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冷感布の行く末と王子の策略

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「さて、では行きましょうか」

 ひとしきり喜び、保冷時間を調べ、一息ついたところでオリバーが今までの研究の記録をまとめた紙を持って言った。

 不思議そうな顔をするエルム。

「行く?」

「えぇ、ローレンスが首を長くして待っていると思いますよ」

 執務室には、ローレンスとフレア、アッシュが護衛の騎士が数名いた。執務机側ではなく、小さな会議ができる円卓の置かれたスペースに通された。

「お待たせしました」

 オリバーがヒューゴに目を向ける。ヒューゴは小さくうなずくと会議机にシャツを護衛を担う騎士に渡した。
 騎士は一通り点検してヒューゴに戻す。ヒューゴは魔力を通し冷却するとローレンスの前に置いた。
 
「冷却魔術の式を埋め込んだシャツです。触ってご覧になってください」

 ローレンスが手に取る。

「冷たいな。清流に手を入れたようだ」

 アッシュ、フレアと順に触っていく。

「これは、起動するとどれくらい持続するの?」

「室内で3時間ほどです。それを過ぎると少しずつ温度が上がっていきます。再び魔力を入れれば続けて使えます」
 
 アッシュの質問に、オリバーが答える。
 
「一着作るのにどれくらいかかる?」

「材料コストは通常のシャツの1.5倍。制作時間は現在職人に任せても通常の2倍かかっています」

「そうか。では、メグ、エルム、どうしたい? これを秘密にすることもできるし、商品として売ることもできる。……発表して有名になることも」

 ローレンスが二人に問いかける。メグとエルムは顔を見合わせた。

「誰かの役に立つように使ってほしいな」

 メグが言うとエルムも首を大きく縦に振った。

「うん、暑さに困っている人の助けになればいいと思う」

「わかった」

 ローレンスは二人の言葉に頷いて立ち上がる。

「必ずその通りにしよう」

 エルムとメグの頭を優しくなでた。

 *******

 冷却魔術を埋め込んだ布は、冷感布と名前を付けられ、王国中の布製品に革命を起こした。
 シャツに始まり、肌着や掛け布団も作られ、すぐには夏の必需品として急速に国民の生活に馴染んでいっている。
 サロダールには魔術を埋め込んだ布の工房兼研究所が新設され、冷感布の他に温感布や速乾布の研究も始まり、成果を上げている。
 王都の研究所と王室へ事前に投げかけた淡水蚕の実験的養殖施設の申請はすぐに王室も資金提供をする形で始まり、もうすぐ、淡水蚕の布の安定供給が始まる予定である。
 これはローレンスとアッシュの根回しが功を奏していた。
 
 共同開発の形で発表された技術の開発者欄には、オリバー、ヒューゴの後ろにエルムとメグの名前が入っていた。
 小さな子供の思い付きをオリバーとヒューゴが形にしたのだろうと研究者の多くはそう解釈し、オリバーの狙い通り、メグやエルムに関心が向くことはなく、終わることになった。
 
 メグとエルムの名前を開発者欄に残すことをローレンスは最初渋った。いらぬやっかみや憶測にまだ幼い子供たちを巻き込むことに難色を示したのだ。

「二人の初めての発見です。隠れ蓑になることは喜んでしますが、横取りするようなまねはできません」
 
 オリバーとヒューゴの連名で出せばいいと言ったローレンスに、オリバーは頑なに主張を曲げなかった。

「この経験がいつか、メグとエルムの力になってくれるかもしれない」

 最終的に説得に加わったフレアの言葉にローレンスが折れた形だった。

 ******

 頻繁に王城へ呼ばれるようになったローレンスにくっついて、メグとエルムは冷感布を持ってセオドアを訪ねた。

 豪華なゲストルームに通されて待つこと十数分、部屋に飛び込んできたセオドアと大勢の使用人を見てメグとエルムは正式な礼の形をとる。すると、セオドアは丁寧に答え、数名の護衛を残し、ほかの使用人をすべて下がらせた。

「……これで前みたいに話せる?」

 いたずらっぽく笑うセオドアに、メグとエルムは思わず吹き出すように笑った。
 セオドアを呼ぶときは敬称をつける。敬語は使わない。このぎりぎりのラインはセオドアとメグ、エルムの中での決まりだった。しかし、多くの人の目があるときは立場を重んじ臨機応変に。そのあたりのさじ加減ができると周囲の大人たちにみなされてからはかなり自由に王城やレージュの屋敷の行き来が許されるようになった。

「最高だよ!」

「君たちの冷感布も最高だよ。話聞かせてほしいんだ」

 セオドアはそう言って着ていたシャツを見せる。魔力の注入口がある冷感布のシャツだ。

「君たちはどうして、淡水蚕の繭を布にしようって思ったんだ? そもそも、繭はなんで魔力を受けても固くならない? それと……」

 セオドアが次々に疑問を口にしていく。メグとエルムはそれらに1つ1つ丁寧に答えていく。セオドアの生物に対する深い理解から生まれる疑問に答えたり、実験の苦労話や面白い失敗の話で笑いながら、楽しい時間は過ぎていった。

 一通り話し終えると、メイドがお茶を持ってきた。護衛騎士がタイミングを見計らって声をかけていたのだ。お茶を飲みながら、メグは気になっていたことに触れる。

「セオドアでんかはすごく生き物にくわしいね」

「うん、好きなんだ。できれば学園の高等教育は生物学に行きたくて」

「がくえん?」

 メグが聞き返す。メグがこの国の教育制度を耳にするのは初めてだった。不思議な顔をするメグにエルムが補足する。

「あぁ、王立学園のことだよ。中等教育は広く浅くなんだけど、高等教育は専門分野がいくつか選べるんだ」

「そう、王位継承権のある王族は高等教育の分野、決められてて……」

 セオドアの顔が曇り少しうつむく。メグとエルムは何やら少し様子が違うセオドアの近くに寄っていくと、セオドアは急に顔をあげて二人の肩をセオドア自身に近づけた。

「……だから、王位に興味ないんだ」

 周囲に聞こえないように小声で言ったセオドアの告白に、メグとエルムは顔を見合わせる。

「けいしょうあらそい? ってやつにまきこまれたくない?」

「あ、もしかして、普段少しおどおどしてるのって」
 
 メグとエルムの言葉に、セオドアが頷く。

「そういうこと」

 とんでもないことを聞いてしまったと思うメグとエルムの顔をみて、セオドアは、君たちなら協力してくれるよね? と笑った。

 見つめ合って、数秒。エルムはしょうがないなと笑った。

「いいね、そういうの。ぼくも王立学園の高等教育は生物学分野に進みたいし」

「学友になってくれるのか?」

「まぁね」

 少し照れくさそうなエルムとセオドアの顔を交互に見てメグは不思議そうにつぶやく。

「2人とも、もう友だちだよ」

 メグの言葉に2人は顔を見合わせて声を上げて笑った。
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