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第4巻第3章 剣聖とウォーレン
ウォーレンとレジェス1
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「安い茶しか出せなくて悪いな」
屋敷の中に案内されたカーサが椅子に座って待っていると、レジェスがカーサの目の前にお茶をおいてくれる。
「別に、何でも、いい」
「そうか? 両家のお嬢さんみたいな身なりなんで普段はもっといいもの飲んでると思ったんだが」
「これ? これは、マヤさんが、くれた。今の、私の、主」
カーサは今日も着ているお気に入りの服の裾をピラピラする。
「へえ、いい主に仕えてるんだな」
「まあ、ね」
カーサはマヤのことを褒められて、自分が褒められたみたいに嬉しくなる。
しかし、そんな気持ちを頭の中の声がかき消した。
「その主はお前の兄を疑っているんだぞ?」
「……っ。うるさい、だまって」
「どうしたんだ突然?」
謎の声に思わず声に出して反論してしまったカーサに、レジェスは怪訝な様子でカーサの顔を覗き込んでいた。
「ごめん、なさい、何でも、ない」
「そうか?」
「うん、そう。それより、お兄ちゃんの、こと、教えて」
「ウォーレンのことなあ……さて、どこから話したもんかね……」
レジェスはしばらく中空を見つめて思案する。
そのままあーでもないこーでもないとぶつぶつ言いながら数分考えた後、レジェスはゆっくりと口を開いた。
「そうだな。まず、あいつと俺は最初に殺し合ったんだ」
***
数年前、レジェスは路地裏一の剣士として、街の裏社会でちょっとした有名人だった。
向かうところ敵なし、高い依頼料をもらって強盗やら殺しやらを請け負う日々を送っていたレジェスのところにふらりとやってきたのがウォーレンだった。
「あなたがレジェスさんですか?」
「何だてめえ? 仕事の依頼か? 俺の依頼料は高えぞ?」
自分よりも一回り大きいウォーレンに、レジェスは物怖じすることなく応じた。
それを見たウォーレンが柔らかく微笑んだのを、レジェスは今でもはっきり覚えている。
「依頼と言えば依頼です。私と試合をして頂きたい」
「試合だあ? そんなことして俺になんの得があるってんだ?」
下から睨みあげるレジェスに、ウォーレンは少しばかし考えると、懐から金貨の入った袋を取り出し、その中身をレジェスに見せる。
一瞬覗いた金色の輝きと、見るからに重そうな袋に、レジェスは思わず生唾を飲み込む。
「あなたが私を倒せれば、これを奪うことができます。いい条件じゃないですか?」
中身が金貨だけであることをわざと中身を少し取り出して示すと、ウォーレンは挑発的に笑ってそれを再び懐に収めた。
「へっ、面白え。そういうことなら!」
レジェスは開始の合図も何もなく一瞬で剣を抜くと、そのままウォーレンに斬りかかる。
(礼儀もルールもありゃしねえ! どこぞの剣士様か知らねえが、ここは裏社会なんでな!)
心の中ですら詫びることなく、完全に殺すつもりで不意をついたレジェスの剣は、しかしながら難なくウォーレンにかわされてしまう。
(やるな。だが!)
レジェスの狙いは初めからウォーレンを倒すことなどではない。
「誰がお前との試合なんぞの付き合うってんだよ、バーカ」
ウォーレンを嘲笑ったレジェスの手が、迷いなくウォーレンの懐に伸びる。
そう、最初からレジェスはウォーレンの懐の金貨袋を奪うつもりだったのだ。
「なるほど、剣撃はフェイクですか。ですがいいのですか、そこにいて」
涼しい顔でレジェスの攻撃を分析していたウォーレンの言葉を聞き流そうとしたレジェスだったが、嫌な予感がして周囲を改めて確認する。
すると、いつの間にやら抜かれていたウォーレンの剣が、レジェスの胴に向けて迫っていた。
「っっ! ちぃっ!」
とっさに先ほどウォーレンにかわされ地面に刺さっていた剣を使って飛び上がったレジェスはすんでのところでウォーレンの剣をかわした。
そのまま剣をおいて後ろに飛び退ったレジェスのもとに、レジェス自身の代わりにウォーレンの剣撃を受けた剣が吹き飛ばされて転がってきた。
あまりにもピッタリと自分の足元にやってきた自分の剣に、レジェスはここまですべてがウォーレンの計算通りなのではないかと思ってしまう。
「あのタイミングから回避してみせるとは、素晴らしい。さあ、剣を拾ってください」
「…………なにもんだ、あんた」
レジェスはウォーレンから片時も目を離さないようにしながら、ゆっくりと剣を拾う。
「さて、何者でしょうかね?」
その柔和な笑みと穏やかな口調からは想像もつかないほど鋭い斬撃がレジェスを襲い、レジェスはそれを間一髪受け止めた。
***
「はあはあはあ……降参だ……」
レジェスは肩で息をしながら言うと、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
結局、ただも一撃もウォーレンに攻撃を食らわせることはできなかった。
レジェスもウォーレンのすべての攻撃をかわし、いなし、受け止めたので無傷ではあるのだが――。
「お前、手加減してただろ?」
「まさか。あなたほどの剣士に手加減なんてできませんよ」
「言ってろ……」
全く息が乱れることもなく、汗の一つもかいていない状態でそんなことを言われても、説得力など皆無だった。
「信じてませんね? まあいいですが。それよりレジェスさん、私の修行仲間になってくれませんか?」
「修行仲間だと? なんで俺がそんなもん……」
「あなたの剣の腕を見込んでの――あなたは黙っていてください!」
「どうした?」
「いえ、何でも。私はあなたの剣の腕を見込んで修行仲間になって欲しいと思っています。ダメでしょうか?」
「………………だめだ。俺がそれを引き受けるメリットがねえからな」
一瞬、こんな強いやつと一緒に修行できるなら悪くないかもしれない、と思ったレジェスだったが、やはり金にならないことは引き受けるべきではないというのが結論だった。
「ではメリットがあればいいのですね」
ウォーレンは懐から先ほどの金貨が入った袋を取り出すと、それを倒れるレジェスの隣に投げてよこした。
「それではそのお金で私の修行仲間になって下さい」
「はあ!? お前バカか?」
「どうしてです?」
「いや、どうしてって……俺がこれ持って逃げるとか思わねえのかよ」
「できるんですか?」
言外に「できませんよね?」と言ってくるウォーレンに、レジェスは呆れを通り越して笑ってしまった。
「ははっ、ははははっ、お前頭おかしいだろ? ははっ。俺の剣の実力を見込んでとか言っといて、逃げられるんですか? とかっ、はははっ。…………しかたねえ、金がもらえるならやってやるよ、お前の修行相手。だけどこいつは貰いすぎだ」
レジェスは金貨袋を持って立ち上がると、中から5枚ばかし金貨を取り出し、残りをウォーレンに返した。
「全部差し上げますよ?」
「バカ、それじゃ俺がぼったくりみてえだろうが。これだけありゃ十分なんだよ。ほれ、行くぞ兄弟」
「そういうものですか……ん? 兄弟?」
少し困惑した様子のウォーレンは、レジェスに肩を組まされ、そのまま引きずられていくのだった。
屋敷の中に案内されたカーサが椅子に座って待っていると、レジェスがカーサの目の前にお茶をおいてくれる。
「別に、何でも、いい」
「そうか? 両家のお嬢さんみたいな身なりなんで普段はもっといいもの飲んでると思ったんだが」
「これ? これは、マヤさんが、くれた。今の、私の、主」
カーサは今日も着ているお気に入りの服の裾をピラピラする。
「へえ、いい主に仕えてるんだな」
「まあ、ね」
カーサはマヤのことを褒められて、自分が褒められたみたいに嬉しくなる。
しかし、そんな気持ちを頭の中の声がかき消した。
「その主はお前の兄を疑っているんだぞ?」
「……っ。うるさい、だまって」
「どうしたんだ突然?」
謎の声に思わず声に出して反論してしまったカーサに、レジェスは怪訝な様子でカーサの顔を覗き込んでいた。
「ごめん、なさい、何でも、ない」
「そうか?」
「うん、そう。それより、お兄ちゃんの、こと、教えて」
「ウォーレンのことなあ……さて、どこから話したもんかね……」
レジェスはしばらく中空を見つめて思案する。
そのままあーでもないこーでもないとぶつぶつ言いながら数分考えた後、レジェスはゆっくりと口を開いた。
「そうだな。まず、あいつと俺は最初に殺し合ったんだ」
***
数年前、レジェスは路地裏一の剣士として、街の裏社会でちょっとした有名人だった。
向かうところ敵なし、高い依頼料をもらって強盗やら殺しやらを請け負う日々を送っていたレジェスのところにふらりとやってきたのがウォーレンだった。
「あなたがレジェスさんですか?」
「何だてめえ? 仕事の依頼か? 俺の依頼料は高えぞ?」
自分よりも一回り大きいウォーレンに、レジェスは物怖じすることなく応じた。
それを見たウォーレンが柔らかく微笑んだのを、レジェスは今でもはっきり覚えている。
「依頼と言えば依頼です。私と試合をして頂きたい」
「試合だあ? そんなことして俺になんの得があるってんだ?」
下から睨みあげるレジェスに、ウォーレンは少しばかし考えると、懐から金貨の入った袋を取り出し、その中身をレジェスに見せる。
一瞬覗いた金色の輝きと、見るからに重そうな袋に、レジェスは思わず生唾を飲み込む。
「あなたが私を倒せれば、これを奪うことができます。いい条件じゃないですか?」
中身が金貨だけであることをわざと中身を少し取り出して示すと、ウォーレンは挑発的に笑ってそれを再び懐に収めた。
「へっ、面白え。そういうことなら!」
レジェスは開始の合図も何もなく一瞬で剣を抜くと、そのままウォーレンに斬りかかる。
(礼儀もルールもありゃしねえ! どこぞの剣士様か知らねえが、ここは裏社会なんでな!)
心の中ですら詫びることなく、完全に殺すつもりで不意をついたレジェスの剣は、しかしながら難なくウォーレンにかわされてしまう。
(やるな。だが!)
レジェスの狙いは初めからウォーレンを倒すことなどではない。
「誰がお前との試合なんぞの付き合うってんだよ、バーカ」
ウォーレンを嘲笑ったレジェスの手が、迷いなくウォーレンの懐に伸びる。
そう、最初からレジェスはウォーレンの懐の金貨袋を奪うつもりだったのだ。
「なるほど、剣撃はフェイクですか。ですがいいのですか、そこにいて」
涼しい顔でレジェスの攻撃を分析していたウォーレンの言葉を聞き流そうとしたレジェスだったが、嫌な予感がして周囲を改めて確認する。
すると、いつの間にやら抜かれていたウォーレンの剣が、レジェスの胴に向けて迫っていた。
「っっ! ちぃっ!」
とっさに先ほどウォーレンにかわされ地面に刺さっていた剣を使って飛び上がったレジェスはすんでのところでウォーレンの剣をかわした。
そのまま剣をおいて後ろに飛び退ったレジェスのもとに、レジェス自身の代わりにウォーレンの剣撃を受けた剣が吹き飛ばされて転がってきた。
あまりにもピッタリと自分の足元にやってきた自分の剣に、レジェスはここまですべてがウォーレンの計算通りなのではないかと思ってしまう。
「あのタイミングから回避してみせるとは、素晴らしい。さあ、剣を拾ってください」
「…………なにもんだ、あんた」
レジェスはウォーレンから片時も目を離さないようにしながら、ゆっくりと剣を拾う。
「さて、何者でしょうかね?」
その柔和な笑みと穏やかな口調からは想像もつかないほど鋭い斬撃がレジェスを襲い、レジェスはそれを間一髪受け止めた。
***
「はあはあはあ……降参だ……」
レジェスは肩で息をしながら言うと、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
結局、ただも一撃もウォーレンに攻撃を食らわせることはできなかった。
レジェスもウォーレンのすべての攻撃をかわし、いなし、受け止めたので無傷ではあるのだが――。
「お前、手加減してただろ?」
「まさか。あなたほどの剣士に手加減なんてできませんよ」
「言ってろ……」
全く息が乱れることもなく、汗の一つもかいていない状態でそんなことを言われても、説得力など皆無だった。
「信じてませんね? まあいいですが。それよりレジェスさん、私の修行仲間になってくれませんか?」
「修行仲間だと? なんで俺がそんなもん……」
「あなたの剣の腕を見込んでの――あなたは黙っていてください!」
「どうした?」
「いえ、何でも。私はあなたの剣の腕を見込んで修行仲間になって欲しいと思っています。ダメでしょうか?」
「………………だめだ。俺がそれを引き受けるメリットがねえからな」
一瞬、こんな強いやつと一緒に修行できるなら悪くないかもしれない、と思ったレジェスだったが、やはり金にならないことは引き受けるべきではないというのが結論だった。
「ではメリットがあればいいのですね」
ウォーレンは懐から先ほどの金貨が入った袋を取り出すと、それを倒れるレジェスの隣に投げてよこした。
「それではそのお金で私の修行仲間になって下さい」
「はあ!? お前バカか?」
「どうしてです?」
「いや、どうしてって……俺がこれ持って逃げるとか思わねえのかよ」
「できるんですか?」
言外に「できませんよね?」と言ってくるウォーレンに、レジェスは呆れを通り越して笑ってしまった。
「ははっ、ははははっ、お前頭おかしいだろ? ははっ。俺の剣の実力を見込んでとか言っといて、逃げられるんですか? とかっ、はははっ。…………しかたねえ、金がもらえるならやってやるよ、お前の修行相手。だけどこいつは貰いすぎだ」
レジェスは金貨袋を持って立ち上がると、中から5枚ばかし金貨を取り出し、残りをウォーレンに返した。
「全部差し上げますよ?」
「バカ、それじゃ俺がぼったくりみてえだろうが。これだけありゃ十分なんだよ。ほれ、行くぞ兄弟」
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