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雪中花

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『うわぁ…クリスマス来た。』
「…クリスマスに失礼だな、その言い方。」
『思い出すよ。ほんっと、色々とさ。』





聖夜。
それは、自分たちにも
特別な日だったのを今でも忘れていない。

それは、大切な人を
一番幸せにしたくて。
夢を壊したくなくて、
ささやかだけど、心のこもった特別な贈り物を
大地は、光に贈った。

綺麗な心を抱き続けている
光を、がっかりさせたくない。
あぁ、君が幸せを感じてくれたなら…自分もきっと
嬉しい。
心の中に、その人は
います。

君が、大人になっても。
忘れない限り、
優しい心にはずっと
その存在は
あり続けるから。

昔の光は、本当に愛らしく純粋だった。
そっと、クリスマスの存在を喜んでいた。

『俺は、何にもいらない。大地がそばに居てくれるなら。』

大切な人を想って、
その人の喜ぶ顔が見たいと。
光は成長していた。
離れ離れな自分達を嘆くより、少しでも一緒にいるためには
どうしたらいいかを
考えるようになっていた。

『大切な、大地と一緒に居たい。』

配達された、クリスマスカードの差し出し人が
光だって、時点で
驚いたのに。
まさか、その光から
招待を受けるなんて…。

変に、緊張する。

とりあえず、おかしな格好しないように気をつけよう。
シックで、シンプルめな
服装が光なら好みだろう。

前は、よく服装のダメ出しをされていただけに
今でも、気は使っている。

昔は、ツナギとかで
家に行ったら上がらせてくれなかった。

そんな苦い体験を踏まえて
今日は、選択ミスなどは
出来ないんだ。

困った事に、おそらく
光の理想像っていうのは
京都に対しての憧れからか
楓になっていることだろう。

しかし、理想像とは
現実に於いては身近に感じすぎてしまうと
意味が無いらしく。
適度な距離で、憧れていたいものだと
光から聞いた。

そうだ、だから光に
楓のようなものを俺は
求められてもいない。
意識する必要も無い。
でも、
やっぱり気には、なる。

いつも通り、なんとなく
無難に仕上がった。
変に目立つことも、地味すぎる事もない。
面白みがないと言えば
確かにそうだ。

それでも、なんとか。
自分が今の光に一番あげたかった物を手にして
光の屋敷へと向かった。

牡丹雪が、舞い降りる中
車を走らせて

あぁ、しばらく泊めて貰えたらいいのに。

なんて、勝手な事を考える。
年末年始は、特に一緒に迎えたい。
二人には、とても大切な
期間であることは確かだ。

まぁ、それもこれも
全ては光のご機嫌次第だろう。

車を駐車し、和室から家の明かりがぼやっと見えている。
光は、奥の部屋にいるのだろう。
玄関を開けて、勝手に上がり靴を並べて廊下を歩く。

襖を開けると、
サンタ帽をかぶって
赤と白のクリスマス仕様のケープをつけた光が
コタツに、ぬくぬく当たっていた。

『⁉︎あっ、メリークリスマス』
はっ、と気を取り直したようにクラッカーを鳴らす光。

「こ、こんばんは…。」
あっけに取られていた。
あまりに、予想外な姿で迎えられてしまうと
どうしたらいいのかも
分からない。とりあえず、
シャンパンをテーブルに置いた。

『こんばんは…ちょっと寝そうだった。』

恥ずかしそうに笑う光。

飛び散らないクラッカーが鳴らされたテーブルには
ケーキや、チキンと
定番のメニューが目白押しだった。
『今日は、俺が大地のサンタになる。』

「……」
言葉さえ、上手く出なかった。
あの光が…俺のために
サンタになると言ったなんて。

「光…。」
『大地の幸せな顔が見たい。』

促されるままに、コタツに入ってしまうと
「…これじゃあ、また寝て終わるぞ。」

『まさか、そんな事にはしないよ。だって、今日はクリスマスなんだし。』

「クリスマス…あんまり好きじゃなかった気がしたけど。」
『まぁ…時期がね。バタバタしてるってのもあるし。それに、自分の立場的には仕方ないかなって。』

これこそが、幸せ。
そんな、漠然とした大きなイメージなどが苦手な光らしい言葉だ。

『クリスマスは、家族で…とか。大切な人と…とか。何なんだろね、難しいよ。』

さ、いいから早く食べよ?
と、話題を切り替えるかのように光が料理を取り分ける。

「理屈じゃないさ。俺だって…光からクリスマスカードの招待状が来た時には、びっくりした。嬉しくて、なんだろな、何かが許された気になった。」

それは、何か…
光から離れてしまった過去の傷なのか。
離れてしまった?
捨てた?
逃げたかった…

光が、それをどう
解釈したのかは今でも
恐ろしくて聞けない。
が、執拗なまでの無視されていた期間を思い出せば
答えは、至極簡単だった。

『許すとか、許されるなんて…大地も俺も同じなんだよ。上も下も無い。それに、ずっと手を伸ばしてくれてたのに俺は、子供みたいにそれを拒んで来た。そういうの…もう嫌なんだ。』

日頃、何を考えているのかよく分からない光が
こんなにも、自分から話をしてくれる。
それでもう、胸がいっぱいになる。

単純かもしれないが、
こんな単純な事さえままならなかったんだ。

「…そうか。」
せっかくの想いを、このまま受け止めるには
無駄な言葉など発せない。

あぁ、とうとう光の心から
あらゆるしがらみが無くなったか。

『でも、自分じゃないみたいだ。まさか、あんな招待状まで書くなんて。』

「墨で、えらい達筆だったから間違い無く光だろう?」
相変わらず何気に美味い料理を食べながら
たった二人だけの会話が続く。
部屋の隅に置かれた火鉢が
程良く部屋を温めてくれる。

『そう。本当は、カリグラフで書いても良かったんだけどさ。』
「光らしい…。俺は、筆づかいを見るのが好きだけどな。あれも、一つの作品みたいだった。」

『まさか、…大地、料理どうかな?』
じっ、と光がこちらを
窺っている。

「え?…あぁ、美味しいに決まってる。全部光が作ったのか?」
美味しい事にさえ、当たり前だと思っていたなんて
図々しくなっていた自分が
ここに居た。

『良かった。いつもは、洋食ってあんまり作らないから、ちょっと不安だったんだ。ケーキは、すんなりいったんだけどさ。』

光のケーキが
凄かった。
チョコレートベースに
苺。までは普通。
真ん中あたりに金箔が
何の違和感も無く
散りばめられていた。

「すっごいな…金箔ってケーキに?」
『案外綺麗だよね。大人向けなイメージ。』

どちらかと言えば、生クリームに苺のケーキを想像していた。
これは、これで珍しいし
確かに綺麗だった。

「チョコレート、光も好きだからな。」
『大地が好きかと…思って。』

むず痒い。
光が素直すぎて、あまりに
そういうのに慣れてなくて
なんだか落ち着かない。
嬉しいのに、警戒するような。

「……」
『ちょっと、凝視する?今ので』

「何か、な。落ち着かないんだよ。光が素直過ぎて。」

ケーキにナイフが立てられた。
『クリスマスくらい、穏やかにいさせてよ。』

ケーキを等分してから
大地がシャンパンを開けて
グラスに注いでいく。
グラスにロゼの優しい色味と細やかな気泡が上がっては消える。

「あぁ。」
グラス同士を、軽く鳴らして口に広がる豊かな香りを味わう。

『ちゃんと、こうして過ごせて…良かった。もう、出来ないかなって諦めてたところを、葵様に背中を押してもらったんだよ。たくさん、勇気出したらさ…本当に大地が来てくれた。嘘みたい。』

この弟の繊細さは、俺には
あまり無いもので
時折戸惑う事もあるが
むしろ、感受性が豊かな光が眩しくも見えた。

「光が望むなら…俺は何だって叶えてやりたい。」

『まさか、さすがに今はそんな事して貰えない。大地だったら、確かにしてくれそうだけど。』
遠慮気味に両手を小さく振って苦笑いする光。

「そこで…招待されたからには、渡すべき物があるんだけど。」

『えっ?そんな、いいのに。』
言葉とは裏腹に、いかにも嬉しそうな表情を見て
大地も、つられて笑う。
「光、小さな頃だったからな…忘れてるかもしれないな。」

小さな箱に入っていたのは
ペンダントだった。
『わぁ…桜色だ。綺麗。』

「それ、初めて海岸に俺と出掛けた光がくれた桜貝で作った。」
『…え、そんな昔の?まだ持ってたんだ。』

壊れものに触れるように
気を張って
光は、ペンダントを掌にのせる。
「そのうち、渡すつもりで居たから…ちょうどいい時期に光に手渡せて良かった。」

みるみるうちに、光が頬を赤く染めていた。

『ちょっと、ズルイよ。…でも、嬉しくて。』

ペンダントを付けてみる光。
「本当、似合ってる。優しい色合いがよく合ってるよ、光には。」

丸みを帯びた、愛らしい形をしたハート型のペンダント。
永遠に、損なわれない
可憐さを閉じ込めた。
『大地と、俺の想いも一緒に閉じ込めたらいいのに。』
「可愛い事言うなぁ。」

淡く儚い想いを抱き続けてきた二人には
まさに、夢のような時間だった。
夢の、

ような

時間だった。






『ふぁ…っ、寒い…!』
ぎゅうっ、と背後から抱き締められた。
『ぁ、大地…起きてたの?』
「今日はまだ雪だし、そんな早起きしなくてもいい。光がいないと、俺も寒いよ。」
お腹の前で交差した
大地の指が、なんとも
愛しい。

『甘やかしていいの?』
「あぁ、今日くらいはな。」



『また、後悔しても知らないから…。』
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