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第3話
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起こされるまで、ルーポはぐっすりと眠っていた。
がばりと慌てて起きると、アルベルトが女たちに湯の張った洗面器を運ばせていた。
言われるまま、それらを使い、ルーポは歯を磨き顔を洗った。
アルベルトがルーポの服をベッドの上に置いた。
昨日カヤが言っていたように華美なものではなく、シンプルなシャツとパンツだった。
ルーポは安堵した。
「とりあえず、今日はこちらでお過ごしください。
着替えのお手伝いをいたしましょうか」
「い、いいえっ!自分でできます」
「かしこまりました。
では手早くお願いします。
坊ちゃまがお待ちです」
ありがたいことにアルベルトは女たちを引き連れて客間から出てくれたので、ルーポは安心し、急いで着替えた。
確かに新品ではなかったが、仕立てのよい清潔な服だった。
気持ちのよいシャツに腕を通し、身支度をするとルーポはぽーっとなってしまった。
昨日までの生活と違い過ぎる。
崩れ落ちている、部屋とも言えない場所で身を縮こませながら眠り、器に溜めた雨水を飲む。
朝、顔を洗うことも服を洗うこともできず。
食事も何日かに一回できればいいほうだった。
よっぽどか盗みや残飯を漁りをしようかとも思ったが、自分が成功し田舎に帰ったときに噂が立ってしまうのを恐れ、それは決してしなかった。
やせ細ってしまったが、自分が丈夫であることに感謝し、目覚めるたびに薬草の研究ができ薬師見習いとして働けることを感謝した。
今朝、ルーポはいつもよりも多くの感謝をし、部屋から出た。
そしてアルベルトに先導され、日差しがたっぷりと入る部屋へ行った。
そこにはカヤが食卓についてルーポを待っていた。
「おはようございます、カヤ様」
「おはよう。
よく眠れたか?」
「はい」
「うーん、また絡まっちまったなぁ」
カヤは席から立ち、ルーポの髪を眺めた。
「まぁ、仕方ないか。
それも今日、なんとかしてやる」
カヤは自分の黒髪を結わえていた紐と同じものを取り出すと、ルーポの髪が前に垂れてこないように結んでやった。
「飯を食うときに邪魔になるからな。
アルベルト、今朝もまだ食事のマナーのことはいいだろう?
まずはこいつに食べさせることが優先だ」
「まぁ、そうですね。
そういつまでも待てませんが」
「今朝も大したものを食わせられないんだろ」
カヤが指さし、ルーポは席についた。
そして昨日とは味つけの違う、薄めのスープとパン、そしてオレンジを食べるように言われた。
昨夜は「熱いスープ」の存在を忘れていて失敗したので、今回は注意深くスープをすくったスプーンを口に含んだ。
「おいしい…
おいしいです。
ああ、おいしい……」
アルベルトが何か言いそうになったが、カヤがそれを手で止めた。
「そうか、うまいか」
「はい……」
また泣けてきた。
「しっかり食えよ。
今日は忙しいぞ」
「……はい」
「食いながら聞け」
カヤも大きなパンをナイフで切り、具沢山のスープ、山盛りの燻製肉、チーズもりもり食べている。
野菜は苦手のようだが、アルベルトの「坊ちゃま」という一言でしぶしぶ野菜にも手を出していた。
「これから薬局に人を遣って、お前を受勲式まで休ませると伝える」
「え」
「あと九日だぞ、時間がない。
それに、こんなひどい待遇をしている薬局には問題がありそうだ。
とりあえずはうちがルーポを保護する、と告げる。
まぁ、任せておけ。
親父や弟の名前を借りてやる。
うまくいく。
こういうときに使わずに、いつ使う」
「さようでございます。
安心なさいませ」
「食事が終わったら、髪を切りに行くぞ。
それから受勲式で切る服についての打ち合わせと採寸。
それでもう夕方くらいになるかな」
「そうでございますね。
こういったことは時間がかかりますからね。
仕立屋も早いほうが助かると思いますよ」
「うむ。
帰ってからはまた風呂に入れるからな。
そして飯をたらふく食わせる。
それっぽっちしか食わないなんて、信じられねぇ」
「それはまだ早うございます」
「体力つけないと何もできないだろうが」
「焦りは禁物です」
「食事のことはアルベルトに任せる」
「かしこまりました」
ルーポが口を挟まないうちにどんどんと話が進んでいく。
「なにぼけっとしているんだ。
手を動かして食え」
「は、はい!」
「ゆっくり、ですよ」
アルベルトの最後の言葉にルーポは大きくうなずくと、やけどをしないようにスープを飲み、バターをつけたパンをかじった。
丸ごと出てきたオレンジは「貸してみろ」とカヤがナイフで食べやすく切ってくれた。
甘い果汁が口に広がる。
「うまいか」
「はい」
「そうか」
カヤは盛られていたものをあらかた食べ尽くしていた。
食事が終わると、アルベルトに服を直してもらい、カヤと共に屋敷から出て、街へ出かけていった。
カヤは街はずれの大きな屋敷の敷地へずんずん入っていった。
ルーポは恐る恐るついていく。
途中、見るからに屈強な男たちがカヤに声をかけ、カヤもそれに応えていた。
そして、離れの一軒家に着き、カヤはドアをノックした。
中から声がしてドアが開かれた。
「やあ、待っていたよ。
いらっしゃい」
現れたのは女神と見紛うばかりの美貌で長身、見事なラズベリーピンクの長い髪がこぼれ落ちる男だった。
あまりの美しさにルーポは顔を赤くし、ぼーっと見とれてしまった。
「おや、大丈夫?
疲れてる?
おっぱい、揉む?」
男は背の低いルーポの目線に合わせるように腰を折り、鍛えられて盛り上がった胸を突き出す。
「や、あの、え、も、は?」
「あまりからかってやるな、ヴェルミオン。
旦那に怒られるぞ」
「はぁい、ごめんね」
艶やかなピンクの唇の端をきゅっと上げて、ヴェルミオンと呼ばれた男は笑いかけた。
それだけでルーポは腰が抜けそうだった。
「おい、ルーポ、しっかりしろ。
こいつはヴェルミオン。
おまえの髪を切ってもらうよう頼んである」
「は、はい。
よろしくお願いします」
ルーポは昨日のアルベルトの言葉を思い出し「ルーポと申します」と付け加えた。
「私はヴェルミオン。
よろしくね。
じゃ、こちらへどうぞ」
招き入れられた部屋はレースだらけだった。
窓にかかるカーテンから始まり、ソファにかけられ、テーブルに敷かれ、古く貴重そうなものは額装され、ヴェルミオンのシャツにも使われていて、なかなか壮観だった。
「どう?私のレースコレクション。
少しずつ集めてやっとこれだけ集まったの。
寝室のベッドカバーも素敵よ。
覗いてみる?」
「また今度な」
そっけなく答えるカヤにヴェルミオンは「キーッ!」となって言った。
「そんなんじゃあんたずっとモテないよ」
「いいさ、大したことじゃない。
それよりこいつの髪を頼む」
「はぁい」
ヴェルミオンに促され、ルーポは姿見の前の椅子に座った。
ルーポの後ろに立ち、ヴェルミオンはルーポの髪をさわりながら一緒に鏡を見た。
がくんと、身体が硬直した。
そして甲高い叫び声を上げるとルーポは椅子から転がり落ち、両手で顔を覆いながら、膝でその場から逃げようとした。
突然のことで驚いたが、カヤがひざまずき逃げるルーポの身体をすっぽりと抱きしめた。
「どうしたっ」
がくがくとルーポの身体は震えていた。
心配になり、カヤは腕の力を強めた。
ヴェルミオンもしゃがみ様子を見る。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「なにに謝ってるの」
「僕…、自分が醜いこと……、すっかり忘れてた……」
がばりと慌てて起きると、アルベルトが女たちに湯の張った洗面器を運ばせていた。
言われるまま、それらを使い、ルーポは歯を磨き顔を洗った。
アルベルトがルーポの服をベッドの上に置いた。
昨日カヤが言っていたように華美なものではなく、シンプルなシャツとパンツだった。
ルーポは安堵した。
「とりあえず、今日はこちらでお過ごしください。
着替えのお手伝いをいたしましょうか」
「い、いいえっ!自分でできます」
「かしこまりました。
では手早くお願いします。
坊ちゃまがお待ちです」
ありがたいことにアルベルトは女たちを引き連れて客間から出てくれたので、ルーポは安心し、急いで着替えた。
確かに新品ではなかったが、仕立てのよい清潔な服だった。
気持ちのよいシャツに腕を通し、身支度をするとルーポはぽーっとなってしまった。
昨日までの生活と違い過ぎる。
崩れ落ちている、部屋とも言えない場所で身を縮こませながら眠り、器に溜めた雨水を飲む。
朝、顔を洗うことも服を洗うこともできず。
食事も何日かに一回できればいいほうだった。
よっぽどか盗みや残飯を漁りをしようかとも思ったが、自分が成功し田舎に帰ったときに噂が立ってしまうのを恐れ、それは決してしなかった。
やせ細ってしまったが、自分が丈夫であることに感謝し、目覚めるたびに薬草の研究ができ薬師見習いとして働けることを感謝した。
今朝、ルーポはいつもよりも多くの感謝をし、部屋から出た。
そしてアルベルトに先導され、日差しがたっぷりと入る部屋へ行った。
そこにはカヤが食卓についてルーポを待っていた。
「おはようございます、カヤ様」
「おはよう。
よく眠れたか?」
「はい」
「うーん、また絡まっちまったなぁ」
カヤは席から立ち、ルーポの髪を眺めた。
「まぁ、仕方ないか。
それも今日、なんとかしてやる」
カヤは自分の黒髪を結わえていた紐と同じものを取り出すと、ルーポの髪が前に垂れてこないように結んでやった。
「飯を食うときに邪魔になるからな。
アルベルト、今朝もまだ食事のマナーのことはいいだろう?
まずはこいつに食べさせることが優先だ」
「まぁ、そうですね。
そういつまでも待てませんが」
「今朝も大したものを食わせられないんだろ」
カヤが指さし、ルーポは席についた。
そして昨日とは味つけの違う、薄めのスープとパン、そしてオレンジを食べるように言われた。
昨夜は「熱いスープ」の存在を忘れていて失敗したので、今回は注意深くスープをすくったスプーンを口に含んだ。
「おいしい…
おいしいです。
ああ、おいしい……」
アルベルトが何か言いそうになったが、カヤがそれを手で止めた。
「そうか、うまいか」
「はい……」
また泣けてきた。
「しっかり食えよ。
今日は忙しいぞ」
「……はい」
「食いながら聞け」
カヤも大きなパンをナイフで切り、具沢山のスープ、山盛りの燻製肉、チーズもりもり食べている。
野菜は苦手のようだが、アルベルトの「坊ちゃま」という一言でしぶしぶ野菜にも手を出していた。
「これから薬局に人を遣って、お前を受勲式まで休ませると伝える」
「え」
「あと九日だぞ、時間がない。
それに、こんなひどい待遇をしている薬局には問題がありそうだ。
とりあえずはうちがルーポを保護する、と告げる。
まぁ、任せておけ。
親父や弟の名前を借りてやる。
うまくいく。
こういうときに使わずに、いつ使う」
「さようでございます。
安心なさいませ」
「食事が終わったら、髪を切りに行くぞ。
それから受勲式で切る服についての打ち合わせと採寸。
それでもう夕方くらいになるかな」
「そうでございますね。
こういったことは時間がかかりますからね。
仕立屋も早いほうが助かると思いますよ」
「うむ。
帰ってからはまた風呂に入れるからな。
そして飯をたらふく食わせる。
それっぽっちしか食わないなんて、信じられねぇ」
「それはまだ早うございます」
「体力つけないと何もできないだろうが」
「焦りは禁物です」
「食事のことはアルベルトに任せる」
「かしこまりました」
ルーポが口を挟まないうちにどんどんと話が進んでいく。
「なにぼけっとしているんだ。
手を動かして食え」
「は、はい!」
「ゆっくり、ですよ」
アルベルトの最後の言葉にルーポは大きくうなずくと、やけどをしないようにスープを飲み、バターをつけたパンをかじった。
丸ごと出てきたオレンジは「貸してみろ」とカヤがナイフで食べやすく切ってくれた。
甘い果汁が口に広がる。
「うまいか」
「はい」
「そうか」
カヤは盛られていたものをあらかた食べ尽くしていた。
食事が終わると、アルベルトに服を直してもらい、カヤと共に屋敷から出て、街へ出かけていった。
カヤは街はずれの大きな屋敷の敷地へずんずん入っていった。
ルーポは恐る恐るついていく。
途中、見るからに屈強な男たちがカヤに声をかけ、カヤもそれに応えていた。
そして、離れの一軒家に着き、カヤはドアをノックした。
中から声がしてドアが開かれた。
「やあ、待っていたよ。
いらっしゃい」
現れたのは女神と見紛うばかりの美貌で長身、見事なラズベリーピンクの長い髪がこぼれ落ちる男だった。
あまりの美しさにルーポは顔を赤くし、ぼーっと見とれてしまった。
「おや、大丈夫?
疲れてる?
おっぱい、揉む?」
男は背の低いルーポの目線に合わせるように腰を折り、鍛えられて盛り上がった胸を突き出す。
「や、あの、え、も、は?」
「あまりからかってやるな、ヴェルミオン。
旦那に怒られるぞ」
「はぁい、ごめんね」
艶やかなピンクの唇の端をきゅっと上げて、ヴェルミオンと呼ばれた男は笑いかけた。
それだけでルーポは腰が抜けそうだった。
「おい、ルーポ、しっかりしろ。
こいつはヴェルミオン。
おまえの髪を切ってもらうよう頼んである」
「は、はい。
よろしくお願いします」
ルーポは昨日のアルベルトの言葉を思い出し「ルーポと申します」と付け加えた。
「私はヴェルミオン。
よろしくね。
じゃ、こちらへどうぞ」
招き入れられた部屋はレースだらけだった。
窓にかかるカーテンから始まり、ソファにかけられ、テーブルに敷かれ、古く貴重そうなものは額装され、ヴェルミオンのシャツにも使われていて、なかなか壮観だった。
「どう?私のレースコレクション。
少しずつ集めてやっとこれだけ集まったの。
寝室のベッドカバーも素敵よ。
覗いてみる?」
「また今度な」
そっけなく答えるカヤにヴェルミオンは「キーッ!」となって言った。
「そんなんじゃあんたずっとモテないよ」
「いいさ、大したことじゃない。
それよりこいつの髪を頼む」
「はぁい」
ヴェルミオンに促され、ルーポは姿見の前の椅子に座った。
ルーポの後ろに立ち、ヴェルミオンはルーポの髪をさわりながら一緒に鏡を見た。
がくんと、身体が硬直した。
そして甲高い叫び声を上げるとルーポは椅子から転がり落ち、両手で顔を覆いながら、膝でその場から逃げようとした。
突然のことで驚いたが、カヤがひざまずき逃げるルーポの身体をすっぽりと抱きしめた。
「どうしたっ」
がくがくとルーポの身体は震えていた。
心配になり、カヤは腕の力を強めた。
ヴェルミオンもしゃがみ様子を見る。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「なにに謝ってるの」
「僕…、自分が醜いこと……、すっかり忘れてた……」
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