花開く記憶~金色の獅子の煩悶~

あきすと

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金色の獅子

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同性に対して憧れを持つことは、さほど珍しい話では無いと思う。
昔、一度だけ王室のお茶会に呼ばれた事があった。

誉れ高き、隣国の王様を初めて目にした。

金色(こんじき)の獅子、とはまさに彼の為にある言葉だと
子供ながらに思った。

両親と来賓として訪れていた所に、王様は丁寧に挨拶を交わしに来てくれた。
主賓である務めをしっかりと果たしながらも、親しみのある笑顔と
豊かな言葉で私は、すっかり魅了された。


一国一城の主である彼の元で、いつか学ぶ事が出来たなら。
ずっと考えている事ではあった。
両親は、貴族階級の似たような家庭環境で育ったもの同士であり
私にも、いずれは貴族の令嬢と結婚する事を望み
子供を持つ親として、などと考えている事はよく分かる。

隣国との外交関係は良好であり、交易も盛んで私は成人してから
職を求める際に自分の生まれ育ったこの国を出る事を
第一に考えている。

学院を優秀な成績で卒業した私には、多くの職が選べるのだと
恩師から言われたが、全く興味も無く。

隣国では、一人で暮らすのだから当面の生活費を工面しなければいけない。
効率よく金を得る事に対しては、わずかに抵抗があったのだが。
来春までには、まとまった金額を貯めておきたいのだ。

私は酒場で、夕方から働く事にした。
少しだけ変わった趣旨で、素顔をお客には見せずに接客をするものだった。
一度だけ、私は見学を申し出てみたのだ。

店主とは、面接の段階でもう採用は決まっており
後は、どの様な接客をするのか『自分の眼で確かめたらいい』
と、言われた。

薄暗い、明かりがいくつか灯る部屋で数席が客と店員で埋まっている。
異国情緒溢れる、どこかで聞いたような音楽に
「仮面…?」

ホールに居る者は、いずれも仮面をつけているのだ。
確かに、これでは誰かも分からない。
素顔で応じる事がない。と言う事は、私の心にとっては
少しだけ気が楽だった。

誰かにバレては困ると言うよりも、ほんの少しのスリルに
なびいてしまったのかもしれない。

「女性がいない。」
店主は、私の傍で頷いていた。
『ここには、ありとあらゆる階級・役職の方が自らの解放をしに見える。』

珍しい事では無いよ、と言われて。
私は目にフロアでの出来事を焼き付けて、この日は店主に
『無いものを求めはしない。でも、あるのなら…明日から来るといい。』
穏やかな言葉で、解放された。

ドキッとした。
あるとか、ないとか。
私に、あのホールの中で起きている事を望むような事が
今まで一度でもあっただろうか?

考えてみよう、と帰路についた。
同性に対して、尊敬や憧れは昔から抱く事もあったけれど
先程の様に相手の膝に乗ったり、肩を抱き寄せたりなどとは
創造もしてこなかった。

私は、恋愛ごとにはあまり明るくも無かったし
どちらかと言えば、いつも片想いで終わる事ばかりだった。

夜更けに家の裏庭から、静かに裏口のドアの鍵を開けて
室内に入った。戸締りをしてから自室に戻る。

階段の踊り場にある大きな鏡を見て、一瞬足を止めた。
暗がりの中、私の姿は薄ぼんやりと映し出されている。
髪が伸びてきたな。
顔こそ、母親とよく似ていると言われる。
父親ほどまでの高身長では無いが、もう少し伸びしろがあると思いたい。

自室に入り、着替えを済ませる。
まだ、先程の光景が簡単に思い出されてしまう。
例えば、指名をされれば断れはしないのだろうとか。
まだ起きても無い事を考えては、不安になったり。

広いベッドで横になりながら、何度も寝返りをうつ。
同性なら…もし、どうしても。
本当にどうしても、と言う状況になったのであれば
私は、彼であれば…などと不埒な事を考えてしまうのだ。

金色の獅子が聞いたら、きっと怒るだろうなぁと思いつつも
申し訳なさで一杯になりながらも、想像だけしてみた。
ぎゅっと目を閉じつつ、考える。

あり得ない事だけど、本当にそんな事は起きないだろうけど。
ごめんなさい、と心の中で何度も謝罪しながら
私は、自分の頬が熱くなるのを感じながら
よこしまな想像をしながら、夢に落ちて行った。

私は、翌朝珍しく頭痛で目を覚ましたのだった。


恐らくは、色んな出来事があって脳内が疲労状態なのだろう、と
思っていた。
学院は、もう卒業してしまって本来であれば勤めに出ている立場なの
だろうが、私は隣国の語学を学んだり伝統や風習なども前もって
座学で日々を送っていた。

午後になると王立図書館に向かい、古い文献を読みふけり
史実や歴史を学ぶ。
結局は、百聞は一見にしかず。

日が傾くにつれて、この後自分があの昨晩の店に行く事を考えるだけで
集中力が欠けて行く事に繋がる。

心の準備は出来ているのか?
でも、春までにはお金を貯めたい。
半年ほども、あの店で働けばおそらくは
それなりの金額がてにできるだろう。

何より、素顔を隠して応じれるという事は都合がいい。
夕暮れ時になると、私は図書館を後にして繁華街へと向かった。
店の裏口から入って、すぐに店主と鉢合うと
何か言いたげな店主ではあったが、すぐに控室へと案内された。


「着替えました。」
鏡の前に映る自分は、いつもと違っている気がして
仮面をつけてしまえば、自己を切り離せてしまう気さえした。
『分け隔てなく、頼む。ここでは、身分も階級も関係がない。』

私は、店主の言葉を聞き入れてホールの中に点在する
座席の一つに案内された。
ジッと相手の眼を見る事は、あまり得意では無かったものの
仮面のおかげで、適度に視覚を遮られている。
椅子に座る相手の前に来ても、折り目正しく挨拶をできた。

一目見て、体格の良さに一瞬ひるんでしまったが
気を取り直して、席に着くと
お客の手が、伸ばされると防御本能で身構えてしまう。
『…すまない、その香りがとても懐かしくて』

何の事かも分からずに私が、首を傾いでいると
『いや、勘違いだ。失礼した。そう…恐れないでくれ。』
鼓動が早まるのを感じつつも、目の前の相手の穏やかな声に
眼を細めた。
「フラウムと申します…。」
『…珍しい名前だ。私はここでは名乗らない。ただの一人の取るに足らない人間だ。』

お客は、口ではそう言うがいかにも身分が上らしい雰囲気は
隠そうにも隠し切れないだろうし、本人はむしろ隠す気さえも
無いのでは?と思う程の態度なのだから。

「あなたを、お呼びする事もできないのですね。少し、困ってしまいます。」
やんわりとした言葉で私が返すと、お客は青い瞳を細めながら
『困らせたか、そうか…ではフラウムが名を付けてくれないか?』
グラスを片手に、私に提案した。

「畏れ多くて、出来ません…。でも、とてもお美しい瞳の青が」
思いの外、すらすらとお客の事を褒める自分にハッとした。
『眼か、そんな風に言われた事が随分と前にあったな。』
高級なボトルの酒を嗜む姿は、どこかそこら辺の一般人とは
大きく違う気がした。

先程、言っていた言葉を思い出した。
「あの、先程…」
『どうした?』
「私の…匂いの話をされたでしょう。」
仮面のせいで、細かな表情の変化が分かりにくい。

『あぁ、妙に懐かしいと思って…何かつけているのか?』
「愛用しているものがありまして、」
『香りを嗜むのか。私も昔から…と、ここで自身の話をしても面白くも無い。
今は、必要の無いものだ。』

私は、お客のグラスに静かに酒を注ぎながら相槌を打った。
日常を忘れて、歓談したり、猫なで声を出したり
おおよそ日頃の自分が想像もつかない事を、この店の中では
楽しめてしまうのだ。

お客は、私のすぐ側に座っていて先程よりも随分と
口も滑らかになっていた。
『フラウムは、触れられることは嫌いか?』
一瞬、躊躇っている相手の手を目の当たりにすると
躊躇なく、両手で握っていた。

『無理はするな、慣れていないのは見た時から理解していた。』
「こんな事を言うのは、と思ったのですが…今日からフロアに立ったばかりで」
『どうりで…、他の物とは違うとは感じていたが。客の膝の上も知らないのか。』

揶揄われている気がして、私が俯いていると
『冗談だ、フラウム。知らなくていい…。お前なら、知らずともお客は取れそうだ。』
髪を撫でられた。
何故だろう、嫌悪感も無ければむしろ守られている気さえして
私は、嬉しかった。


私はその日、ずっとそのお客と話をしたりお酌をして時間を過ごした。
日付が変わる頃には店じまいになる。
お客が退店した後の掃除をしていると、店主が私の元にやって来た。

『今日のお客、なかなか気難しい方なんだが…どうやら気に入られたみたいだな。』
床を掃きながら、私が生返事をすると
『たまにしか、店には来ない人なんだが。気に入ったのが今まで居なかったらしくて。
ウチは指名なしでも表でも飲めるから、あの人はそっちを利用してたのに。』

私は、店主からの話を聞くと尚更に
なぜ自分が?と思ったが。
でも、本人にしか分からない事を考える事は
途方も無くて、閉店作業を手伝い終えると家路を急いだ。

シャワーを浴びながら、想いを巡らせる相手は先程のお客だった。
歳はおそらく10歳以上は離れている気がした。
懐かしい香りだと言われて、胸の奥が疼いた気がした。

翌朝、階下に行くと両親が旅に出る事を知らせられた。
「気を付けて…」
屋敷の管理は、メイドさんを雇っているので何の心配も無かった。

午前と午後は、いつもの様に勉学に励んでいて
夕方になればまた、店に行く。

さすがに昨日のお客は来なかった。
ホッとした様な、でも残念な気もして。
言い表しようの無い思いで、その日は違うお客からの指名を受けて
席に着いた。

あれ…?こんなに変わるものなのか?と正直思った。
昨日は、時間があっという間に過ぎていくから
楽しささえ感じていたのに。

今日は、何故だろう。愛想笑いが多い。
ずっと昨日はあのお客に気を遣って貰っていたのだと
実感した。

何の遠慮も無く、私に触れて来る者に対して憎悪が止まらなかった。
邪険にする事もできずに、ただ時間が過ぎるのを待つばかりで。

閉店後は、店主に呼び止められて
『最初の客が、どれだけ紳士だったか分かった、ってカオだな。』
まさに、その通りで頷いた。

「はい。でも、きっとあの人はもう…」
『来ないな。結局は、こんな所で働いてるってんで。選んじゃくれない。遊んではくれてもな。』
「自分でも、単純だと思うんです。」
『最初ってのは、何でもまぁ…特別なんだ。余程ひどければ、さっさと辞める事だな。』

店主はカラリと笑って、店の鍵を閉めた。
素顔も知らない相手に、馬鹿げてる。
私には、心から尊敬して憧れている方がずっと心に居るというのに。
なんてふしだらなんだろう、と自分を責める。

私は、まだ知らなかったのだ。
想いに形はないけれど、日々膨らんでいき心を
患わせてしまう事を。

他の客を知れば、知るほどにあの晩のお客を思い出して
本当にもう、会えはしない気がする事が辛かった。

そんな生活をひと月も過ごしていた頃に、両親が帰って来た。
両親は香水を扱う仕事をしていて、外の国にもよく出かけて行く。
母親は、上機嫌で私に新しい香水の話を帰宅早々から聞かせてくれた。

私は、古くから貴族の間で愛用されている香水をつけていた。
今では、流行りの物が出回っており沢山の種類もあるのだが
子供の頃に、若い母がわずかな期間つけていた香りを好み
自分も付けるようになったのだ。

薔薇の花束を貰ったようだと評される、淡く香り高いローズのトップノートから
優しくほどけていく、ミドルにアンバー、パチュリのラストノートと言った
ミステリアスな女性らしさを感じる香水が今でも好きだった。


自室に戻ると、愛用の香水をベッドに一吹きして落ち着くのを待つ。
今日は、祝日で図書館も休館している。
店も、毎日は行かなくても週に2日は休みを貰っている。

今日は一日、どことなく怠惰に過ごしたかった。
両親が下で何やら騒いでいる。
ベッドに寝そべると、優しくほの甘い香りに包まれて心地が良い。

ちょっとだけ後悔していた。
たった数時間の間で、何故こんなにも?と思える程に
入れ込んでいる自覚はあった。

あの澄んだ瞳のお客は、この香りが本当に好きなのだろうか?
思うだけで、心が沸き立つ。
触れようとした手を、一度は子供の様に恐れてしまった。

もう一度、せめてもう一度だけでも…
会いに来てくれたならば。

思ったよりも、重症で困る。相手は名も姿も知らぬ相手だというのに。
今の私には、情報が無さ過ぎて途方に暮れるしかない。
店主が言う通り、この状態が酷いのであれば辞める事だ、と。

今では、誰かに触れられる事すら苦痛だ。
面白くも無い話に、付き合って酌をして。
自分の本心は、遠くにあるようで実は一番近くにある事を
私は思い出したのだった。

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