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入学資格の壁
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時は経ち、メグは8歳になった。
「エル兄さま! お父様のところへ行こう!」
エルムの部屋の扉をたたきながらメグは叫ぶ。
「メグ、ちょっと待って!」
部屋の奥からエルムの声が聞こえる。返事が聞こえたら入っていい。メグはそう都合よく解釈して扉を開ける。
「兄さま、また細工してる! 何を作ってるの?」
「今日は、すっごく飛ぶ連絡紙! 魔力を込める位置を変えると飛び方が変わると思うんだ」
そう答えるエルム、メグは手元をみつめてじっと考え始める。
「……魔力を込める位置とは別に重心と風も考えてみたら? 先生に教わったやつ」
「なるほど! あ、もしかして少し厚みを出して角度つけたら、早さも出るかな」
エルムは納得したように頷くと鼻歌を歌いながら作業を進めていく。
貸した本がまだ入っていたはずだとメグは思い至って、エルムの本棚を端から見ていく。
「あった。兄さま、このページのこれ。参考になると思う」
「動物の滑空方法? そうか! ありがとう!」
エルムは少し前から魔術の式を組みなおして道具を改良することにのめりこんでいる。手先が器用で、柔軟な思考力がある。そして地道にコツコツと作りこむ根気強さは天性のものだとメグは思っていた。
エルムが新しい知識を手に入れると、そこから斬新なアイディアが湧き出てくる。それを聞くのがメグとオリバーの最近の楽しみだった。
あーだこーだと話し合いながら連絡紙の細工を続けていると、ノックが聞こえた。エルムが返事をするとすぐにローレンスの声と扉の開く音がして、ローレンスと執事長が入ってくる。
「メグ、エルム、何をしていたんだい?」
少し険しい顔をしているローレンス。そこでメグはやっと、ローレンスの執務室に行く約束をしていたことを思い出す。
「連絡紙の細工を。いいのができそうだよ」
何も気にしない様子のエルムが試作段階の連絡紙を少し飛ばして見せた。
「そうか、約束は守れと言っているのだがな」
ため息をついて眉間を抑えるローレンス。エルムもさすがに申し訳なくなったのか、メグと顔を見合わせる。
「ごめんなさい」
「気を付けるよ」
二人が謝ると、ローレンスは反省しているならいいと言って、もう一度ため息をついた。最後に一言、よく飛んでいると付け加えて。
「連絡紙の細工、私も気になるのですが」
廊下側から声がする。顔を向けるとオリバーが立っていた。
「待たせてすまなかったな」
「いえ、新しい発明が見られるのであればいくらでも待ちますとも」
オリバーはそう言うとエルムの手元をのぞき込む。
「なるほど、魔術で作る道に風の力を利用するわけですね。でしたら、この風の力も式に組み込んでみるのはいかがでしょう」
エルムはその言葉にまた喜んで作業を始める。オリバーとメグが近くで資料になりそうな本を探したり案を話し合い始めたところで、ローレンスが咳払いをした。
「……すみません、つい」
オリバーが言うと、ローレンスは小さくうなずき、エルムとメグのほうを向いた。
「先日、オリバーと基礎魔力量を測っただろう」
メグは4日前、オリバーに言われて初めて見る道具に魔力を流し込んだことを思い出した。
「その結果をみて、オリバーと今後の方針を考えた。メグは研究棟でオリバーに聞きなさい」
ローレンスがオリバーに視線をやる。メグはローレンスの表情がいつもよりも固いことに気がついた。
「メグ様、行きましょう」
オリバーの言葉に頷きながら、残されるエルムをちらちらと見ながらメグはオリバーのあとをついて部屋を出た。
声が聞こえない確信を持てるくらい離れたところで、メグはオリバーに声をかける。
「基礎魔力量の検査、何かあったの」
「……王立学園の高等教育を受けるには魔力量の基準が設けられていることはご存じですね」
「えぇ、でも、お父様とお母様は基礎魔力で基準を超えていたはずだから、私たちも問題ないだろうって」
基礎魔力は遺伝する。親の基礎魔力が高ければ子も高いのが当たり前だ。王立学園は中等教育終了時に試験を行い、高等教育課程へ進む生徒と中等教育課程で終わる生徒を振り分ける。試験内容は魔術実技と筆記試験、そして魔力量だ。
魔力量が足りない生徒は実技と筆記でカバーしなくてはならないが、これがとても厳しく魔力基準を満たさずに入学例はほとんどない。魔力はこの国で圧倒的な力を持つ。魔力の高い人ほど地位が高いと言っても過言ではない。
「メグ様はフレア様を凌ぐ量の基礎魔力でした。フレア様のご実家の基礎魔力を受け継がれたのでしょう」
フレアは王とも親類関係にあたるファロット家の出身である。高い魔力量で大規模な式を素早く動かせる力があり、マルサマーレの道を一手に整備した歴史を持つ家系だ。
「エル兄さまは?」
オリバーの顔が曇った。
「……ごくまれに、基礎魔力を持たない人が生まれる話はしましたね」
「えぇ……まさか?」
オリバーが頷く。
「基礎魔力がなくても、両掌と左足の魔力貯蔵は機能していました。なので日常生活には問題はありません。しかし、今後の成長を加味しても高等教育の基準には」
「……でも、高等教育を終えないと。研究者には」
オリバーは静かに横に首を振る。
「そうですね。道は、とても険しいものかと」
メグにはオリバーのその言葉がやけに響いて聞こえた。
「エル兄さま! お父様のところへ行こう!」
エルムの部屋の扉をたたきながらメグは叫ぶ。
「メグ、ちょっと待って!」
部屋の奥からエルムの声が聞こえる。返事が聞こえたら入っていい。メグはそう都合よく解釈して扉を開ける。
「兄さま、また細工してる! 何を作ってるの?」
「今日は、すっごく飛ぶ連絡紙! 魔力を込める位置を変えると飛び方が変わると思うんだ」
そう答えるエルム、メグは手元をみつめてじっと考え始める。
「……魔力を込める位置とは別に重心と風も考えてみたら? 先生に教わったやつ」
「なるほど! あ、もしかして少し厚みを出して角度つけたら、早さも出るかな」
エルムは納得したように頷くと鼻歌を歌いながら作業を進めていく。
貸した本がまだ入っていたはずだとメグは思い至って、エルムの本棚を端から見ていく。
「あった。兄さま、このページのこれ。参考になると思う」
「動物の滑空方法? そうか! ありがとう!」
エルムは少し前から魔術の式を組みなおして道具を改良することにのめりこんでいる。手先が器用で、柔軟な思考力がある。そして地道にコツコツと作りこむ根気強さは天性のものだとメグは思っていた。
エルムが新しい知識を手に入れると、そこから斬新なアイディアが湧き出てくる。それを聞くのがメグとオリバーの最近の楽しみだった。
あーだこーだと話し合いながら連絡紙の細工を続けていると、ノックが聞こえた。エルムが返事をするとすぐにローレンスの声と扉の開く音がして、ローレンスと執事長が入ってくる。
「メグ、エルム、何をしていたんだい?」
少し険しい顔をしているローレンス。そこでメグはやっと、ローレンスの執務室に行く約束をしていたことを思い出す。
「連絡紙の細工を。いいのができそうだよ」
何も気にしない様子のエルムが試作段階の連絡紙を少し飛ばして見せた。
「そうか、約束は守れと言っているのだがな」
ため息をついて眉間を抑えるローレンス。エルムもさすがに申し訳なくなったのか、メグと顔を見合わせる。
「ごめんなさい」
「気を付けるよ」
二人が謝ると、ローレンスは反省しているならいいと言って、もう一度ため息をついた。最後に一言、よく飛んでいると付け加えて。
「連絡紙の細工、私も気になるのですが」
廊下側から声がする。顔を向けるとオリバーが立っていた。
「待たせてすまなかったな」
「いえ、新しい発明が見られるのであればいくらでも待ちますとも」
オリバーはそう言うとエルムの手元をのぞき込む。
「なるほど、魔術で作る道に風の力を利用するわけですね。でしたら、この風の力も式に組み込んでみるのはいかがでしょう」
エルムはその言葉にまた喜んで作業を始める。オリバーとメグが近くで資料になりそうな本を探したり案を話し合い始めたところで、ローレンスが咳払いをした。
「……すみません、つい」
オリバーが言うと、ローレンスは小さくうなずき、エルムとメグのほうを向いた。
「先日、オリバーと基礎魔力量を測っただろう」
メグは4日前、オリバーに言われて初めて見る道具に魔力を流し込んだことを思い出した。
「その結果をみて、オリバーと今後の方針を考えた。メグは研究棟でオリバーに聞きなさい」
ローレンスがオリバーに視線をやる。メグはローレンスの表情がいつもよりも固いことに気がついた。
「メグ様、行きましょう」
オリバーの言葉に頷きながら、残されるエルムをちらちらと見ながらメグはオリバーのあとをついて部屋を出た。
声が聞こえない確信を持てるくらい離れたところで、メグはオリバーに声をかける。
「基礎魔力量の検査、何かあったの」
「……王立学園の高等教育を受けるには魔力量の基準が設けられていることはご存じですね」
「えぇ、でも、お父様とお母様は基礎魔力で基準を超えていたはずだから、私たちも問題ないだろうって」
基礎魔力は遺伝する。親の基礎魔力が高ければ子も高いのが当たり前だ。王立学園は中等教育終了時に試験を行い、高等教育課程へ進む生徒と中等教育課程で終わる生徒を振り分ける。試験内容は魔術実技と筆記試験、そして魔力量だ。
魔力量が足りない生徒は実技と筆記でカバーしなくてはならないが、これがとても厳しく魔力基準を満たさずに入学例はほとんどない。魔力はこの国で圧倒的な力を持つ。魔力の高い人ほど地位が高いと言っても過言ではない。
「メグ様はフレア様を凌ぐ量の基礎魔力でした。フレア様のご実家の基礎魔力を受け継がれたのでしょう」
フレアは王とも親類関係にあたるファロット家の出身である。高い魔力量で大規模な式を素早く動かせる力があり、マルサマーレの道を一手に整備した歴史を持つ家系だ。
「エル兄さまは?」
オリバーの顔が曇った。
「……ごくまれに、基礎魔力を持たない人が生まれる話はしましたね」
「えぇ……まさか?」
オリバーが頷く。
「基礎魔力がなくても、両掌と左足の魔力貯蔵は機能していました。なので日常生活には問題はありません。しかし、今後の成長を加味しても高等教育の基準には」
「……でも、高等教育を終えないと。研究者には」
オリバーは静かに横に首を振る。
「そうですね。道は、とても険しいものかと」
メグにはオリバーのその言葉がやけに響いて聞こえた。
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