もう一度。俺と。

Kyrie

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第2話

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律の家はマンションの上のほうで、エレベーターも途中で乗り換える。
去年の春に引っ越してきたばかりだ、というだけあって、どこもかしこもぴかぴか。
行くのは初めてじゃない。全部、俺の知っている律のマンション、律の部屋。

が。

「着替えろ」

と差し出されたジーパンとシャツとセーターは俺好み。制服がしわになるし、律は別の部屋に行ってくれたからさっさと着替えたけど。サイズ、俺にぴったり。なんで?

「着替えたか」

「うん」

俺は返事をすると、私服に律が甘いラテの入ったマグカップを持ってきた。俺は受け取ると息を吹きかけてあつあつのラテを飲んだ。泡がふかふか浮かんでるから、ヒゲにならないように、鼻につかないように気をつけるのだ。




**

今朝から違和感はちょっと、あった。
ちょっとだけ、だ。
俺はどちらかというとぽっちゃり男子だ。律が隣にいるとぽっちゃりが強調されてしまうから、そこは嫌なんだけど、律は嫌な奴じゃない。
そのぽっちゃりな俺の!フェイスラインが!
今朝はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、しゅっとしてた!
俺はダイエットに成功したのかと勝手に思ってた。

それだけなんだよ、今朝、目が覚めて違うところって。
さっき、律に押し倒されてちゅーされるまでは。



こんなことをものすんごい目つきの律の質問に答えるかたちで、ぽつぽつと話す。
それからさっきの写真については全然覚えていないこと。そもそも「恋人になったつもりも記憶もない」こともしっかり話したさ。

「本当に?」

いやん、律さん。その目、怖い。
ほんとほんと、本当デス。

そのあと、律は延々と2人のなれそめから始まって、あんなことがあったこんなことがあった、告白はどうだった、俺の親に挨拶に行った、友達にも公表した、初めてのちゅーはどうだった……と、事細かく俺に話して聞かせたが、残念なことにどれも記憶になく、それどころかあまりのあまあまらぶらぶの様子に、俺はいささかどん引いていた。

だって、ぽっちゃり男子の俺ですよ?

片やイケメンモテ男くん。

俺の無反応に、申し訳ないくらいしょげ返ってしまった律さんですが。口数が少なく、ってか、しゃべらなくなってしまいながらも手際よく夕飯にサラダとミートボールのパスタを作り、バニラアイスでアフォガードも作り、後片づけもし、風呂も沸かし俺に入らせ、宿題の面倒も見てくれた。
なにこれ、律って噂のスーパーダーリンじゃん。そりゃ、女子にモテて当然じゃん。俺なんてなすがままに甘やかされちゃって、今、寝る前の歯磨きしているところです。

歯ブラシも俺のが「当然」のように置かれていたけど、それでも全然思い出せないんだよね。
さすがに気の毒になってきちゃうな。

細かいことは思い出せないこともあるかもしれないけど、ここまで記憶がない、って、ねぇ……

洗面所から律の部屋に戻ると、律はちょっと疲れた顔でぼんやりしていた。
俺に気がつくと、はっとした感じだった。

「瑞生のスマホの写真、見せてくれないか」

そうだ!そうだね!

律に言われて、俺は自分のスマホの写真を2人で見てみた。

「ほら、ほっぺのあたりがさ、ふくってしてるだろ、よく見ると」

「う…ん、言われればそうだな」

情けないけど、こっちのほうが俺が見慣れている顔なんだよ。うん。どうですか、律さん。
何度も確認されているけど、頭を強く打った記憶もないし、怪我もたんこぶもない。

「記憶喪失でないとしたら、どうなんだ」

律のイラついて声。

「それは…、ラノベでよくあるパラレルワールドでの入れ替わり?異世界じゃないけどトリップみたいな?それだとつじつまが合うし」

俺の提案に律は頭を抱えるだけだった。
それから、これからどうしようかと考えて、これは2人の秘密にしておくことにした。
だって記憶がないのって、「律と恋人」関係だけなんだから。突然「記憶がない」といって騒ぎを大きくするのはやめよう、ということにした。
ここまで話をすると「風呂入ってくる」と律は部屋を出ていった。




風呂から出てきた律は客用の布団を運んできた。そしてフローリングの上にそれを敷く。

「下に断熱マットも敷いたし、どうだ。寒そうか」

「ううん、ありがとう」

「念のために足元に毛布、置いておくから」

「さんきゅー」

律は溜息をついた。すみませんね、世話がかかる俺で。
で?
あれ、ちょっと違うっぽい?

「あの、聞いてみるけど」

律はぎろりと俺を見る。ややや、聞いてみるだけじゃん。怖いから、律さん。

「もしかして、一緒に寝ちゃったりなんかしてた……?」

びきっと音がしたかと思った。律は固まり、しばらく動かなくなって、それから「……ああ」と小さな声で返事した。

「……もしかして、俺が風呂に入っている間に元に戻ってて、布団敷いたら一緒に寝ないのか、と駄々こねられるんじゃないか、と期待していた」

あ、そんなことしてたんですね、俺。

「あの……、ごめん」

「瑞生のせいじゃないだろ。
……一緒に寝てもいいけど、おまえはしたくないだろ」

「まぁ…」

はっ!

「もしかして、俺たちえっちも済ませちゃってるのっ?!」

「してないよ。めちゃくちゃしたいけど、瑞生を大切にしたいから」

あー、ほんと、ごめんなぁ。ごめん。
律のそんなつらそうな顔させちゃってさ。

「寝るぞ」

「律」

律はリモコンで部屋の電気を切った。
ごそりと布団に入る音がするので、俺もいつものようにスマホを握りしめ、敷いてもらった布団にもこもこ入る。

「俺も整理できてないんだ。あの、まだつき合っているままにしておいていいか」

ぽつんと律の声がした。

「うん?」

「おまえは嫌かもしれないけど、しばらくはまだつき合っている、ってことにしておいてくれないか。もうキスもしないし、近づき過ぎないように気をつけるから」

「う、うん」

恋愛はわからないけど、俺は律をいい奴だなぁ、とずっと思ってきてるし、おまえと仲良くしたいと思ってるから。

「ありがと」

「うん」

「おやすみ」

「おやすみ」


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