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008. あなたの太陽俺の月(2)
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階段を上る足音がして、ドアが開いた。
コックコートのままのティグさんが戻ってきた。
思っていたより早かったのは、レネさんが後片づけを全部引き受けてくれたかららしい。
「これまで俺も真人とのことで協力しているからね」
と言って笑うと、寝室で私服に着替えてきた。
「一昨日からテールスープを仕込んだんだよ。
すぐに温めるから」
ティグさんは鼻歌を歌いながら、キッチンに入っていった。
キッチンはティグさんの聖域だ。
年末にはあれほど自由に出入りしていたけど、今はちょっと入りづらい。
あのときがどれだけ緊急事態だったのか、なんとなく感じる。
「お腹空いただろ。
まずはこれを食べていて」
ティグさんはチーズ2種類とハーブの入ったディップ、そしてクラッカーを載せた木の皿を俺のそばに置いた。
俺は宿題を鞄に詰め、手を洗うと遠慮なくディップをたっぷりつけたクラッカーを食べた。
「うまい!
やばいよ~!!!」
俺はいそいそと食事の準備をしているティグさんのところに皿を抱えて行った。
「ティグさん、これめちゃめちゃうまいです。
食べるの止まらなくて、テールスープ入らなくなっちゃう。
俺にもなにか手伝わせて~。
早くご飯にしよ~」
サラダを和えているティグさんにディップ載せのクラッカーを付きだし、「あーん」と言うと、ティグさんは「あーん」とでっかい口を開けたので、食べさせた。
「ね、うまいでしょ」
「気に入ってくれた?
嬉しいよ。
じゃあ、黄緑のランチョンマットでセットして」
「ナイフとフォーク?」
「あと、スプーン。
箸がいるならどうぞ。
俺はなくていい」
「俺はあったほうがいいから出そうっと」
俺はクラッカーにチーズやディップを載せ、ティグさんに食べさせたり自分で食べたりしながら、準備をした。
やっぱり2人でやると早かった。
テールスープはにんにくがたっぷり入り胡椒や他のスパイスが効いていて、すんごくおいしかった。
出されたパンもずっしりと重く、食べ応えがあった。
食後にスウィーティーを剥いて食べた。
満足満足。
「なにか飲む?」
「ではほうじ茶で」
ティグさんが俺の答えに噴き出す。
そんなに面白いこと言ったかなぁ。
だって、ほうじ茶があるの、年末に見たんだもん。
こう激しいものを食べたあとには、ほっとするものが飲みたいじゃん。
ティグさんが笑いながらほうじ茶を淹れてくれて、俺たちはソファに、ビミョーな空間を開けて隣に座った。
香ばしいほうじ茶はやっぱりほっとした。
勝手に顔が緩む。
「あのさ」
ティグさんが静かに言う。
「はい」
「別れたんだ」
あ。
俺は思わず横を見上げた。
ティグさんはソファの背にぐっともたれかかった。
「恋人と?」
「そう」
ティグさん……
「突然メールが来て、電話がつながりそうなところにいたから電話して、話して別れた」
「うん」
あー、ばかばか!
他になにかないのか。
いや、ないだろ、なにも!
俺は気の利いたことが言えなかった。
ティグさんの恋人だった人はフォトグラファーで、海外でいつも移動しながら写真を撮っている。
ネットがつながらなかったり、忙しかったりして、長い間音信不通になることもよくあったらしい。
ティグさんは辛抱強く待っていたけど、相手は「もう待たなくていい」とも言っていたみたいだった、というところまでは知っている。
そうか、別れたのか。
最後に声聞けて、嬉しかったかな。
どうかな。
「レネと真人にはもう話したんだ。
靖友くんにも話しておきたくて、わざわざ来てもらったの」
「はい」
「やっと解放してあげられたのかな」
独り言のようにつぶやくティグさん。
横顔はやっぱり寂しげだ。
うーんうーんうーん。
恋愛経験がないので、俺にはよくわかりません!
「えーっとよくわかんないですけど、ティグさんも解放されたんだと思います」
「そっか」
ティグさんは俺の肩に頭を載せた。
「俺も自由になったのか」
「はい」
「そうか」
「うん」
俺はティグさんの頭にぽふんと手を載せ、そしてなでた。
「チョコレートさ」
「はい」
「去年のヴァレンタインの。
あれは捨てた」
「はい」
「でも、あのシルバーのネックレスをどうしようかと思って」
「ああ」
恋人だった人のために、ティグさんは去年のバレンタインにチョコレートとシルバーのネックレスを買った。
ネックレスを買った店は「メイズ」といって、一点物の革やシルバーのアクセサリーや小物の扱っている。
ティグさんとその店でばったり会ったことが1度だけある。
あの店のものだと一点物だし、貴重なものもあるから、気軽にポイなんてできない。
「いろいろ考えたんだけど、店長に事情を話して相談しようと思うんだ」
「うん」
俺もそれがいいと思う。
あそこのものは魂が入っている。
粗末には扱えない。
でも、ティグさんつらいだろうな。
「ティグさん、充電します?
俺、テールスープいっぱい食べたから元気いっぱいですよ。
放電してますよ」
俺が腕を広げるとティグさんはがばあっと抱きついてきた。
はいはい。
俺はティグさんの頭をなでる。
「靖友くん」
「はい」
ティグさんは俺の肩口に顔をくっつけくぐもった声で言った。
「お願いがあるんだけど」
「はい」
「一緒にメイズに行ってくれる?」
「はい」
「ありがとう」
ティグさんの肩の力がちょっぴり抜けた。
当分の間、俺はそのままティグさんの頭をなで続けた。
いつも飄々としている分、ティグさんが痛々しかった。
「恋人と別れる」という経験がないので、想像もできない。
だから、できることをしてあげたいと思った。
帰り際に連絡先を交換した。
明日、メイズに行く約束をして、さよならした。
コックコートのままのティグさんが戻ってきた。
思っていたより早かったのは、レネさんが後片づけを全部引き受けてくれたかららしい。
「これまで俺も真人とのことで協力しているからね」
と言って笑うと、寝室で私服に着替えてきた。
「一昨日からテールスープを仕込んだんだよ。
すぐに温めるから」
ティグさんは鼻歌を歌いながら、キッチンに入っていった。
キッチンはティグさんの聖域だ。
年末にはあれほど自由に出入りしていたけど、今はちょっと入りづらい。
あのときがどれだけ緊急事態だったのか、なんとなく感じる。
「お腹空いただろ。
まずはこれを食べていて」
ティグさんはチーズ2種類とハーブの入ったディップ、そしてクラッカーを載せた木の皿を俺のそばに置いた。
俺は宿題を鞄に詰め、手を洗うと遠慮なくディップをたっぷりつけたクラッカーを食べた。
「うまい!
やばいよ~!!!」
俺はいそいそと食事の準備をしているティグさんのところに皿を抱えて行った。
「ティグさん、これめちゃめちゃうまいです。
食べるの止まらなくて、テールスープ入らなくなっちゃう。
俺にもなにか手伝わせて~。
早くご飯にしよ~」
サラダを和えているティグさんにディップ載せのクラッカーを付きだし、「あーん」と言うと、ティグさんは「あーん」とでっかい口を開けたので、食べさせた。
「ね、うまいでしょ」
「気に入ってくれた?
嬉しいよ。
じゃあ、黄緑のランチョンマットでセットして」
「ナイフとフォーク?」
「あと、スプーン。
箸がいるならどうぞ。
俺はなくていい」
「俺はあったほうがいいから出そうっと」
俺はクラッカーにチーズやディップを載せ、ティグさんに食べさせたり自分で食べたりしながら、準備をした。
やっぱり2人でやると早かった。
テールスープはにんにくがたっぷり入り胡椒や他のスパイスが効いていて、すんごくおいしかった。
出されたパンもずっしりと重く、食べ応えがあった。
食後にスウィーティーを剥いて食べた。
満足満足。
「なにか飲む?」
「ではほうじ茶で」
ティグさんが俺の答えに噴き出す。
そんなに面白いこと言ったかなぁ。
だって、ほうじ茶があるの、年末に見たんだもん。
こう激しいものを食べたあとには、ほっとするものが飲みたいじゃん。
ティグさんが笑いながらほうじ茶を淹れてくれて、俺たちはソファに、ビミョーな空間を開けて隣に座った。
香ばしいほうじ茶はやっぱりほっとした。
勝手に顔が緩む。
「あのさ」
ティグさんが静かに言う。
「はい」
「別れたんだ」
あ。
俺は思わず横を見上げた。
ティグさんはソファの背にぐっともたれかかった。
「恋人と?」
「そう」
ティグさん……
「突然メールが来て、電話がつながりそうなところにいたから電話して、話して別れた」
「うん」
あー、ばかばか!
他になにかないのか。
いや、ないだろ、なにも!
俺は気の利いたことが言えなかった。
ティグさんの恋人だった人はフォトグラファーで、海外でいつも移動しながら写真を撮っている。
ネットがつながらなかったり、忙しかったりして、長い間音信不通になることもよくあったらしい。
ティグさんは辛抱強く待っていたけど、相手は「もう待たなくていい」とも言っていたみたいだった、というところまでは知っている。
そうか、別れたのか。
最後に声聞けて、嬉しかったかな。
どうかな。
「レネと真人にはもう話したんだ。
靖友くんにも話しておきたくて、わざわざ来てもらったの」
「はい」
「やっと解放してあげられたのかな」
独り言のようにつぶやくティグさん。
横顔はやっぱり寂しげだ。
うーんうーんうーん。
恋愛経験がないので、俺にはよくわかりません!
「えーっとよくわかんないですけど、ティグさんも解放されたんだと思います」
「そっか」
ティグさんは俺の肩に頭を載せた。
「俺も自由になったのか」
「はい」
「そうか」
「うん」
俺はティグさんの頭にぽふんと手を載せ、そしてなでた。
「チョコレートさ」
「はい」
「去年のヴァレンタインの。
あれは捨てた」
「はい」
「でも、あのシルバーのネックレスをどうしようかと思って」
「ああ」
恋人だった人のために、ティグさんは去年のバレンタインにチョコレートとシルバーのネックレスを買った。
ネックレスを買った店は「メイズ」といって、一点物の革やシルバーのアクセサリーや小物の扱っている。
ティグさんとその店でばったり会ったことが1度だけある。
あの店のものだと一点物だし、貴重なものもあるから、気軽にポイなんてできない。
「いろいろ考えたんだけど、店長に事情を話して相談しようと思うんだ」
「うん」
俺もそれがいいと思う。
あそこのものは魂が入っている。
粗末には扱えない。
でも、ティグさんつらいだろうな。
「ティグさん、充電します?
俺、テールスープいっぱい食べたから元気いっぱいですよ。
放電してますよ」
俺が腕を広げるとティグさんはがばあっと抱きついてきた。
はいはい。
俺はティグさんの頭をなでる。
「靖友くん」
「はい」
ティグさんは俺の肩口に顔をくっつけくぐもった声で言った。
「お願いがあるんだけど」
「はい」
「一緒にメイズに行ってくれる?」
「はい」
「ありがとう」
ティグさんの肩の力がちょっぴり抜けた。
当分の間、俺はそのままティグさんの頭をなで続けた。
いつも飄々としている分、ティグさんが痛々しかった。
「恋人と別れる」という経験がないので、想像もできない。
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帰り際に連絡先を交換した。
明日、メイズに行く約束をして、さよならした。
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