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同じじゃない

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日暮れを見つめていた。ただ、若波の帰りを待つだけの
数時間なのに、どことなく心が落ち着かなくて。
橙色が稜線に沈んでいく事さえも、今の俺には心が揺れてしまう。

元の世界に帰れなかったら、本当にどうなってしまうのだろう?
元の世界線は、俺が居ない分岐として続いていくのであれば…
若波は、きっと必死で探している事だろう。
一つのパラレルワールドになってしまうのか。

「俺、ありきだとは思いたくないよ。」
かと言って、どの世界の若波も同時に大切には思えても
一緒には居られないのだから。

夕食の下ごしらえをし始めると、少しだけ気が軽くなった。
何かに集中していれば、考え込むこともない。
こうやって逃げながら、この世界になじんでいってしまうのか。
紺色のやや大き目な鍋で、野菜を煮込みブイヨンスープを投入する。

今、作っている料理だって、この前…若波が美味しいって言ってくれたものだ。

「でも、今居るのだって…松原若波なのに。」
先ほどの通知が、今頃気になって頭をよぎる。
もしかしたら、若波が帰る時に何かあるのでは?

ウオッチの画面には、若波からのメッセージが届いていた。
今回は文章となっている。

「えーと、…今のこの世界は日の入りと日の出には、太陽からの紫外線が
強いため、外出する際注意を促している。一応、家の窓ガラスには特殊なフィルムが
貼ってあるから安心してくれていい。」

それだけ、書かれていた。
「確かに、ものすごい光が強い感じがしたけど…そのせいかぁ。」
にしても…若波の過保護っぷりがすごい。
嬉しくて、へらへら笑いながらその後の料理も順調に作る事が出来た。
玄関のあたりでメロディが流れる。
きっと、若波だろう。廊下を駆けて行くと
『ただいま。いすか』
サングラス?をした若波が帰宅した。
「かっこいい…。ほんとーに何でも似合うよね。お帰りなさい。」

若波は、あぁ、と気が付いてサングラスを外し
『俺の目には、あんまり良くないんだよ。今の太陽光は』
「そうなの?そういえば若波って、色素も薄いからね。前から紫外線は
気にしてたかも。」
玄関のラックの上に置いた。

『いすか…、悪かったな。一人で留守番させちまって』
「ぅーん?平気だよ。ね、それよりもさ…ハイ、」
俺は、若波の前で両手を開けて
「いいの?ぎゅってしなくても」
ハグを受け入れる姿勢を示す。

若波は、手にしていた鞄を床に落としてわりと低めの位置から
俺を抱き締めた。
ぞわぞわが走り抜ける。
頭の奥が、悦んでるのが自分でもよく分かった。
「ぁ…っ、駄目…。心地よ過ぎておかしくなっちゃう」
首筋に、若波の肌が触れる。

『良い香りがする…。』
「まさか…。さっき外に出た時、少し汗かいちゃったから」
『そっちの俺とは、いつもこんな風に?』
「…内緒!一応は違う存在なんだもん。比較することないでしょ?」
薄く笑みを浮かべた若波は、何かを察したのか
俺からそっと離れて、リビングに歩いて行った。

「ちょっと、やっぱり若波だけど…若波じゃないんだよなぁ。」
大人になってるから、特有の間みたいなものがあるし
かえってそれが、ドキドキしてしまう。
後は、色気も感じる。
俺の彼氏が、テライケメン過ぎて…つら。
若波とは、頭の差もそんなにないと思ってたけど。
下気味の視線を受けていると、自分の存在がなんだか妙に小さく感じられる。

キッチンに戻ると、若波は
『悪いけど先にシャワー浴びる。今日、結構暑かったからな。』
「ぇ、うん。分かった…着替えは~、寝室?」
『そこまでしなくていい。本当に、新婚さんみたいな生活してたんだな?』
やんわりと断られた。
しっかりと自活できている今の若波には、馴染みのないことなんだろう。
「そぉ?このくらいは、するよ。」
『…俺と、もう一人の俺は違うぞ?いすか。』

何気なく言った言葉だろうけど、今の俺には結構深く響く言葉だった。
名前を呼ばれるだけで、こんなにもドキドキしてる。
一緒じゃないんだよね、分かったつもりでいたけど。
今の若波に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「どうしよう…俺の服ないじゃん…馬鹿ぁ」

気付くの遅すぎた。今からじゃ、買いにも行けないし
一回洗濯しないと、新しい服は着れない。着たくない。
自分のめんどくささに、嫌気がさす。
しょうがないから、今日は若波の服を貸してもらおう。
少し、大きいだろうけど…。


『服を…?俺のだと、いすかには大きいと思うけど。』
分かっててお願いしてるんだよね。
シャワーから出てきた若波にお願いをした。
若波は、半笑いで髪をタオルで拭きながら
『あ、でもさすがに…下着は貸さないけどな。』
俺の方を見て歩み寄ってきた。
「な、なに?」
『体、どんなものかと思ってさ。細いなー。さすがアイドル。』
ウエストを、無造作に掴まれて体がビクッとなった。
「もー、くすぐったいから」
『心配しなくていいから、着替えはちゃんと用意するって。』

カウンター越しに、食器を若波に手渡して食卓に着く。
「いいなぁ、この感じ。」
『お店で食べてるみたいだろ?』
「うん!そうそう、やっぱり若波の選ぶものって、俺もだいたい好きなんだよね。」
『…まぁ、俺もいすかとだったら、付き合いたいな。とは思うかもな。』

いただきます、と何事もなかったかのように若波は
夕食を食べ始めた。

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