一時間小説集

セツナレイ

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テーマ お昼寝、既読無視、午後の紅茶

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「はあ……」

 鐘が鳴り響いているような頭を押さえつつ、俺は上体を起こし、枕元に放られたスマホの電源をつける。

 昼の焼け酒が尾を引く午後三時。薄暗い部屋のベッドで液晶に浮かび上がるのは、当時と変わらず同じ一言だった。

 ロック画面に表示される文言を睨みつけ、ため息がひとつ。



「……ったく。女々しいったらありゃしねえ。画面に浮かぶ文字一つに振り回されるなんてな」



 そう呟いて、俺はここ数日のやりとりを振り返る。『彼女』とラインを交換してからの履歴を全て遡る。

 画面越しの文字ひとつ。無機質な活字から伝わる言葉一つ。それだけのことにこうも心を揺さぶられる。返ってくる反応に一喜一憂させられる。こんなことが、今まであっただろうか。

 いや、あるわけがない。たとえこんなことが今までにあったら、俺の胸はとうに張り裂けているだろう。

 会いたい。でも、こんな状態で彼女のいる大学に足を運べるわけがない。人に顔を見せられるわけがない。



「……危険な劇物だな。法律で規制しろっての。まったく、これだから……」



 そう言いかけて、自分の胸の中に暖かい気持ちが広がっていることに気づく。少し長く眠りすぎただろうか。いや……



「胸焼けってやつだな。飲んでも飲まれるなってやつだ」



 俺は胸に広がる気持ちにそう結論づけ、立ち上がる。立ち上がり、抱えた思いと重い足とを引きずるように薄暗い台所へと足を運ぶ。



「……」



 流しにごちゃっと積み重ねられた食器を無理やりに押しのけてスペースを作り、頭を突っ込んで蛇口をひねる。

 頭を打つ水の流れを身体中で感じるように、未練を洗い流すように身を任せる。

 思い出されるのは初めて彼女が目に入った時に一目惚れした記憶。勇気を出して話しかけた思い出。趣味が同じことを家に帰ってから狂ったように叫んで喜んだ黒歴史。



「……なさけねえ」



 そして先ほどから抱いた、画面上で彼女に告白をしてからの後悔の念。



 それらが頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消える。

 それこそ、蛇口から出てくる水が頭に降りかかり、そして排水溝に流れて消え、また新しい水が頭を打つように。

 いまだ冷めやらない胸の内を絶え間なく揺らし続ける。



「ほんとに、なさけねえ」



 再び蛇口をひねり、俺は体を起こして頭を振る。揺れる心よりも早く。押さえつけられていたものが反発するように。

 あたりに水滴が散らばり、自責の念も少しは晴れただろうか。しかし、胸を揺らす気持ちは未だに治る気配がない。



(もう、どうだっていい。こんなに辛い気持ちになるくらいなら、いっそ)



 後悔の思い出がきえ、代わりにいやな思いが頭を過ぎる。



 寝室に足を運んだ俺はその先を考えないように、意味もなくベッドにうつ伏せになってため息をつく。

 スマホを見るのが怖い。いっそ、一生既読無視してくれたなら俺は、抱いてもしょうがない希望を抱き続けることができるだろうか。



「……ばっか。一生辛いだけだっての」



 辛い。なぜ勢いで告白なんかしてしまったのだろうか。せめて告白するならちゃんと相手を見て、自分の口からの、心からの告白をしておけばよかったんだ。



「いや、違う」



 そうだ。そんな表面的なことじゃない。そもそも前提からずれていたんだ。告白の仕方がどうとか、今までのやりとりがどうとか。そんなことよりももっと根本的な、それは……。



「あんなやつと出会わなければよかったのかもな」



 そう口にして、今までとは比べ物にならない、炎のように熱い気持ちが胸の中を焦がさんばかりに渦巻いていく。

 そして、先ほどの気持ちが再燃するかのように頭の中を埋め尽くす。



 いつものからかうような笑顔が。たまに見せる恥ずかしそうな微笑みとか弱い罵倒が。電話越しにかけられた鼻声と、会いたいという一言が。頭の中にこびりついて離れそうにない。



「……いったい誰だよ……」



 唐突に耳に届いた着信音。誰からのものかは、考えなくてもわかってる。わかってるからこそ、いつものように悪態をつかずにはいられなかったのだった。突っ伏したままスマホを掴み、胸の内を押さえながら画面を視界に入れる。

 入れて立ち上がり、駆け出した。



『会って話があります』



 の一言に、突き動かされるように……。





「おはよ。早かったじゃん」

「……お前は遅えよ」



 キャンパスにたどり着いた瞬間にかけられたのはいつもの軽口。本来は逆だ。俺が遅れて、彼女がからかう。

 しかし、彼女の返信が遅かったのは事実であり、俺はその返信に、犬みたいに飛びついてちゃりを漕ぎ始めた。

 どうやら、飲んでも飲まれるなってのは俺には無理な相談らしい。逃避気味にそんなことを考えつつ、諦めまじりで俺は問いかける。



「それで、はなしってのは?」

「それよりも……。はい、これ」

「……午後の、紅茶?」

「自転車漕いでつかれたでしょ?」

「……まあな」



 俺は差し出した彼女の手に触れないように手を伸ばし……



「びっくりしたでしょ」



 唐突に腕を掴まれる。

 そして、通り過ぎた一筋の風に足を救われたように地面に膝をついて茫然と彼女を見上げる。

 彼女は慌てて後ろをむき、いつもより早口で



「その……。なんていうのかな。こ……これからもよろしくってことで!」

 と言って、そそくさと構内に戻っていってしまった。



「……、まったく。本当になさけねえ」



 いつもいつも。主導権を握られてばかりだったことを思い出しつつ、俺は熱い頬をなぜるそよ風に身をまかせる。そして、ついつい口をこぼす。



「ファーストキスくらいは、こっちからさせてくれよ」

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