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続編
第30話 続編 kiss each other (2)
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区切りがついた桐谷も眼鏡を外し、ソファに移動してきた。
ふわりと嗅ぎ慣れた桐谷の香りがした。
美崎は懐かしくて身体がきゅっとした。
桐谷と優也、そして美崎と過ごしたあの奇妙な日々を懐かしく思った。
「仁…」
「相変わらず綺麗だね、美崎」
「どうして会ってくれなかったんだよ!」
美崎は桐谷に抱き着いた。
すぐに安心感に包まれた。
不安な時、いつも抱き留めてくれていた場所。
桐谷も美崎に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。
美崎は深呼吸をした。
やっとまともに息ができるようになった…
「君のことは聞いているよ。
ブラック・バニーズでは派手に、でも真面目に仕事をしてるし、この間のイースター・バニーズの白うさぎの評判も上々。
学校では単位を落とさずに進級、卒論のゼミの研究も熱心にこなしている。
あとは、keiと本気のキスしたことかな」
「なっ、どうしてそんなこと知ってんの?!」
「あれ、本当だったんだ。
そうか、keiと仲良くしているんだね」
美崎は桐谷にカマをかけられたことがわかり、悔しくて力いっぱい身体を摺り寄せた。
「まぁ、佐伯からも優也からも君のことは聞いているから」
美崎は桐谷に顔を見られないようにして、つぶやいた。
「ねぇ」
「ん?」
「どうして最近、ブラック・バニーズに来ないの?
俺と会ってくれなかったのはどうして?」
美崎の問いに桐谷はなにも答えない。
ただ、美崎の髪を緩やかになでるだけだった。
美崎は答えてほしくて、言葉を続けた。
「優也さんのため?」
なで続ける桐谷の手。
「優也さんのために、煙草も止めて、ブラック・バニーズにも来なくなったの?
俺に会わないのも、そのためなの?」
桐谷は無言で美崎をなでていた。
何も言ってもらえない美崎の感情が高ぶり、音もなく涙を一筋流した頃、ようやく桐谷が口を開いた。
「そうだよ」
美崎は胸の痛みに静かに目を閉じた。
「君は私の歳を知っているか。
もし私が平均寿命まで生きたとしても、優也との時間はそれほど長くない。
おまけにこれまでの私は優也にひどい扱いをしてきたし、君と私で彼をどれだけ傷つけたのか知っているだろう」
桐谷は小さく言葉を切った。
「美崎とのことはあれでよかったと思っている。
どれだけ優也を傷つけたとしても、私は美崎を抱きたかった。
最後のあれには驚いたけど、とても楽しくて素敵な時間だったよ」
桐谷の美崎をなでていた手が止まる。
「それでも、優也をこれ以上傷つけたくはない、と思った。
だから自分にできることは努力しようとしているところだ」
美崎はぎゅっと桐谷にしがみついた。
桐谷はまた、美崎の髪をなで始めた。
「もう、会えないの?」
不安そうな小さな声が静かなオフィスに響いた。
「どうして?
今だってこうやって会っているだろう」
「でも、なかなか会ってくれなかった」
「まぁね。
でもそろそろいい時期だと思ったんだよ。
私から離れて君が独り立ちするのに」
桐谷は美崎の肩に手を置き、自分から少し離して美崎の顔を見た。
「美崎、私を見て」
久しぶりに至近距離で桐谷を見るのに、美崎は照れてしまった。
顔を薄っすらと赤くして、美崎は精一杯桐谷を見た。
「初めて会った時のこと、覚えているかい?」
「ああ、ムカつく説教ジジィだと思ったから」
美崎の言葉に桐谷はカラカラと声を上げて笑った。
「あの時の君はとても刺激的で眩しくて、でもひどく不安定に見えた。
心配した」
「そんなに?」
「ああ。
だから面白くない話をした。
美崎みたいなタイプは何人も見てきたけど、大体、つぶれていってしまうんだ。
私はそれを望まなかった」
桐谷は乾いた指先で、美崎の涙をぬぐった。
「ずっときらきらと輝いてほしかった。
今もそう願っている」
「仁」
熱のこもった桐谷の言葉に、美崎は真面目に向かい合った。
「自分をもっと大切にしてほしかったよ。
今はどうだい?
自分をかわいがっているかい?」
「ん…まぁまぁかな」
「誰かと愛し愛される経験をしたかい?」
それはあなただよ。
美崎は心のなかで呟く。
桐谷を愛し、桐谷に愛された。
今まで一人に深く執着したことがなかった。
寂しさを埋めるための関係を持たなくなったが、その分、手に入らない人を望む苦しさを新たに覚えた。
焦げついた匂いがしそうなほどの思いに不安になる。
長い長い夜をひとりで過ごすのが苦痛だ。
誰でもいい。
すがりたくなる。
しかしそうしないのは、背の高い黒うさぎが遠慮がちに後ろから抱きしめてくれるから。
肩に顎をのせ、耳元で「みーさき」と名前を呼んでくれるから。
自分が嫌がればすぐにその腕から解放してくれるから。
でも身体を預けたらそのまま嬉しそうに抱きしめてくれるから。
「ふふふ、自暴自棄になってヘンに傷つけるんじゃないよ。
今でも君の身体を覚えている。
とても美しかった」
桐谷は美崎の首筋に手をやり、そのまま指を滑らして服の上から鎖骨をなぞる。
それは桐谷に抱かれたときのことを思い出させるのに、十分な動作だった。
美崎は一瞬で桐谷のことだけで一杯になった。
桐谷が欲しくて欲しくてたまらなくて、優也の前で強奪し桐谷を貪った。
そのとき、桐谷は自分だけを見てくれた。
身体が震えるほど嬉しかった。
もう、あの時間は戻ってこない。
二度と桐谷に抱かれることはない。
「ずっと綺麗でいて、美崎」
苦しくなる呼吸。
涙が流れる。
優しく包むように見つめる桐谷の目。
「返事は、美崎?」
このまま時間が止まればいいのに。
しかし、止まったとしても桐谷の心は美崎には得られない。
しばらく間をあけて、美崎は小さく「はい」と答えた。
桐谷は目を細め、満足そうにうなずいた。
ふわりと嗅ぎ慣れた桐谷の香りがした。
美崎は懐かしくて身体がきゅっとした。
桐谷と優也、そして美崎と過ごしたあの奇妙な日々を懐かしく思った。
「仁…」
「相変わらず綺麗だね、美崎」
「どうして会ってくれなかったんだよ!」
美崎は桐谷に抱き着いた。
すぐに安心感に包まれた。
不安な時、いつも抱き留めてくれていた場所。
桐谷も美崎に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。
美崎は深呼吸をした。
やっとまともに息ができるようになった…
「君のことは聞いているよ。
ブラック・バニーズでは派手に、でも真面目に仕事をしてるし、この間のイースター・バニーズの白うさぎの評判も上々。
学校では単位を落とさずに進級、卒論のゼミの研究も熱心にこなしている。
あとは、keiと本気のキスしたことかな」
「なっ、どうしてそんなこと知ってんの?!」
「あれ、本当だったんだ。
そうか、keiと仲良くしているんだね」
美崎は桐谷にカマをかけられたことがわかり、悔しくて力いっぱい身体を摺り寄せた。
「まぁ、佐伯からも優也からも君のことは聞いているから」
美崎は桐谷に顔を見られないようにして、つぶやいた。
「ねぇ」
「ん?」
「どうして最近、ブラック・バニーズに来ないの?
俺と会ってくれなかったのはどうして?」
美崎の問いに桐谷はなにも答えない。
ただ、美崎の髪を緩やかになでるだけだった。
美崎は答えてほしくて、言葉を続けた。
「優也さんのため?」
なで続ける桐谷の手。
「優也さんのために、煙草も止めて、ブラック・バニーズにも来なくなったの?
俺に会わないのも、そのためなの?」
桐谷は無言で美崎をなでていた。
何も言ってもらえない美崎の感情が高ぶり、音もなく涙を一筋流した頃、ようやく桐谷が口を開いた。
「そうだよ」
美崎は胸の痛みに静かに目を閉じた。
「君は私の歳を知っているか。
もし私が平均寿命まで生きたとしても、優也との時間はそれほど長くない。
おまけにこれまでの私は優也にひどい扱いをしてきたし、君と私で彼をどれだけ傷つけたのか知っているだろう」
桐谷は小さく言葉を切った。
「美崎とのことはあれでよかったと思っている。
どれだけ優也を傷つけたとしても、私は美崎を抱きたかった。
最後のあれには驚いたけど、とても楽しくて素敵な時間だったよ」
桐谷の美崎をなでていた手が止まる。
「それでも、優也をこれ以上傷つけたくはない、と思った。
だから自分にできることは努力しようとしているところだ」
美崎はぎゅっと桐谷にしがみついた。
桐谷はまた、美崎の髪をなで始めた。
「もう、会えないの?」
不安そうな小さな声が静かなオフィスに響いた。
「どうして?
今だってこうやって会っているだろう」
「でも、なかなか会ってくれなかった」
「まぁね。
でもそろそろいい時期だと思ったんだよ。
私から離れて君が独り立ちするのに」
桐谷は美崎の肩に手を置き、自分から少し離して美崎の顔を見た。
「美崎、私を見て」
久しぶりに至近距離で桐谷を見るのに、美崎は照れてしまった。
顔を薄っすらと赤くして、美崎は精一杯桐谷を見た。
「初めて会った時のこと、覚えているかい?」
「ああ、ムカつく説教ジジィだと思ったから」
美崎の言葉に桐谷はカラカラと声を上げて笑った。
「あの時の君はとても刺激的で眩しくて、でもひどく不安定に見えた。
心配した」
「そんなに?」
「ああ。
だから面白くない話をした。
美崎みたいなタイプは何人も見てきたけど、大体、つぶれていってしまうんだ。
私はそれを望まなかった」
桐谷は乾いた指先で、美崎の涙をぬぐった。
「ずっときらきらと輝いてほしかった。
今もそう願っている」
「仁」
熱のこもった桐谷の言葉に、美崎は真面目に向かい合った。
「自分をもっと大切にしてほしかったよ。
今はどうだい?
自分をかわいがっているかい?」
「ん…まぁまぁかな」
「誰かと愛し愛される経験をしたかい?」
それはあなただよ。
美崎は心のなかで呟く。
桐谷を愛し、桐谷に愛された。
今まで一人に深く執着したことがなかった。
寂しさを埋めるための関係を持たなくなったが、その分、手に入らない人を望む苦しさを新たに覚えた。
焦げついた匂いがしそうなほどの思いに不安になる。
長い長い夜をひとりで過ごすのが苦痛だ。
誰でもいい。
すがりたくなる。
しかしそうしないのは、背の高い黒うさぎが遠慮がちに後ろから抱きしめてくれるから。
肩に顎をのせ、耳元で「みーさき」と名前を呼んでくれるから。
自分が嫌がればすぐにその腕から解放してくれるから。
でも身体を預けたらそのまま嬉しそうに抱きしめてくれるから。
「ふふふ、自暴自棄になってヘンに傷つけるんじゃないよ。
今でも君の身体を覚えている。
とても美しかった」
桐谷は美崎の首筋に手をやり、そのまま指を滑らして服の上から鎖骨をなぞる。
それは桐谷に抱かれたときのことを思い出させるのに、十分な動作だった。
美崎は一瞬で桐谷のことだけで一杯になった。
桐谷が欲しくて欲しくてたまらなくて、優也の前で強奪し桐谷を貪った。
そのとき、桐谷は自分だけを見てくれた。
身体が震えるほど嬉しかった。
もう、あの時間は戻ってこない。
二度と桐谷に抱かれることはない。
「ずっと綺麗でいて、美崎」
苦しくなる呼吸。
涙が流れる。
優しく包むように見つめる桐谷の目。
「返事は、美崎?」
このまま時間が止まればいいのに。
しかし、止まったとしても桐谷の心は美崎には得られない。
しばらく間をあけて、美崎は小さく「はい」と答えた。
桐谷は目を細め、満足そうにうなずいた。
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