月に沈む ─短編集─

硯羽未

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夕闇エモーション

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 朝焼けだと思ったら夕焼けだったことに、僕はびっくりしていた。
 寝る前の最後の記憶は定かでない。昨日何時にベッドに入り、一体何時間眠りについていたのか、まるでわからない。
 ベッドから這い出して、西の窓から見える赤く染まった空をはっきりしない頭で眺めるうちに、なんとなく思い出す。

「あぁ……確か映画を」
 記憶が少しずつ甦る。
 金曜日の夜のことだ。友人と一緒に映画館へ行き、観終わったあとにお互い感想を述べ合った。レイトショーだったため、映画館を出た時にはかなりの夜更けだった。24時間営業のファミレスの一角で二人、議論とも言える話を展開する。

「最後に主人公がああした理由ってなんだったんだろう?」
「愛ゆえじゃないか」
「愛……?」
「愛だろ、愛」
「なんかどっかで聞いたような科白だな」

 くだらないやりとりにも思えるが、僕にはそれが愛ゆえの行動とはどうしても思えなかった。そもそも僕には「愛」が理解出来ていない。
 けれどそこで黙っておくべきだったのかもしれない。
「愛なんていらなくないか」
「──何故?」

「あそこで愛を持ち出されても困惑しかない」
「そうか?」
 友人は眉をひそめ、先ほどドリンクバーで調合した謎ドリンクを口にした。ドリンクはまるで夕暮れのようなグラデーションを作り、色鮮やかでとても美しかった。友人はそれを“サンセット”と名付けていた。

「綺麗だろう。お前も飲むか。愛について語ろう」
「いらない」
「じゃあいいわ。お前変なところで頑なだな。だったら聞くけど、あの映画でどの辺がお前の心に刺さったのか、聞こうじゃないか」
「刺さるとは」
「印象に残ったとか、感動した、とかあるだろ」

 友人は少しそっぽを向いて、“サンセット”の入ったグラスをぐるりと回した。遠心力で中の液体が混ざり、夕焼けは闇夜へと変わる。その様子に、僕は惹かれた。いつか見た空の変化。それは僕の心をかき乱した。
「空の色……」
「ああ、確かに印象的な空だったな。他には」
「主人公が相棒を殺すシーン」
「まあ、あれがないと話に盛り上がりがないな」
「でも、人が死ぬのは悲しい」
「いずれ人は死ぬ。そしてあれは映画だ」

 友人は淡々と呟き、僕の前に闇夜となった“サンセット”を置いた。小さな泡がふつふつと水面に上がってくる。炭酸ベースのようだった。
「俺もいつか死ぬ。お前を置いてな」

 友人との会話はこれで終わりだ。終わったわけではないだろうが、記憶がここで途切れている。そのあと僕はどうしたのだったか。思い出せないまま部屋のカーテンを閉める。一日を無駄に寝過ごしてしまった後悔と、はっきり思い出せない曖昧なファミレスでの一件で、なんとなく心の靄が晴れない。
 何時だろうと思って、テーブルに放置されていたスマホを手に取ってみる。午後六時を少し回っていた。特になんのメッセージもない。友人からも、誰からも。

『俺もいつか死ぬ。お前を置いてな』

 ふと先ほど思い起こした言葉が脳裏をよぎる。あれはどういう意味だったのだろう。年など大して変わらない友人が、何故確信的に僕を置いて死ぬなどと口にしたのかわからなかった。

 先ほど閉めたカーテンが揺れていた。窓が開いていたようだった。僕は再び窓際に歩み寄ると、閉めたばかりのカーテンを少し開けてみる。
 太陽が地平線に沈み、暗闇が空を覆い始めていた。

 それを僕は美しいと感じた。
 血のような空が黒く染まるのを、心地よいと感じた。
 映画のラストシーンで、主人公が相棒を殺したのは何故だったのか。それは本当に愛ゆえだったのか。憎しみではなく。
 僕にはわからなかった。


 ぼんやりしていたら急にスマホが鳴り出したので、僕は我に返り窓をきちんと閉め直す。友人からの着信だった。知っている番号に疑問も持たずに応答ボタンを押してみる。
 しかしうんともすんとも言わない。無音である。
「なんだ? 聞こえない」
「……za…za…zaz…a」
 なんだか砂のようなノイズが聞こえる。電波の悪いところにいるのだろうか? 不審に思って僕の声は自然と大きくなる。

「おい、どうした?」
 やがて電波が良くなったのか、友人の声が僕の耳に届いた。
 ──あれからしばらく考えたんだけどな。
「……は?」
 ──やはりあれは愛だ。またいつか一緒に映画について語り合おう。
「僕と一緒に行って楽しいか? 受け取り方が全然違うだろ」
 ──そこが面白いんじゃないか。じゃあまた、いつか。
 友人はそれだけ言うと、通話を切った。

 意味がわからなかった。意見の食い違う僕達は映画を観るといつも感想が違う。けれどそこが面白いという友人の存在は、なんとなくありがたかった。けれど思う。いつかと言った友人と、最後に会ったのはいつであったのかと。
「ああ……いつか、か」
 君が友人でいてくれて、良かったのだろう。
 たとえそれが彼の岸の存在だとしても。またいつか、語り合うのだ。闇に染まった空を見つめながら、僕は誰にも聞こえない声で呟いた。
「……ありがとう」
 



──────

お題「空」
・色鮮やかな○○が出てくる
・「ありがとう」というセリフで終わる。

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