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新しい生活

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『でも、不思議と全くの他人だとも思えない…いすかが自然すぎるからか?』
「だったらいいなぁ…、ねー俺もしも帰れなかったら、ココに置いてくれる?」
寮の部屋と間取りのよく似た、大人の若波の部屋はとても居心地がいい。
『まぁ、構わないけど…って。お前ここしか居場所も無いだろうし。』
そうなんだよね。今のこの世界の僕に会う訳にはいかないから。

「ごめんね、混乱してるはずなのに…若波の優しさに俺は助けられてきたんだよ。
元、居た世界でもね。」
感謝しかなかった。
やけに理解の早い若波に、若干の違和感もあったけど。
少しだけ、安心してる。だってこの世界にも若波が居る。
『っと、俺そろそろ仕事に行かないと。』
若波は腕時計を見て、慌てて廊下へと向かった。
まだ、お仕事何してるのかも知らない。

「ちょっと、待って。家の鍵預けてって欲しいな。買い出しとか行きたいし。」
スーツ姿の若波は一瞬考え込んで、あぁ…と鞄から腕時計を取り出して
『全部、これで解決できるから。電子マネーも、家の鍵もエアコンもね。』
2、3分の説明を聞いて俺は玄関先で、若波を見送った。

「あれは、もう…デキる男のスマートさだよねぇ…」
思いがけず、うっとりしていると早速ウオッチには若波から音声が
送られてきていた。
『このウオッチのペア設定は完了できてるから、後は一応ナビゲーターも
つけてあるから、分からない事があれば普通に話しかけてみてくれ。』

「はぇ~、ハイテク。」
早速、食器を洗おうと思ってシンク台の前に来ると
食器洗浄機のカバーが開いた。
「ぇ、いいよいいよ…これくらいは俺が洗うんだからさ。」
と言えば、洗浄機は休止モードに切り替わった。
「疲れるよ、これじゃ逆に…。」

若波の職場ってどこなんだろう?
実家の跡を継いだわけじゃなかったんだ?
やっぱりこの世界は、元の世界とは全然違う。
そして、遠い未来に来てしまった事を、今更実感した。
「元の世界の若波…どうしてるかな?」
この世界の若波に申し訳ないけど、こんなにも良くして貰っておきながら
元の世界にはもちろん帰りたい。

でも、家に帰って…俺が居なかったらここの若波は
どんな気持ちになるかな?
頭の中で色んな思考を繰り返しては、ため息をつく。

かと言って、帰る方法を知ってるはずも無い。
不安の根っこの深さに、肩が下がる。
食器を洗いながら、無意識に部屋を見渡した。
簡素でありながら、インテリア雑貨にも統一感があって
本当に、大人の雰囲気ただよう空間だった。

「…何してても、かっこいいのはずっと変わらないね。」
心がゆっくりと上向きになっていく。
若波を想ってる瞬間が、一番満たされるから。
不安を覆すほどの存在が、あの…松原若波なのだ。

午前中に洗濯を済ませて、お昼ごろに買い出しに行って驚いた。
お店に店員さんはほとんど居なかった。
レジも、すべて自動で最後にウオッチで決済を済ませれば
持って来ていた買い物かごを片手に、スムーズに店を出られた。

すると、若波からまたメッセージが届く。
『決済が完了したって、もう使いこなしてるなんて早いな。』
急に声が聞こえるから、慌てて腕を少し上に上げる。
「大丈夫だよ。なんとか出来た。今は?お昼休み?」
ウオッチに向かって話す。
今は、通話機能が若波相手にしか出来ないことになっているらしい。
音声は、自動再生される設定でもある。

『そう。17過ぎには社を出れるから…待っていて欲しい。』
「はぁい…、ふふっ」
思わず、笑みがこぼれてしまう。
『どうした?いすか』
「ぇ?だって、こんなやりとりなんて…新婚さんみたいだからさ」
自分でも、恥ずかしい事をよくもまぁ言ったものだと思う。
『…!そう、して来たんだろう?過去の違う世界の俺と…。』
「!?」
『…じゃ、戻るから。後でな…いすか。』

なにこの可愛い若波…!
大人なのに、大人だけど…可愛いなんて
どうかしちゃいそうなんだけど。

「中毒性が異常だよ、ほんとなんなの?あらゆる世界の松原若波ってば。」
足早に、頬を赤く染めながら若波の住むマンションへと帰って来た。

ゲートでウオッチをかざすと、すぐにロックが解除された。
この腕時計って本当に便利だなぁ。
部屋に戻ってくると、自動カーテンがゆっくりと開かれていく。
窓を少し開けて、外の空気を室内に取り込み
食材を冷蔵庫にしまう。

冷蔵庫が、レシピまで勧めてくれるなんて…。
ここまで来ると、自分で考える楽しみが薄れていく気さえした。
少し遅めのお昼を作りながら、夜の献立を改めて考えていた。

まだ、世界は保たれていたことに安堵したし
この先も日々は恐らく続いていくのだろう。
でも、世界線が大きく変化したのであれば更に未来は
難解なものになっていくのだろう。

「…ウオッチに何か届いてる?」
画面には外出注意報と表示されていた。
訳が分からずに、無視をした。
今日は、もう外に出る必要は無かったから。

お腹がすいていた。考え込むと脳をフルに使ってしまうせいなのか
情けない音が、腹部から聞こえる。
リビングテーブルに器を運んで、お湯を沸かし
ジャスミンティーを作った。

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