチャンス。せめて一言だけでも言葉を交わしたい一心で近づく。
すると、校舎の陰にいたもう一人の姿を見て足を止めた。
「私はこんなに好きなのに、どうして和樹は……」
「どうしてって言われても応えられないものは応えられない……美織は雄介と三人でバカやって、笑って、そんなんじゃダメなんだろ?」
「もういい。和樹なんてもう知らない!」
泣いているのだろうか。両手で顔を押さえてグスグスと鼻をすする佐倉が駆けだす。
愛花と肩スレスレのところですれ違ったが、気づいているのか定かではなかった。
残った藤堂は動く様子なく、苦虫を噛み潰したような顔をして佇んでいた。
音楽、スターターピストルの音、湧き上がる声。それらが混ざりあってこだまするように響いていた。
(この感じ、懐かしい)
道化師のギャロップをBGMにピストルの音がして、100m走が始まる。愛花が一人ぼんやりとクラスメイトを目で追っていると、端に佐倉の駆けていく姿を捉えた。
二位との差をどんどんと広げていき、鮮やかにゴールテープを切る。佐倉は、ワーッと上がる歓声を気にする様子もなく、1の旗の列に並ぶと、きょろきょろと辺りを見て何かを探していた。やがて視線を止め、眉間にしわを寄せて唇を尖がらせた。
視線の先にいた藤堂は、そんな様子に目をくれるでもなく、クラスの男子たちとふざけあっている。
(二人三脚は次の次か。そろそろ行こう)
佐倉たちの様子を尻目に、足を繋ぐ紐を持って入場門へと向かっていると、聞き覚えのある声が呼び止める。振り返ると、柚木が頬をポリポリと掻いて立っていた。
「こんな手を使ってしまって、なんていうか」
歯切れが悪いながらも、言葉を選ぶように紡ぐ。話を聞くと、どうもパートナーを予定していた子と交代してもらったのだとか。
つまり、柚木と走ることになったと。
「久しぶりだね」
なんて言っていいか分からずに出たとは言え、第一声がこれって。
(ちょっと厭味ったらしかったかな)
後悔して次の言葉を探しあぐねていると、柚木が口を開く。
「あれから、みおりんと話した」
「で?」
感情がうまく乗らないままに発せられた愛花の声は、バックで流れる音楽と歓声に簡単に埋もれてしまう。
「このままなら絶交するって、宣言してきた」
柚木の声は、いつもの賑やかしい感じはなく、低調子でわずかに震えているようだった。
「こんなこと言っても、もとに戻れるなんて虫のいい話はないと思ってる」
でも、と言葉を続ける。
「叶うことなら、私は愛花ちゃんとまた仲良くしたい」
撫でるように吹いていた風が止むと、遮られていた光が差し込む。紐を巻きつけながら聞いていた私は、胸のうちを確かめるようにぎゅっと固く結んだ。そして、一呼吸置いてから口を切る。
「引っ掻き回されてほんととんでもないことしてくれたよね」
ちらりと見上げると、泣きそうな顔をしてしょんぼり項垂れる柚木が目に映っていた。
「でも、悪気がないってのもちゃんと分かってるつもりだから」
午前の部が終わったら一緒にお昼のお弁当食べよう。
そう続けながら立ち上がって、ニカッと笑ってみせた。
* * *
昼食を柚木と二人で取ってから、お手洗いに寄って一人で戻る途中のこと。窓から水島の姿を見つける。
(あれ……来てたんだ)
姿を見なかったし、こういうお祭りごとを好むイメージがなかったから、てっきり来ていないものだと思っていた。
部室に続く通路の付近に座り込んで何かをしている。左にはコンビニ袋が下がっていて、右には何かを持っていた。
(出番まで少しあるし)
気づいたら階段を駆け下りて声を掛けていた。
「水島くん」
振り返る水島は少し驚いた顔をしているようにみえた。
「何、してるの?ってか、来てたんだね」
我がことながら、驚くほどスルスルと言葉が出てくる。
「なんだ高野か……」
そのとき、水島の足元に何かがまとわりついて鳴く。それは茶色い猫だった。
「猫?」
「それ以外に見えるか?」
「見えない。ここで飼ってるの?」
水島は少し黙って間を置いてから、ぼそりと言った。
「家じゃ飼えないから」
でも気になるから来ていると。そういうことなのだろうか。よくよく記憶を辿ると、これまでにも何度かこの場で彼を見かけている。
「ここによくいたのって、この子がいるからだったりして?」
水島は愛花の問いに静かに頷く。
「そっか。約束は出来ないけど、うちで飼えるか、親に聞いてみようか?」
その提案に百面相したのちにキラリと瞳が輝くと、ゆっくりと首を縦に振って、「お願い、します」と消え入りそうな声で言った。
* * *
閉会式を終え、皆が各々教室を目指していく中、愛花と柚木は並んでその流れに身を任せていた。
そのとき、藤堂らしき姿を見つける。
これはまたとないチャンス。せめて一言だけでも言葉を交わしたい一心で近づく。
すると、校舎の陰にいたもう一人の姿を見て足を止めた。
「私はこんなに好きなのに、どうして和樹は……」
「どうしてって言われても応えられないものは応えられない……美織は雄介と三人でバカやって、笑って、そんなんじゃダメなんだろ?」
「もういい。和樹なんてもう知らない!」
泣いているのだろうか。両手で顔を押さえてグスグスと鼻をすする佐倉が駆けだす。
愛花と肩スレスレのところですれ違ったが、気づいているのか定かではなかった。
残った藤堂は動く様子なく、苦虫を噛み潰したような顔をして佇んでいた。
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