一時間小説集

セツナレイ

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テーマ 海、友達、弟子、髪

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「ねえ、今度遊びに行こうよ」

 自転車の荷台で、鈴がなるような少女の声が響く。細波を運ぶ潮風。それににたなびく綾香の長い茶髪と至近距離から響いた声が俺の耳をくすぐり、意図せず体温が高まっていくのを感じる。
 そんな綾香の姿に俺は動揺を隠すようにまとわり付く髪を払うような仕草をし、平静を装う。
 装い、あえて意地の悪い質問をする。

「お前夏休みだってのになんで俺を誘うのかねえ。彼氏とかいないのかよ」

「いないよー。それに、あたし友達少ないし。付き合ってよ」

 からかうように体重をこちらに預ける綾香のニンマリとした笑みと密着したことにより強くなった甘い匂いに、危うくバランスを崩しかける。
 バランスを崩しかけたのはそれだけが原因じゃない。

 付き合って。その一言に、不覚にもハンドルと気を取られてしまった。こいつ、いろいろと自覚が足りないと見える。二ケツしてる自覚か、はたまた女子である自覚か。あるいは両方か。狙ってやってるならどうして彼氏の一人や二人できないのだろうか。

「……」
 
 そんな考えが脳裏をよぎったところで、俺は頭を振って精神衛生上非常によくない想像を放棄する。
 別に、俺には言わないだけで彼氏くらいいるだろう。なんたって綾香はモテる。非常にモテる。それこそ、学年で二番目か三番目くらいに。
 そんな彼女と俺とじゃどう考えても友達以上の関係に進展しようがない。それこそ、俺たちが腰を落ち着けている自転車のサドルと荷台のように。近くても、決して触れてはならない。そういう予定調和の関係なんだ。友達ってのは。

 そして、自転車のサドルと荷台のように、それ以上離れることもない。だからこそ、ずっとこのままでいい。このままでいたい。
 昔からずっと、そう思ってる。

「……ねえ」
「なんだよ」
 
 俺の考えに割り込むように言った綾香の声音は少し寂しげな色を孕んでいて、それでいて憂いを帯びた横顔は沈み始めた太陽に照らされ、ほのかに赤みがかっていた。夕陽に照らされた茶髪は黄金色の光を帯びていて、その儚げで神秘的な様は否応にも俺の胸へと深く。そして苦しくなるような痛みを伴って刻み込まれて行く。

「あたしのことどう思ってる?」
「……どうって?」
「そりゃあ、ねえ」

 わかるだろ? って顔されても、わかるわけがない。傍から見れば俺たちは友達だが、俺はこいつのことをそう呼びたくない。ただ、こいつに抱いた胸が痛くなるようなこの気持ちを、俺はどう言葉にできるだろうか。

「……」

 それに、気になってるのはこっちの方だ。こいつは俺のことをどう思っているのだろうか。
 やっぱり……友達だろうか。いや、それでいい。俺もそう答えれば、俺とこいつは友達だ。これから先も。ずっと。

「無賃乗車を働く不届きものだな」
「ちょっと」
 
 それなのに、どうして俺は突き放すようなことを言ってしまうのだろうか。本当はこれからもこいつを後ろに乗せて帰り道を走りたい。たわいない話を続けていたい。
 それは、贅沢なのだろうか。

「だったら、お前は俺のことをどう思ってんだよ」

 そんな意趣返しに、綾香は少し残念そうな顔で言う。

「……ねえ、答えが分かった上で聞くのは、質問にならないよ?」

 運命ってのはこういう時だけ残酷だ。いや、いつでも残酷なのだろう。
 こいつに出会えたのも間違いなく運命だが、同時に、こいつとずっと友達でいるという甘ったるい呪いも、運命の魔の手によるものだろう。
 分かってる。俺とこいつは友達。それ以上でも、それ以下でもない。
 最初から多くを望んだ俺の方が間違っていたんだ。

「でも、答えが分かってたらつまらないよね」

 ふと、俺の思考を再び遮った綾香の声が潮風に運ばれて行った。
 俺はその意図を測りかねるが、荒波のようにドキドキと波打つ心の内に従うように問いかける。

「それって……」
「少なくとも、あたしは君のこと友達とは思ってないよ?」
「じゃあ……なんて?」

 最大限平静を装って問いかけたつもりだが、バランスをくずしてこけそうになってれば世話ないだろう。
 綾香はそんな俺の心のうちを見透かすように髪をかきあげ、ニンマリと笑って体を密着させる。

「それはね……」

 より一層強くなった甘い匂いが鼻腔を撫ぜ、そして、紡がれる言葉が耳をくすぐるように心の奥底まで響いた。

「……弟子、かな」
「ハハ、なんだよそれ」

 甘いやりとりと匂いが描き消え、代わりに海の潮の匂いだけが、俺たちの忘れられない思い出の一ページにシミと一緒に刻まれて行った。
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