月に沈む ─短編集─

硯羽未

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月に沈む

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 思ったことはないだろうか。夜空に浮かぶ月が、地球の引力に捕らわれてただくるくると周回しているだけの存在ではなく、何か意味があるのではないかと。
 空に手を伸ばし、美しい衛星を隠してみる。親指に遮られた月は、広がる闇に光を淡くこぼしている。

「中においで、さらわれるよ」
 僕を呼ぶ声は、低いのか高いのかわからない不思議な音色で、性別も年齢も定かではない。
「さらわれるって何が? うさぎも来て月を見てみたら」
 僕の部屋から億劫そうにベランダに出てきた生き物は、ふさふさとしていてうさぎに見える。
 とても小さくて、僕の足元で跳ねている。便宜上うさぎと呼んでいるが、恐らく本物のうさぎではない。喋るうさぎなど聞いたことがない。

「月と言ったかい」
「言った」
「どちらが月だい」
「え? ……あれだよ」

 僕は空を指し示し、闇夜を照らす衛星を見上げた。
「……あれ?」
「どちらが月だい」
 うさぎは笑って、ぴょこんと跳ねると僕の肩に飛び乗った。
 月は一つしかないと思っていたが、僕の認識が誤っていたのだろうか。空に浮かぶ『月』は、いつの間にか二つになっていた。今夜は満月。二つの月は煌々と闇に浮かび、輝いている。なんと奇妙な光景だろう。

「どちらが本物の月だと思う?」
「え、一つは偽物?」
「さて、どうだろう。あててごらんよ」
 うさぎは柔らかい体を僕に委ねて、いつの間にか腕の中に収まっていた。

「右かな……本物じゃない方の月は、じゃあ何?」
「私を迎えに来たのかもしれないね」
 うさぎは可愛らしい外見とは裏腹に、とても大人びた物言いをする。一人称が「私」なので、もしかしたら女性なのかもしれないが、外見から性別を判断することは出来なかった。

「うさぎは宇宙人か何か? ……宇宙うさぎ?」
「君は夢見がちだな」
「え? 何が?」
「頭の中が、夢いっぱいだなあ」
「それを言う? 大体うさぎの存在が、夢みたいなものじゃない?」
「そうかもしれないね」

 うさぎは小さく鼻を鳴らして、空を見上げた。
「君が選んだ右の『月』……、本当の月だろうか。当たっていたら、願いを一つ叶えよう」
「当たってるかどうか、どうやって判定するの?」
「こうやってさ」

 うさぎは長い耳をぴょこぴょこと動かした。何か聞いているのだろうか、耳以外動くこともせず、しんとした時間が流れる。
「──うさ……」
「静かに」
「何かわかるの?」
「近づいてくる」
「何が」

 きん、と高い音がした。
 耳の奥に響くその音の正体は、空から落ちてきた『月』だった。そんなに大きくはない。元からそう遠い場所にあったわけでもないのだろう。
「右側の、月だ。残念ながら君の願いを叶えることは出来ない」
 輝きを放つそれは僕とうさぎの周りをくるくると旋回し出した。

「私を迎えに来たようだ。……君も行くかい」
 宇宙船か何かなのだろうか。うさぎはふわりと僕の目線に浮かんだ。
「僕は外れを選んだから、うさぎに願いを叶えて貰えないでしょう? だから、行けない」
「ああ、そうだったね。では君を連れてゆくとしよう」
「──え」

 うさぎが言うと、僕も宙に浮かんだ。月の姿を模した宇宙船に沈むように吸い込まれ、地球の引力から引き離された僕は、そこからいなくなった。
 ついて行くと言えば、僕はここに一人残されたのだろうか。
 あとには静けさだけが残ったが、それを認識する者は誰もいない。
 闇夜には一つの月が、明るく輝いていた。


  終

────
お題「月」を、一時間で書く
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