騎士が花嫁

Kyrie

文字の大きさ
32 / 61
本編

32. 帰還 - リノ

しおりを挟む
ロバート様から次期王様のことを聞いた翌日、街中にそれが知らされた。
俺も街の様子が知りたかったけど、そんな暇がなかった。
クラディウス様の屋敷に設けられた救護室は閉じられることになった。
騎士様や兵士の多くは、新しい体制で整えられた王宮の救護室に移されることになった。
怪我をした街の人の場合は、街の医者のところに移された。

俺たちはその人たちの記録を取ったり、荷物をまとめるのを手伝ったり、あれこれやった。
患者としていた人たちの多くはユエ先生や研修士さんだけでなく、インティアや俺にまでお礼を言ってくれた。
特にインティアの子守唄への感謝は大きなものだった。

インティアは天使のように微笑み、その感謝の言葉を受けながら優しく「もう、怪我をしないでくださいね」と一人ずつ手を取って言っていた。
「本物の天使がいる」としばらく大騒ぎになるくらいだった。
あの清らかな微笑みで言われたら、そう思うだろう。
俺もびっくりしたし、ぽ~っとなるのもわかる気がした。
陰で倒れそうになり、泣きながら過ごしていたことなんて微塵も感じさせない。

ここを出たらどうするんだろう?
花街にまた、戻るんだろうか?



ピニャータ王様の喪に服しているとはいえ、内外にメリニャの揺るがない力を見せつけるのだ、とマグリカ様の戴冠式は盛大に行われた。
俺もインティアと一緒にジャスティ様に連れられて、王宮の広場に行きお祝いをした。
そのとき、ザクア伯爵様の一行と出会った。
ペリヌさんとカーティさんもいて、再会を喜んだ。

「元気にしていたか、リノ」

「はい、ペリヌさん」

「本当にひどい怪我をしたと聞いたときには心配したよ」

「すみません、カーティさん」

「ジュリアスさんがさ、再々私たちのところにも来てくださってさ、心強かったよ」

「え、そうなの?」

知らなかった。
カーティさんの話だと困ったことがないか、怪我はないかと何度か訪ねていってくれたそうだ。
ペリヌさんが街で喧嘩に巻き込まれて怪我をしたときもユエ先生のところに連れてきてくれたらしい。
ちっとも気がつかなかった。

「元気なリノに会えて今日はよかったよ」

「背が伸びて、大人になったね。
落ち着いたら、ジュリアスさんと一緒に遊びにおいで」

俺はペリヌさんとカーティさんにむぎゅむぎゅとハグされて頭をなでまわされ、そして別れた。




第三騎士団の騎士様も少しずつ、クラディウス様の寮に戻って来られている。
みなさん、お疲れの様子だけど顔は明るい。

ジュリさんはまだかな。

クラディウス様やジュリさんは残務処理で他の人より戻るのが遅いんだって。
俺は手紙を開いては読み、ユエ先生の手伝いをしながらジュリさんの帰りを待った。



戴冠式から2週間後の深夜、騎士様の制服にマントを翻したクラディウス様とジュリさんが屋敷に戻ってこられた。
5か月ぶりになる。

クラディウス様の少し後ろから歩いてこられるジュリアス様は、少し痩せていた。
最後に見たときより、髪が伸びていた。

「今、帰った」

クラディウス様が出迎えた人たちに声をかけた。
礼をする人、安堵の息を漏らす人、泣き始める人…クラディウス様の屋敷の人たちは思い思いに主の帰還を喜んでいた。
クラディウス様はそれを見て満足そうにうなづいた。
そして、斜め後ろにいるジュリアス様に視線をやった。

ジュリアス様は大股でずしずしと歩き、俺の前に立った。
嘘。まだ信じられない。
夢の中で会うたびに、朝、そこにジュリさんがいないのがわかると寂しく思った。
会いたくて会いたくて仕方なかったジュリさんが、目の前にいる。
騎士様のジュリアス様がそこにいる。

「ただいま戻りました、旦那様」

「ジュリアス様っ!」

俺は飛び上がってジュリアス様の首に腕を回し、軽くキスをするとぎゅううううううううと抱きしめた。

「うわあ、夢じゃない!
本物のジュリさんだあああっ!」

「お待たせしました」

ジュリさんもぎゅううっと俺を抱きしめ返してくれる。

「5か月ぶりです…」

俺は泣きそうになりながら囁いた。

「はい」

ジュリさんの温もり。
ジュリさんの手。
ジュリさんの匂い。
ジュリさんの髪。

ああ、信じられない…

「よくぞご無事でおかえりなさい」

おかえり、ジュリさん。


ひとしきり抱擁をし、腕を解くと俺たちを見ていた人のうちの何人かが、特にロバート様が大泣きをしていた。
人前でこんなことをしたのに気がついて照れたけど、俺は嬉しさを隠しきれなかった。
ロバート様も婚約者さんと再会したらこうなっちゃうよ。


ジュリさんは俺の横にいたインティアの前に行き、深々と礼をした。

「留守中、お世話になりました」

「僕はなにもしていないけど」

「あなたがリノのそばにいてくれたので、私は心置きなく任務に専念できました。
とても心強かったです。
ありがとうございます」

「リノのお世話ならしたかな」

「え、インティア、なに言い出すの?!」

「寂しくて泣いているのを添い寝して慰めてあげたり」

「ちょっ!違うじゃん!」

俺じゃなくてそっちじゃん!

「ええ、お二人が一緒のベッドに寝ていたのも知っています」

「あれ、今日は煽られないんだね?」

インティアとジュリさんの視線が交わった。
ちょちょちょちょちょっ!なに言い出すんだ、この人たち!

「心配しないの?
自分の旦那様が男娼に誘惑されたかもしれない、って?」

インティアは色っぽい目つきでジュリさんを見上げ、挑発的に言った。

「インティアほどの魅力があれば、リノでも落ちるだろう。
もしそうなったとしても、インティアなら仕方ない」

ジュリさんは温かな緑の瞳で、笑いながら言った。

「なにそれ、面白くない」

「俺が感謝をしていることがわかってもらえればいい」

ふくれっ面のインティアにジュリさんが面白そうにつぶやき、そしてジュリさんが腕を開いた。
インティアはそっと近づいていき、その腕の中に収まると2人はハグをした。

「ありがとう」

「僕のほうこそ。
リノにたくさん助けられたよ」

はあああああああ。
俺は泣きそうになった。
今、まさに天使だよ、インティア!
天使様を抱擁する騎士様!
なんて綺麗で格好いいんだ!

俺とロバート様はうるうると2人を見ていた。

腕が解かれるとインティアは、

「お肌に悪いから、そろそろ部屋に戻るね」

と言い、俺のほっぺたにお休みのキスをした。
俺が呆然としていると代わりにジュリさんがインティアのほっぺたにお返しのお休みのキスをした。
インティアはくすぐったそうにそれを受けると、ラバグルトさんを連れて行ってしまった。


「あーあ、フラれたんじゃないんですか、クラディウス様?」

2人を見送っていると、ジャスティ様がげんなりした顔で言った。

「おかえりもハグもなくて、ジュリアスに先を越されて、どうするんです?
ジュリアスもやりすぎだし」

ジャスティ様はジュリさんにもあれこれ言い出した。
ロバート様が止めるがやめない。

どうやらインティアのことを言ってるみたい。
インティアも、ねぇ…
これまで一度もお肌と睡眠時間のことなんて言ったことなかったのに。

クラディウス様もにやりと笑ったまま、その場を去ってしまわれた。





夜が随分更けてしまった。
ジュリさんはとりあえず帰ってきたけど、しばらくはクラディウス様と王宮に通うらしい。
明日の朝も早くに出発だって。
ゆっくり過ごせるのはまだ先みたいだ。
それでも。
この夜は久しぶりにジュリさんのベッドで寝た。
手を繋いで寝た。
手の剣だこはますます硬くなっていた。






しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで

月ノ江リオ
BL
◆ウィリアム邸でのひだまり家族な子育て編 始動。不器用な父と、懐いた子どもと愛される十五歳の青年と……な第二部追加◆断章は残酷描写があるので、ご注意ください◆ 辺境の酒場で育った十三歳の少年ノアは、八歳年上の若き伯爵ユリウスに見初められ肌を重ねる。 けれど、それは一時の戯れに過ぎなかった。 孤独を抱えた伯爵は女性関係において奔放でありながら、幼い息子を育てる父でもあった。 年齢差、身分差、そして心の距離。 不安定だった二人の関係は年月を経て、やがて蜜月へと移り変わり、交差していく想いは複雑な運命の糸をも巻き込んでいく。 ■執筆過程の一部にchatGPT、Claude、Grok BateなどのAIを使用しています。 使用後には、加筆・修正を加えています。 利用規約、出力した文章の著作権に関しては以下のURLをご参照ください。 ■GPT https://openai.com/policies/terms-of-use ■Claude https://www.anthropic.com/legal/archive/18e81a24-b05e-4bb5-98cc-f96bb54e558b ■Grok Bate https://grok-ai.app/jp/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%A6%8F%E7%B4%84/

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます

天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。 広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。 「は?」 「嫁に行って来い」 そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。 現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる! ……って、言ったら大袈裟かな? ※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

黒に染まる

曙なつき
BL
“ライシャ事変”に巻き込まれ、命を落としたとされる美貌の前神官長のルーディス。 その親友の騎士団長ヴェルディは、彼の死後、長い間その死に囚われていた。 事変から一年後、神殿前に、一人の赤子が捨てられていた。 不吉な黒髪に黒い瞳の少年は、ルースと名付けられ、見習い神官として育てられることになった。 ※疫病が流行るシーンがあります。時節柄、トラウマがある方はご注意ください。

ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。

みどりのおおかみ
BL
「強情だな」 忠頼はぽつりと呟く。 「ならば、体に証を残す。どうしても嫌なら、自分の力で、逃げてみろ」  滅茶苦茶なことを言われているはずなのに、俺はぼんやりした頭で、全然別のことを思っていた。 ――俺は、この声が、嫌いじゃねえ。 *******  雑兵の弥次郎は、なぜか急に、有力武士である、忠頼の寝所に呼ばれる。嫌々寝所に行く弥次郎だったが、なぜか忠頼は弥次郎を抱こうとはしなくて――。  やんちゃ系雑兵・弥次郎17歳と、不愛想&無口だがハイスぺ武士の忠頼28歳。  身分差を越えて、二人は惹かれ合う。  けれど二人は、どうしても避けられない、戦乱の濁流の中に、追い込まれていく。 ※南北朝時代の話をベースにした、和風世界が舞台です。 ※pixivに、作品のキャライラストを置いています。宜しければそちらもご覧ください。 https://www.pixiv.net/users/4499660 【キャラクター紹介】 ●弥次郎  「戦場では武士も雑兵も、命の価値は皆平等なんじゃ、なかったのかよ? なんで命令一つで、寝所に連れてこられなきゃならねえんだ! 他人に思うようにされるくらいなら、死ぬほうがましだ!」 ・十八歳。 ・忠頼と共に、南波軍の雑兵として、既存権力に反旗を翻す。 ・吊り目。髪も目も焦げ茶に近い。目鼻立ちははっきりしている。 ・細身だが、すばしこい。槍を武器にしている。 ・はねっかえりだが、本質は割と素直。 ●忠頼  忠頼は、俺の耳元に、そっと唇を寄せる。 「お前がいなくなったら、どこまででも、捜しに行く」  地獄へでもな、と囁く声に、俺の全身が、ぞくりと震えた。 ・二十八歳。 ・父や祖父の代から、南波とは村ぐるみで深いかかわりがあったため、南波とともに戦うことを承諾。 ・弓の名手。才能より、弛まぬ鍛錬によるところが大きい。 ・感情の起伏が少なく、あまり笑わない。 ・派手な顔立ちではないが、端正な配置の塩顔。 ●南波 ・弥次郎たちの頭。帝を戴き、帝を排除しようとする武士を退けさせ、帝の地位と安全を守ることを目指す。策士で、かつ人格者。 ●源太 ・医療兵として南波軍に従軍。弥次郎が、一番信頼する友。 ●五郎兵衛 ・雑兵。弥次郎の仲間。体が大きく、力も強い。 ●孝太郎 ・雑兵。弥次郎の仲間。頭がいい。 ●庄吉 ・雑兵。弥次郎の仲間。色白で、小さい。物腰が柔らかい。

処理中です...