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第34話(最終話) 真冬
34-4
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「何言ってんだ竜司! ロリコンか!?」
「……マジに取るなよ」
なんだかおかしくなって、思わず噴き出す。まふゆを俺に取られると思ったのか、俺をまふゆに取られると思ったのかはわからないが、こんな軽い冗談に怒るなんて可愛らしい。
「大体竜司のアレはでかすぎてまふゆには入らない」
「……なに突飛なことほざいてやがる」
ちょっと呆れる。小さな子相手に何を想像しているのだ。話がピンポイントすぎる。そのでかいのを狭いとこに受け入れてる自分はどうなのだ。
壱流は俺からそっぽを向いて、またパソコンの画面を開いた。結構すぐに拗ねる。ヘッドフォンをつけようとしたその手を掴み、耳の傍に顔を近づけた。
「俺にはおまえがいるから、いいや」
まふゆに聞こえないくらいの声で言った俺に、壱流がびっくりしたような顔を向けた。
数秒黙り込んでいたが、やがてまふゆを取り返すと、小さな体を抱き締めたまま、俺の唇に軽く触れるだけのキスをした。
ベッド以外で、こんなことをされるのは稀だった。
「……まふゆ、子供はもう寝る時間だよ」
壱流が小さな頭を優しく撫でて、その腕を解いた。
最近は、壱流の手首に新しい傷は出来ていない。比較的精神は安定している。まふゆの存在は壱流の安定に繋がっている気がする。
それでも古傷が何本も残った手首を見るにつけ、俺は心を締め付けられる。
心と体に傷を増やしながら、それでも壱流は俺の傍にいる。傷が増えるのを知りながら、それでも俺は壱流の傍にいる。
またいつか俺は忘れてしまうのだろう。
今考えているすべてのことを。今日話したことも、壱流を好きだと思う気持ちも、濃い霧の中へ隠れてしまう。
いっそ死んだら楽になる。そう思うこともあるが、俺は今の俺を生きるしかない。
また傷つけるかもしれない。お互いが理解出来なくて摩擦が生じるかもしれない。
だがそれは記憶があっても起こり得る現象だ。先のことはまるで見えないが、それは俺でなくても同じだった。
生きてきたすべてのことを覚えている人間はいない。
人は忘れる生き物だ。俺はそれが他の人間よりも顕著というだけの話。
俺はこれからも、壱流の為にギターを弾いて一緒に音楽を作り出してゆく。記憶があろうがなかろうが、俺はギタリストでしかない。他の何かには、なれない。
「竜司、一緒に風呂、入んない?」
抱き締めたくなって伸ばした俺の手をすり抜け、再びパソコンを閉じて立ち上がった壱流は、返事を待たずに部屋を静かに出ていった。宙を掴んだ手を下ろし、俺は冷たいんだか誘ってるんだかわからないその背中を目で追う。
壱流の心はよく見えない。
不透明な水の奥深く沈んで、浮かぶことがない。
ふと窒息しそうな感覚に囚われて、俺は何度か深呼吸した。
終
※次回番外編。数年後のお話。
「……マジに取るなよ」
なんだかおかしくなって、思わず噴き出す。まふゆを俺に取られると思ったのか、俺をまふゆに取られると思ったのかはわからないが、こんな軽い冗談に怒るなんて可愛らしい。
「大体竜司のアレはでかすぎてまふゆには入らない」
「……なに突飛なことほざいてやがる」
ちょっと呆れる。小さな子相手に何を想像しているのだ。話がピンポイントすぎる。そのでかいのを狭いとこに受け入れてる自分はどうなのだ。
壱流は俺からそっぽを向いて、またパソコンの画面を開いた。結構すぐに拗ねる。ヘッドフォンをつけようとしたその手を掴み、耳の傍に顔を近づけた。
「俺にはおまえがいるから、いいや」
まふゆに聞こえないくらいの声で言った俺に、壱流がびっくりしたような顔を向けた。
数秒黙り込んでいたが、やがてまふゆを取り返すと、小さな体を抱き締めたまま、俺の唇に軽く触れるだけのキスをした。
ベッド以外で、こんなことをされるのは稀だった。
「……まふゆ、子供はもう寝る時間だよ」
壱流が小さな頭を優しく撫でて、その腕を解いた。
最近は、壱流の手首に新しい傷は出来ていない。比較的精神は安定している。まふゆの存在は壱流の安定に繋がっている気がする。
それでも古傷が何本も残った手首を見るにつけ、俺は心を締め付けられる。
心と体に傷を増やしながら、それでも壱流は俺の傍にいる。傷が増えるのを知りながら、それでも俺は壱流の傍にいる。
またいつか俺は忘れてしまうのだろう。
今考えているすべてのことを。今日話したことも、壱流を好きだと思う気持ちも、濃い霧の中へ隠れてしまう。
いっそ死んだら楽になる。そう思うこともあるが、俺は今の俺を生きるしかない。
また傷つけるかもしれない。お互いが理解出来なくて摩擦が生じるかもしれない。
だがそれは記憶があっても起こり得る現象だ。先のことはまるで見えないが、それは俺でなくても同じだった。
生きてきたすべてのことを覚えている人間はいない。
人は忘れる生き物だ。俺はそれが他の人間よりも顕著というだけの話。
俺はこれからも、壱流の為にギターを弾いて一緒に音楽を作り出してゆく。記憶があろうがなかろうが、俺はギタリストでしかない。他の何かには、なれない。
「竜司、一緒に風呂、入んない?」
抱き締めたくなって伸ばした俺の手をすり抜け、再びパソコンを閉じて立ち上がった壱流は、返事を待たずに部屋を静かに出ていった。宙を掴んだ手を下ろし、俺は冷たいんだか誘ってるんだかわからないその背中を目で追う。
壱流の心はよく見えない。
不透明な水の奥深く沈んで、浮かぶことがない。
ふと窒息しそうな感覚に囚われて、俺は何度か深呼吸した。
終
※次回番外編。数年後のお話。
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